【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百九十九時限目 鶴賀優志はうどんで釣られた事を後悔する
気分が悪くなりそうなくらい暖房が効いたバスの中、窓を開けたい衝動に駆られる。だが、もしかすると、『この温度が適正だ』と感じている人がいるかもしれない。そうと思うと、窓に手を伸ばすのを遠慮してしまう。
マフラーや手袋を手放せない寒い日が続いているし、自治体から『山火事注意』のアナウンスがされるくらい空気も乾燥している。
早く春になって欲しいものだが、春は本当に訪れるのか、その春に温もりがあるのか。
──今年の春に、僕は何を期待しているのだろう。
日本のいい所は『四季があるから』なんて、ド定番な理由を挙げられるけど、最近は〈春〉と〈秋〉を肌で感じられる事も少なくなってきた。温暖化の影響なのだろう。日本もいつしか砂漠のような気温になってもおかしくないな、と僕は思っている。
日中は暑く、夜は凍える程に寒い──そんな国になってしまったら、おそらく、溶けた氷の中で眠っていた恐竜に、玉乗りを仕込むような事態にもなりかねないだろう。
そうなってしまったら、『チャーラ♪ ヘッチャラ♪』と歌っている場合ではないが、こればかりはオゾン層に頑張ってもらう他にない。オゾンに元気出して貰うために、米酒でも用意しておこうか。それはマイアヒ。
バスに乗ってからというもの、流星は僕の隣で黙々と、本日のスケジュールをチェックしている。
メイド喫茶〈らぶらどぉる〉の支配人であるローレンスさんから指示が来てるのだろうか? 流星の表情が険しい。
「何かあったの?」
「いや、何でもない」
そうは言うが、胸が痞えるかのように表情を曇らせている。
そんな状態でもうどんは喉を通るのだろうか?
喉越しはいいけれど、それとこれとは話は別だ。
流星がこんな表情をするのは珍しい。
暢気にうどんなんか食べている場合じゃないのでは?
「店でトラブルが起きたの?」
もう一度、今度は的を絞って質問をしてみる。
「トラブルというトラブルじゃない。と言うよりも、……まあ、それもうどんを食いながら話す」
「そ、そう」
うどん大好きさんかよ──。
底知れぬ不安を抱きながらうどんを食べるのか……トラウマにならなきゃいいけど。
うどん屋に行くのがこれほどに気重だと感じるのは、生まれてこの方初めてだ。まだ富士急のお化け屋敷の方が後腐れ無く、『艱難辛苦を耐え凌いだ』と、清々しさも覚えるだろう。
ごめん嘘。
あそこはリアルおばけ屋敷らしいから絶対に立ち寄りたくない。
べ、別におばけが怖いとかじゃないんだから、勘違いないでよね ︎ ──ううん、ベタなツンデレとしては弱いか。もっとこう、グッと来るものがないと……僕は何を考えてるんだろう。
うどんからツンデレに派生してなるものか。
バスから下りると寒暖差に身が震えた。
「今日も相変わらずの寒さだな」
そう言う流星は然程寒いとは思ってないのではないか? と疑いたくなるくらい涼しい顔をしている。寒いのに涼しい顔をするとは──心頭滅却すれば寒さもまた暑し? 何それ、バグってるんじゃないの? 冷え切った僕の手を流星の背中に当ててやりたいが……流星の体は女性なんだよなぁ、セクハラになりそうなのでやめておく。この寒さもうどんを食べればきっと大丈夫なはずだ!
うどんを信じよ。うどんを崇めよ。審判の日は近い。うどんと和解せよ。イエス・うどん──うどん、何様なんだ。
バス停での立ち話を早々に切り上げて、目的地であるうどん屋へ向かおうと一歩踏み出した時、僕らの後方から「あ……」と、訊き覚えのある声。二人同時に振り返ると、そこにはこのバスに普段は乗車しないはずの天野さんの姿があった。
「天野さん?」
「あ、えっと……き、奇遇ね!」
「何が奇遇だ白々しい。バスでオレらを凝視してたろ。いや、監視か」
そうだったの? 僕は全然気がつかなかったけどなぁ……流星は普段から他者の視線に敏感なのだろう。メイドやってるし、いやらしい眼を向けられる事も多々あると思えば納得だが、かく言う僕だって優梨の姿になる。そういう眼で視られる事はあるし、日常的に周囲の視線を気にしてはいたけれど、注意力が散漫いていた。
もしもバス内で〈らぶらどぉる〉の話題を出していたらと思うと……それはないな。
「偶々よ。……どこに行くの?」
「うどん屋。流星が奢ってくれるって言うから、ご馳走になろうと思ってね」
「そうなの……私も行っていい?」
どうしてそうなるんだ、と流星は顔を顰めた。
「私だって気晴らしくらいしたいのよ」
気晴らし、か。教室にいる時、とても息苦しそうにしているからなぁ、その気持ちは痛い程わかる。でも、それは天野さんに限ってではない。気丈に振る舞っているけれど、月ノ宮さんだって相当に苦しいはず。それは佐竹にも言える事で……、僕らの距離はあの日を境に離れてしまった。
嫌な重々しい空気が胸に詰まる。
それを察してか、流星が一言。
「お前の分は奢らないからな」
気が利くようで気の利かない返事だったけれど、天野さんはそれで頷いた。
「アンタに奢られる筋合いは無いし、自分が食べる分くらい自分で払うわよ」
──あれ? 僕、軽くディスられてません?
「だってよ、優志」
いやはや、これは参ったねぇ。
返す言葉も御座いません。
* * *
無事にうどんを食べ終えてホット一息、食後のほうじ茶が体に染み渡る。
「ユウくんがああいう食べ方をするのは、ちょっと意外だったわ」
「そ、そう?」
え? ネギだく、揚げ玉だくはベーシックレジェンズじゃないの? モザンビークヒアじゃないの? ドスケベマシーンザリチャージでしょう? ──さすがにAPEXネタとうどんは掛け合わないか。
然しだよ? 最近は牛丼だって紅ショウガをこれでもかと乗せて食べる人も多い。スガシカオだってそうだというのに、何なら紅ショウガを乗せすぎてお腹を壊して病院に担ぎ込まれたまであるのに、うどんは許されないなんて納得出来ない。
まあ、天野さんが言いたい事はそういう事ではないのだが。
この前は季節限定メニューを注文したからこの味を楽しめなかったんだよ、ビッグアイにルックくれませんかね? 突然のルー大柴。
それにしても、流星は本当に素直じゃない。
僕らが注文した際、流星は僕らの分……正確には天野さんの分だけど、支払いを一手に引き受けて、天野さんが支払おうとした時、「お前に借しを作るのも悪くない」と断った。これが天野さんではなくて、クラスにいる女子の誰かだったら『素敵、抱いて』となっていたかもしれないなぁ、流星の株が急上昇していく。
「本当に払わなくていいの……?」
「要らん。その金でジュースでも買えばいい」
しっしっ、と手を振り、何食わぬ顔でほうじ茶を啜る。
「アンタって見かけに寄らず、よね」
「余計なお世話だ」
この二人の仲も随分と変わったものだ。
会えば口喧嘩をしていたイメージしかないのに、今では普通に会話らしい会話をしている。それだけ距離が縮まったんだろうけど、流星は未だ、僕と佐竹以外に自分の事情を話してはいない。無論、自分がメイド喫茶でメイドとして『萌えキュン』している、なんて事は僕しか知らないのだけれど、それを知ったら天野さんはどんな反応をするか──嗚呼、試してみたい。しないけど。
然し、こんなにゆったりとしていていいのだろうか? 流星はこれからバイトがあると言っていたし、僕をこの店に連れ出した理由だって、言語に絶する理由があってこそだろう。天野さんというイレギュラーな飛び入り参加があったので言葉に詰まるのか……、ただ、素知らぬ振りで通すのもそろそろ限界だ。出来得るんば、そろそろ天野さんには退場して頂きたい所ではあるのだけれど、『流星と二人きりで話がしたいから出て行け』なんて言えるはずがない。天野さんだって、心落ちつかない日々にゆとりが欲しいのだ。その気持ちを察する事ができない程、僕も流星も愚鈍ではない。
「じゃ、オレはそろそろ行く」
「あ、……そうだよね。ご馳走様でした。行ってらっしゃい」
僕の反応が微妙におかしかったのを、天野さんは見逃さなかった。
流星が店を出るなり──
「もしかして邪魔しちゃったかしら……」
と、申し訳無さそそうにしている。
「いや、全然。そんな事ないから気にしないで?」
「ならいいけど……、実は後をつけてきたの」
何の話だろう? と首を傾げていると、
「……これじゃ楓みたいね」
自嘲的な笑いを浮かべた。
「そろそろ私も帰るわね。ここは長居していい店じゃないから」
まるで、『ダンデライオンじゃないから』と告げられているような気がして、心が締め付けられる。ダンデライオン──あの店は僕らの会議室であり、秘密基地であり、部室のような場所だ。
それなのに、今ではそこが聖域でもあるかのように、立ち入るのを憚ってしまう。
こんな気持ちになるくらいなら、僕らは互いに干渉せず、単なるクラスメイトとしておけばよかった──そう、思ってしまえば、僕らの関係は本当の意味で終わってしまう。だから僕は、天野さんにこう告げる。
「また明日、学校で」
「そうね、またあし……明日は休みだけど?」
「あ、そうだった」
じゃあ、また来週──手を振って僕らは別れた。
「さて、僕も帰ろうかな」
席を立とうとした時、ポケットに突っ込んでいた携帯端末がぶるぶると震えだした。
小刻みに振動を続けているのでこれは電話だ。
このままだと感傷にひたひたになって、ふえるわかめくらい憂鬱感が増幅しそうだったから、この電話はその気分を断ち切るには充分だ。
端末の画面には『雨地流星』の名前が表示されている……まあ、そうだろうとは感じていた。
折角、消化のいい〈うどん〉を食べたと言うのに、このままでは僕も流星も消化不良だ。揚げ玉を入れすぎたのか、若干胃もたれ気味なのは秘密。
直ぐに外へ出て、天野さんが近くにいないか確認──よし、もういないな。
「──私だ」
数秒の間合があり、
『誰だ』
おいおい、冗談だろう?
ハードボイルドな映画ではお決まりの台詞だよぉ?
はっはっはっ、さてはシャイボーイなんだなぁ?
ポケモンマスターになりたいボーイだなぁ? それは砂利ボーイだなぁ。
洋画風に頭の中でツッコミを入れてから──
「電話しておいてそれはないでしょ」
正統派の指摘を入れる。
『もう天野は帰ったか』
「うん」
『……あまり時間が無いから要件だけを言うぞ』
どんな要件を突き付けられるのか、こういう状況を『固唾を呑んで待つ』というのだろう。
『店に来い。ローレンスがお前に用があるんだと』
「は? え、ちょっと待って流星、どういう──」
僕が最後まで言い切る前に、通話を切られてしまった。
電話越しから電車が到着するアナウンスが訊こえたので、流星は到着した電車に乗る前に通話を切ったのだろう。
メイド喫茶〈らぶらどぉる〉の店長であり、支配人である〈ローレンス〉さんが、一体、僕に何の用事があるのだろうか? 一度だけ会っただけの関係であり、その申し出に従う義理は無いとはいえ、部外者である僕を指名するとは余程の事情があってだろう。流星もその事で頭を抱えていたのなら、うどん一杯の礼を返すと思って向かってみるか。
……でもね、流星。
ここからそこまでの交通費を考えると、うどん一杯じゃ済まないんだよなぁ。
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当作品は他にも〈小説家になろう〉に掲載しています。〈小説家になろう〉と〈ノベルバ〉で話数が違うのは、〈ノベルバ〉に〈章システム〉が存在しない為、強引に作っている兼ね合いで話数が合わないのですが、〈小説家になろう〉と〈ノベルバ〉に同時投稿しているので、読みやすい方をお選び下さい。
まだまだ未熟な筆者ですが、これからも応援をよろしくお願いします。
by 瀬野 或
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コメント
瀬野 或
>>エリー様
コメントありがとうございます!
腐女子・腐男子じゃなくても読めるように書いていますので、そう言って頂けると嬉しいです♪
これからも当作品をよろしくお願いします。(=ω=)b
by 瀬野 或
エリー
腐女子ではないですが、すごい好みの文章です。これからも頑張ってください!応援してます!