【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百九十六時限目 そして僕らのチョコはレートを上げてパーティーはサークる ⑨
僕は今回の企画で一応、〈広報担当〉に配属されているけど、大まかな仕事の大半は関根さんが行っていた。
「だってゆーくん影が薄いし、クラスメイトと接点が無さ過ぎるじゃん」
という致命的な欠点があるため、結果的に関根さんに仕事を押し付ける形になっていたけれど……僕が言うのも難だけどさ、自分のクラスなのに同じクラスの人達と接点が無いというのも、何だかなぁ、と思う。
まあ、無理に仲よくする必要は無い。
興味の無い人と関わっても互いに手持ち無沙汰になるだけで、もっと言えば、「今日はいい天気だね」と、取り繕うような話題に触れなくていい──そうではあるのだが、今回ばかりはそうも言っていられない。
僕は昨晩に作成したプリントを、チョコレートパーティーのポスターの真ん中に貼り付けた。B5サイズのコピー用紙に、チョコレート作りに参加した女子の名前を羅列しただけの簡単な物だ。
今日のチョコレートパーティーは、匿名でチョコレートを机に配置して、それを食べ歩く──という、ビュッフェ方式が採用される。
然し、匿名だと誰が携わったのかが曖昧だ。これでは『もしかしてお前らが適当に用意したんじゃないのか?』と疑われる可用性も微レ存。
朝からチョコレートの話で持ちきりだったから、その心配は無さそうだけれど慢心はしない。
男子諸君の興味を引くには、誰が携わっていたかを明確にしておく必要がある──そのための処置。
プリントの効果も相俟ってか、男子グループから『誰それがチョコ作りに参加したらしい』という声がちらほら。意中の相手がチョコレート作りに参加したとあれば、この機を逃すのは愚行だろう、こんなチャンス滅多に来ない……世知辛い。
僕の思惑通り、『津田優梨』のネームバリューは効果絶大だった。
『梅高祭で手伝いに来てくれた優梨ちゃんも参加してるんだってよ』
まるで、『桐島、部活辞めるってよ』みたいな言い回しで噂になっている。だが、本当に参加しているのだろうか? と疑う者もいて、その真意を確かめるべく周囲にいる女子に訊ねれば、
『うん。確かにチョコレート作ってたよ』
胃を傷めながら参加した甲斐もあったというものだ。
この情報は、宇治原君の耳にも入っただろう。件の宇治原君は、まさかまさか、優梨に好意を抱いている。控えめにライク、ぶっちゃけラブ。まるで売れないアイドルの歌みたいだが、しかと言質は取れている。前体育館二階で赤裸々にカミングアウトされた事実だ。
謎の少女・優梨が関わっているのならば、どれだけ蔑まれようが宇治原君も参加するだろう。仮に宇治原君がやって来て空気が悪くなったとしても、覚醒した佐竹が上手くやってくれるはずだ。
覚醒佐竹は〈UR〉くらいのレアリティ。排出率で言えば一パーセントくらい。二倍でも二パーセント。だからガチャは闇なんだよなぁ。
実力行使に至った場合は流星が何とかしてくれるだろう。あの日、タクヤを軽く投げ飛ばしたあの技で、空気投げのような投げ技を披露してくれるに違いない。
佐竹が息を吹き返したおかげで、僕の計画は怖いくらい順調に進む。
新世界を作ろうとしたキラの気分はこうな気分だったんだろうな、と思いつつも、有名な台詞である『こな……粉バナナ!』は言わない。
──間もなくして、帰りのホームルームが終わった。
浮き足立った男子諸君を視て三木原先生は、感慨深そうに「青春ですねぇ」と呟いていた。
机をカタカナの〈コ〉の字型に配置している最中、「私も食べますよー」と、スキップでもしそうな足取りで、廊下へ退散させた男子と共に廊下へ。
「三木原先生も参加するのは予想外だったわ……」
天野さんは頭痛がするかのように目頭を押さえる。
……まあまあ、そう言ってあげないで。
三木原先生も男なんだし、仮にも今回の企画の保護者扱いなのだから、邪険に扱うのは可哀想だ。それにきっと、バレンタインデーに手作りチョコを貰う用事も無さそうだし、大目に見てくださいよ。
教壇側の出入口から進み、後方のドアに繋がるよう、机をコの字型に配置し終わる頃、チョコレートを取りに行っていた月ノ宮さんと、企画に参加してた女子達が、調理実習室の冷蔵庫に保管していたチョコレートを持ってくる。
廊下から『やべぇ、マジやべぇ!』なんて、品の無い声が洩れた。
そんな声を無視して、女子達は、コの字型に配置した机の上に等間隔でチョコレートを置いていく。
当初の予定は『板チョコを溶かして形成した、簡単なチョコ』だったのだが、講師の腕がよかったらしい、その他にもナッツ入りのクランチチョコや、生チョコも並んでいた。
白い丸皿にそれらが取り分けられ、これだけを視れば『チョコレートバイキング』宛らだ。
なるほど、これを見越しての『ビュッフェ方式』か。
月ノ宮さんはこの姿を想像して、この方式を採用したのかと思うと、彼女はどこまで未来を見据えているのか──。
「お待たせしました。会場の準備が完了したので、流星さん、入場を開始して下さい」
流星の「はいよ」という、やる気の無い声が訊こえると同時に、待ちくたびれた男子諸君がぞろぞろと入場。机の上に置いてあるチョコレートを一つずつ摘み食いして歩く。
いや、まあ、その……何だ。
確かに合理的な方法ではあるけれど、この光景はなかなかに滑稽だ。流れ作業でチョコレートを口に運ぶ機械のようで、不気味にも程がある。
唯一の救いは教室後方、余分を持たせた空間に飲み物が用意されている所だろうね。点々と置かれた机は、確かに『ビュッフェ』っぽくなっている……いるのか?
「マジで食うぞ! ガチで!」
なぜお前が張り切っているんだ、佐竹。
だがそれは、佐竹の後ろに並ぶ宇治原君に注目が集まらないための配慮だろう。自分が悪目立ちすれば今回の騒乱を招いた宇治原君に眼がが向かないとでも思ったのか、酷く大袈裟に立ち回っていた。
「うめぇなこれ! つかクランキーもあんのか! ガチでやべぇな!」
準備中に訊こえた品のない声の正体視たり。
そんな佐竹のオーバーリアクションの後ろでふてぶてしい表情をしながら、一つずつチョコを頬張るのは宇治原君。
彼はどんな思いでこのチョコレートを食べているのか。
おそらく甘さは感じないだろう。
チョコは甘くても世間は苦い、これが現実というものだ。
僕が貼り付けたコピー用紙の効果があったのか、ほとんどの男子がこの企画に参加していた。
食べ終えた後はそのまま部活に行く者もいれば、後方に用意した談笑スペースで話をする者もいる。
件の宇治原君はチョコを食べ終えてそのまま帰宅しようとしていたが──そうはさせない。
「宇治原君、ちょっといい?」
教室を出て、廊下を少し進んだ先にいる宇治原君を呼び止めた。
「……なんだよ」
「ゆう……、津田さんから伝言を預かってるんだけど、二人きりで話せないかな」
* * *
どことは言わずとも、僕らは自然にあの場所を目指した。
ここが一番手頃で、都合がいい。
だだっ広い体育館の二階には、誰かがそれまで使っていたのか、ボロボロのバスケットボールが転がっていた。宇治原君はそのボール蹴飛ばして隅っこへ。ころころと転がるボールは、壁にぶつかり反射して、徐々にその速度を失っていく。
下の階では室内運動部のバュシュの音や、掛け声が二階まで届く。
これこそ絵に書いたような青春だろう。
チョコレートを食べるだけの青春なんて、それは単なる放課後ティータイムだ。うんたん♪ うんたん♪ とカスタネットを叩いていればいい。
耳を劈く笛の音が鳴ると、それまで忙しなく動いていた音が止んだ。それは顧問の先生か、監督、集合の合図。体育館全体が静かになったと同時に、
「そろそろ話せよ」
痺れを切らした宇治原君が、決まり悪げに声を出した。
「津田さんからの伝言だけど」
宇治原君は昨日のチョコレート作りに男子が参加してはならない、という決まりを知らない。
仮に知っていたとしても「僕は企画に携わっているから」と言えば納得させられる……けれども、その質問はされなかった。
「結論から言えば〝ごめんなさい〟だってさ」
「……そうか。つか、勝手に優梨ちゃんに話してんじゃねぇよ」
「いやいや、僕としては宇治原君を応援したつもりなんだよ? 微力ながら力になれたらなって思ってさ」
──そんなこと、これっぽっちも思ってないけどね。
「話はそれだけか?」
「いや、宇治原君もこれだけじゃ納得できないでしょ? まだ君は〝その理由〟を訊いてない」
「まあ、……な」
さて、始めようか。
佐竹が刺しきれなかった止めを、僕が刺してやろう。
「その前に一つ質問させて貰っていいかな。──佐竹には謝った?」
「……」
「──まあ、そうだろうね」
佐竹はもう気にしていないという素振りを視せていたけれど、それが宇治原君の良心の呵責に拍車をかけている。
佐竹に合わせる顔が無い──と言った所だろうか。
「実を言うと、津田さんと顔見知りなのは佐竹だけじゃないんだよ。……僕も、天野さんも、月ノ宮さんも、更には関根さん、流星も知り合いなんだ」
「そう、だったのか」
「だからね、宇治原君。君が行っていた事は最初から見当違いだったんだよ。佐竹の評判を落として自分が優位に立つ? ──それで何になるの? 結局自分の首を絞める結果になって、今は虫の息じゃないか」
目の前にいる宇治原君は僕を睨みつけるけど、そんなのお構い無しに言葉を続けた。
「更に言えば、佐竹が受け取るチョコの量を減らす……だっけ? これに関しても失敗に終わったね。だって、男子全員がほぼ同じ量のチョコレートを貰った形になったんだから」
「だったら何だよ」
「そう凄んでも僕には効かないよ? だって僕には君と違って失う物が無いからね。三組で僕に興味を持っている人が何人いると思う? その中で、僕が何人と関わりを持っているのか、宇治原君は知らないでしょ? だって僕に〝興味が無い〟んだから」
「……うだうだ言ってないで、はっきり言えよ!」
宇治原君の荒らげた声が、体育館二階に響き渡る。虚勢、そう言わざるを得ない程の情けない叫び。死を覚悟した者は、『一思いにやってくれ』と腹を括るけれど、宇治原君のそれは『命だけは助けてくれ!』と懇願するように訊こえた。
だから君は小物なんだよ、宇治原君。
──僕よりも小物だ。残念だけどね。
「そして君の本願だけど、……本気で叶うと思ってた? 誰かを貶めれば手に入る欲望なら、僕はとっくに世界を手に入れているよ。つまりね、宇治原君。君が食べたチョコレートの中に〝津田優梨作のチョコレート〟は、存在してないんだよ」
「は!? いや、だってプリントには名前が──」
「あのプリントを作成したのは僕だ。そして、今回のチョコ企画に参加しているのも僕だ。この意味、わかるかな」
「ま、まさかお前……、俺にチョコを食べさせまいと、……謀ったのか!?」
あの日、チョコレートはちゃんと作成した。
でも、そのチョコは僕の家の冷蔵庫の中にある。
二人で食べて下さい、とメモ書きを添えて──。
「津田さんのチョコレートは、あの後、僕らが美味しく頂いたよ。滑らかな口溶けで美味しかったなぁ……」
さすがに演技がかり過ぎるかな? 僕のオーバーリアクションに、宇治原君の怒りは骨髄にまで徹したようだ。
「ふざけんなよ、お前……そこまで俺をコケにして、何が目的だ」
「特大ブーメランでさすがに笑えないよ、宇治原君。佐竹をコケにして、何が目的だったの?」
「くそが……」
「世の中には〝因果応報〟って言葉があるんだけどさ、ご存知かい? これは君が行ってきた所業の全てが君に返ってきたって事なんだよ。人を呪わば穴二つって言うけども、もちろん、二人分の穴は掘ってあるんだよね?」
──そろそろか。
ここまで言えば死体蹴りもいい所で、つまりそれは過剰なリンチ。ゲームなら通報待った無しの粗悪な行為だ。
だから僕はずっと待っていた。
ここまで長ったらしく嫌味を吐いていたのも、足を震わせながら怒りを堪える宇治原君のメンタルをオーバーキルしたのも、全部は彼の到着を待つためだ。
「──優志!」
ヒーローは遅れて登場するんだ、覚えておいた方がいいよ、宇治原君。
「宇治原、お前……。優志、何をした?」
「何もしてないよ。宇治原君に今までの行いがどれだけ愚かだったのか教えてあげていただけさ」
「だからってお前、……さすがにやり過ぎだぞ」
佐竹の登場に安堵したのか、それとも呵責に耐えきれなくなったのか、宇治原君の両眼からは大粒の涙が溢れていた。
「宇治原、大丈夫か?」
「さ、さたけ……ごめん、おれが、おれがわるかったよ……ごめん、ほんとにごめん」
「もういい、終わったことだ。気にすんな」
佐竹は優しく宇治原君の肩を叩くと、宇治原君は泣き崩れるようにその場に膝をついた。
「優志。確かに宇治原は最低の行為をしたよ。でもな、ここまでする必要はあったのか? ……これもお前のやり方の一つなのか」
「僕は僕のするべき事をした、それだけだよ」
「残念だ。──ガチで」
それだけ言い残し、佐竹は宇治原君に肩を貸して二人で肩を組み、体育館二階から姿を消した。
「……はぁ」
これで、宇治原君は自分がしてきた行為を反省するだろう。自分が犯した罪を背負いながら、彼は今後も学校生活を送る。例え佐竹が許したとしても、心に刻まれた傷は消えない。
──そして、その十字架は僕が背負う。
これで全てが解決だ。
佐竹も、宇治原君も、多少の痛みを伴いながら、より強固な絆で結ばれる事だろう。何とも美談、全米が泣いた。
僕がした事は間違いではない。
でも、正しくもない。
そこに正義も悪も存在しない。
あるのはただの虚無、それだけ。
佐竹はきっと僕を軽蔑しただろうな。
まあ、それだけの事をしたと自分でも思うし、宇治原君にクリティカルヒットを浴びせ続けた報いだと思えば、甘んじて受け入れよう。
「……いや、これはかなり大損だなぁ」
割に合う仕事じゃないな。それだけに僕の心も悲鳴をあげそうだったけど、ここで喚いても仕方が無い。それは無意味なのだ。
ヒーローは既に、ここから飛び立ってしまったんだから。
この度は【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】を読んで頂きまして、誠にありがとうございます。
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まだまだ未熟な筆者ですが、これからも応援をよろしくお願いします。
by 瀬野 或
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