【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百八十六時限目 僕らのバレンは最高にタインっている ⑪


 今日も一日、沢山お勉強をしました。

 そんな締めで終われるくらい面白味の無い、退屈で虫唾が走るような、学校の……教室でのプログラムが終わる。

 これからイチバスに乗って、僕らの秘密基地〈ダンデライオン〉へと向かうのだが、今日も流星はバイトがあるらしい。朝、僕が渡した袖の下、トッポを咥えながら「後で決定事項を連絡してくれ」とお達しがあったので、バス停へと向かう前に挨拶だけ通しておくかと、流星の元へ。

 流星は帰り支度を早々に済ませた状態で、スウェットのポケットに両手を突っ込み悠悠閑閑ゆうゆうかんかん、足を組んで座っていた。それはさながらヤンキーチックではあるけれど、流星はその見た目とは裏腹に真面目なヤツだ。それに何だかんだ言いながらも、家族を想う心まで持ち合わせている。ちょっと不器用なだけで心根は優しいのだ。それを本人に伝えたら怒られそうなので噫にも出さないけど、僕の中で雨地流星という人間の性質は、これまでの付き合いから経て『マイルドヤンキーいちご味』で統一された。

「やあ、流星」

「……これから行くのか」

 僕の挨拶は無視ですか。

 ここは一つ、外国人風に『ワッツアップ?』と投げかければよかったかな? そんな挨拶をしたら余計に腹を立てられそうだ。

 流星はいつも通り、抑揚の無い喋り方で、気怠そうな表情を僕に向ける。

「昨日のメッセージで何となくは把握したが、チョコレートパーティーって名前はさすがに酷いぞ」

 否定はしない。

 僕もそれは思う所があって、さすがに〈チョコレートパーティー〉は安直過ぎるんじゃないか? と思う。然し、代わりになる名称も思いつかないので、現状はこの名前に(仮)が付けられる形で呼称されていた。

「苦情は僕じゃなくて、月ノ宮さんに言ってよ」

「それもそうか」

 月ノ宮さんは既に教室から退出している。ファンクラブの面々は散り散りに、仲のよい相手としこたまどうでもいい話に花を咲かせていた。

「天野の姿も視えないが」

「二人共、もうバス停へ向かったよ」

「なら、お前が佐竹を連れて行くのか」

 ──ああ、まあそうなるのかな。

 佐竹は今も自分の席で沈黙を貫いている。今日、佐竹が口を開いた回数は僕よりも少ない。語彙力の無い佐竹だが、佐竹なりに語彙力の無さを武器に会話しているのが今までの日常。現在そうできない理由は黒板の前でにへら顔しながら、集めた仲間と楽しそうに笑っている宇治原君のせいだ。

「どうするつもりだ」

 流星は宇治原君を蛆虫を視るような眼で視ながら僕に訊ねた。

「どうにかするさ」

「そうか」

 興味無さそうに簡単な返事で済ませるた流星は、徐に椅子から立ち上がり、「じゃ、またな」と教室から出て行く。僕はその背中が教室から視えなくなるまで見送り、絶望感満載である佐竹の元へ踵を返した。

「佐竹」

「……おう」

 生気のない声。

 人間、追い詰められると何をしでかすかわからないのに、佐竹は暴走すらしない……静かなものだ。その静けさが余計に僕を不安にさせる。

「先に行っててくれ。便所寄ってから行くわ」

「うん。わかった」

 途中まで一緒に廊下を歩き、佐竹はトイレの中へと入って行った。下の世話まで僕がする事も無いだろう。だが、佐竹を一人にするわけにもいかない。だから僕はトイレの前の壁に寄りかかって、佐竹が用を足すのを待っていた。

「待ってたのか? 先に行っていいって言ったろ?」

「まだイチバスが来るまで時間があるからね、話し相手が欲しいんだよ。普通にガチで」

「俺の真似が板に付いてきたんじゃないか?」

 佐竹はちょっとだけ、口角を数ミリ上げる程度に笑う。

 よかった、まだ感情は死んでなさそうだ。

 僕が一安心していると、佐竹が僕の顔色を読んだのか、

「心配させて悪いな」

「心配なんてしてないよ。だって佐竹だし」

「佐竹は種族名じゃねぇよ」

 ツッコミの勢いは未だ本調子ではなさそうだけど、それでもいつもよりは的を得たツッコミだと感じる。というか、よくもまあ僕が言いたい事を理解してツッコミを入れたものだ。かーんしん、関心──これは救心。

 靴に履き替えて中庭へと出る。

 雨の影響でビオトープの池の水は大層濁っていた。

「なあ、なんでうちの学校にはこんなものがあるんだ?」

 佐竹は申し訳程度にあるビオトープを横目に、興味も無いだろう質問を僕に投げかけた。

「生態系の調査、とか、そんな理由じゃないの?」

「生態系か。それなら人間を調査した方が手っ取り早いんじゎねぇの? ガチで」

 なるほど、確かに。

 人間というのは日々進化をしていると言っても過言ではない。それに、学校というのは子供が集まる場所でもある。進化という点において、子供は格好の調査対象であり、学校というのは箱庭と呼ばなくもない──でもね、佐竹。それは生態系の調査と言うよりも観察に近いと思うんだ。だから学校で起きる事件の多数は揉み消されるだろう? 『学校を守りたい!』と豪語して、自らが女子更衣室に仕込んだ携帯端末を叩き割る教頭先生だって存在するんだよ。まあ、誰とは言わないけどね。

 揉み消されるというのは『いじめ』もそれに該当する。

 いじめグループからすれば、それは〈遊び〉であり、〈ノリ〉であり〈ネタ〉だが、いじめられている側からすれば、それは〈暴行〉であり、〈誹謗中傷〉であり〈事件〉でもある。それが世間に露呈してしまえば学校のブランドを著しく下げる事になりかねない。人気も、知名度も、収入も減る。そして世間からは『いじめを容認した学校』というレッテルを貼られて、それを払拭するには途方も無い時間と労力が必要になる。それまで培った信用なんて、たった一つの〈判断ミス〉で瓦礫のように崩れ去るのだ。

 ──それは、人間関係にも言える。

 佐竹の中で宇治原君への信頼がどれ程のものかは知らないけど、僕の中で宇治原君の評価は、パワプロで言う所のG判定。

 どうしてパワプロで喩えたんだろう?

 多分、グラウンドで泥だらけになりながら白球を追いかけている彼らを視たからかもしれない。

 バス停には既に長い列が出来上がっていた。

 列の先頭には月ノ宮さんと天野さんが、名前の知らない誰かを挟んで立っている。月ノ宮さんは一人だけれど、天野さんの後ろには関根さんがいるので退屈はしなかっただろう。

 関根泉は名探偵である。

 名探偵と言っても〈迷探偵〉であり、それは〈迷惑〉の〈迷〉なのだけれど、曲がりにも〈探偵〉を名乗るなら、今回の事件もまるっと全部お見通しとしてくれないだろうか? 然しながら当のご本人も、自分がそういうキャラだと位置付けしているので、ホームズは冒険もしないし、宿敵であるモリアーティ教授とライヘンバッハの滝に落ちるような事も無い。

「あ! ゆーくんと佐竹っち! おーい!」

 天真爛漫な笑顔を向けられたら毒も抜けるんだよなぁ。

「ちょっと泉、大声出さないでくれない? 恥ずかしいから……」

 迷惑そうに眉を顰める天野さんを他所に、

「今日こそはケーキを奢って貰うからねー!」

 ──訂正、やっぱあの探偵は駄目だわ。




 * * *




 スロウジャズが流れるダンデライオンでは、今日も美味しそうな珈琲の香りが店の中を漂う。件の通り、僕らは時間差で来店するので、先に到着していた三人は仲よく珈琲タイムと洒落こんでいた。

 然しまあよくもこう、連日ダンデライオンへ足を運ぶものだ。僕は小遣いを多少余分に貰っているので、一日一杯の珈琲くらいは……いや、案外馬鹿にならない。

 缶コーヒーならば余裕だけど、ダンデライオンの珈琲は一杯辺り四六〇円、ケーキセットは七四〇円だ。佐竹が去年の夏にハマっていたアフォガードは五五〇円で、ボリュームたっぷりのサンドイッチプレートは一二〇〇円。飴色まで炒めた玉ねぎの甘みと、爽やかな辛さのあるドライカレーは九〇〇円という値段設定となっている。

 流行りのカフェに行けば倍の料金を取られるので、そういう理由ではダンデライオンは、割とリーズナブルな値段で美味しい珈琲を飲めるからして、節約と言えば節約と言えなくもないけど、五〇〇円あればスーパーでインスタント苦湯コーヒーの粉を買えるので贅沢なのは変わらない。

 インスタント珈琲は不味いけれど缶よりは幾分マシだ。

 照史さんに習った淹れ方をすればまだ飲める味だと言える。

 それに偶にではあるけど、照史さんがお代わりを無料で提供してくれたりするから、ダンデライオン以外の選択肢を選ぶ時はお財布と相談しなければならない。

 女子組のテーブルにあるのはセイロンティー、カフェラテ、ロイヤルミルクティー。セイロンは月ノ宮さん、カフェラテは天野さん、ロイヤルミルクティーは関根さんだ。

 関根さんはロイヤルミルクティーを注文する際に「甘くして下さい!」と注文するので、関根さんのロイヤルミルクティーはなかなかの高カロリー。

 それを以前、関根さんに訊ねた所、「女子の半分は砂糖で出来ていて、ロイヤルミルクティーの砂糖はその半分に吸収されるからゼロカロリーなのだ」と、謎のゼロカロリー理論を展開された。

 元ネタは大人気のお笑いコンビだが、関根さんは彼らのファンなのだろうか?

 まさか彼らもマザーグースと一緒に喩えられているとは夢夢思わないだろう。

 僕はいつも通りのブレンド、佐竹は裏メニューであるココアを注文して、照史さんがそれらを運び終えた所で月ノ宮さんが「それでは」と口火を切った。

「本日の議題は差し迫る、〝チョコレートパーティー(仮)〟の当日の運びと配役を決めたいと思います」

 月ノ宮さんの流暢な司会っぷりに、僕らは思わず居住まいを正した。

 こういう場面を幾度となく経験してきた月ノ宮さんにとって、こんな小規模の作戦会議の司会なんかは雑談のようなもの。不安要素と言えば、どさくさに紛れる形で参加した関根さんだけど役に立っていないわけではない。

『空気を読んで空気を読まないスタイル』

 ……である関根さんは、佐竹と似た思考回路をしてる。

 どっちもどっちと言えばそれまでだけど、張り詰めてしまった嫌な空気を壊すのは得意だ。なので、こういう場における関根泉の役割は案外馬鹿にできない──そう、思いたい。

「一応、昨日、二人が抜けてから、当日の流れを話あったんだけど、……こんな感じ」

 天野さんは一冊のノートを、僕らに視えるようにテーブルの中央に置いた。『バレンタインデー企画(仮)』という書き出しの下に、当日の流れが簡単に記載されている。然し、内容がまとまっているかと問われたら、「ううむ」と唸ってしまうような内容で、これと言った特別感は無い。




  * * *




 『バレンタイン企画(仮)』〜当日の流れ〜
 
 ① 開催のことば
 ② イベントの開始
 ③ 歓談
 ④ 閉会のことば
 ⑤ 片付け




 * * *




「し、仕方無いでしょ ︎ 昨日は規模も、参加予定人数もまだ決まってなかったんだから」

「まだ何も言ってないのですが……ええ、そうですよね。無茶振りが過ぎました」

 昨日、僕らがダンデライオンを抜けてからどんな話し合いがされたのか──このノートを視れば容易に理解できる。これでも健闘した方だろう。『何も決まっていないイベントの流れを決めておけ』なんて言われて、その全貌を把握できるはずがないのだ。それにこの企画自体、前例も無い突発的な物であり、過去のデータを参考にする事も不可能だからテンプレ型式に則り、「こんな感じだろう」とするしかない。

「──では、この流れを基準として、昨夜、皆様に送信したメッセージをもう一度ご確認下さい」

 昨日、寝る前に月ノ宮さんから送られてきたメッセージには、僕らが市民会館で得た上方を元に形成された内容が記されていた。

「バレンタインを二日かけてやる──って事でいいのか?」

 佐竹はまだぴんと来ていない様子で、頭の上にクエッションマークが浮かび上がるような表情をしながら、司会である月ノ宮さんに問いかけた。

「そうです。前日の放課後にチョコレート作成、これは女性陣限定で行います。そしてバレンタイン当日に〝チョコレートパーティー〟と称して、教室で大々的に開催する予定です」

「それはこのメッセージを読んでわかったけど」

 天野さんは手元にある携帯端末の画面を視ながら、

「参加はどうやって募るのかしら?」

「それを今から考えるのだよ、ワトソン君!」

 何で泉が答えるのよ、と天野さんは食傷気味にうんざりしながらも、「まあ、そうよね」と納得した。

「今日決める事は〝当日の流れ〟と〝配役〟だったよね」

「はい」

「流星がいない状態で配役を決めていいのかな。多分、流星は納得しないと思うけど」

 いないヤツが悪い、と言われたら反論しようもないけど──流星の不満そうな顔が眼に浮かぶ。

「流星さんには警備主任を任せましょう」

 月ノ宮さんはいつの間に流星を『雨地さん』ではなく『流星さん』と、下の名前で呼ぶようになったんだろうか? 僕の窺い知れない所で、人間関係は順調に築き上げられているらしい。それが〈携帯端末〉のいい所であり悪い所でもある。

「アマっちが警備主任か。……大丈夫か?」

 佐武が懸念しているのは、おそらく梅高祭での一件だろう。

 あの時、流星はクラス全員を敵に回すような口振りで一喝した。それは僕を守るためでもあって、佐竹もそれを承知の上だったと思うけれど、佐竹のフォローが無ければどうなっていたか。もし、今回も同じような事が起きれば佐竹はフォローできない。とどのつまり、収集つかない事態に陥る可能性を汲んで、佐竹は難儀を示しているのだろう。多分、知らないけど。おそらくは。

 然し、月ノ宮さんは心得こころえがおで答えた。

「そうはならないと思いますよ」

「どうしてそう断言できるんだ?」

「どうして、……そうですね」

 そこで一度言葉を区切り、店内に流れているスロウジャズの演奏が終わると同時に口を開いた。

「小心翼々な彼に、私を敵に回す事などできませんから」

 彼──とは、宇治原君の事を指しているのだろう。

「一人を相手に多勢に無勢を極める彼の行動は、さすがに眼に余るものがあります。これ以上騒ぎを大きくするようであれば、私が全力で排除しますので」

 流星の逆鱗に触れる前に、月ノ宮さんがことば通り『排除する』。

 微笑みを湛える月ノ宮さんの眼は笑っておらず、そこには光も影も無い。

 あるのは、静謐ささえ感じる程の怒り。

 〈好き〉の対義語が〈無関心〉と言うのなら、〈嫌い〉の対義語は何になるのだろうか? それを考えると、月ノ宮さんがしようとしている『排除』の意味が理解できてしまう。

 だから僕は、それ以上考える事をやめた──。










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 by 瀬野 或

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