【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百八十一時限目 僕らのバレンは最高にタインっている ⑥


 魚釣りには餌が重要だ。

 例え立派な竿があっても、餌が無ければ浮子うきは沈んだりしない。そうは言っても、餌というからにはそれっぽい物を用意する必要がある。〈蚯蚓みみず〉や〈栗虫〉、〈養殖ぶどう虫〉や〈ゴカイ〉などがあるけれど、僕が使う餌はそういう類の物ではない。どちらかと言えば擬似餌ぎじえ、〈ワーム〉や〈ルアー〉とか、そういう『餌的な何か』だ。

 ……余談ではあるけれど、ルアーを最初に開発した人は、魚釣りに行った時に餌が無くて、代わりにスプーンを使ってみたら魚が食いついたのをヒントに開発したとか。嘘か誠かわからない、『信じるか信じないかはあなた次第』な話。

 お弁当にスプーンとは欧米的だね。

 彼らは餌を選ぶ程のグルメでもあり、適当に選んだ餌では食いついたりしない。だからを選ぶ必要がある。この話なら絶対に食いつくという、確信が得られるような餌がベストだ。

『昼食後に佐竹の件で話したい事がある。一人で体育館二階に来て欲しい』

 たったこれだけの言葉にどんな力があるのか疑問だけど。

 たったこれだけの言葉を伝えるのに流星の力が必要だったのかも疑問だけど。

 僕だけではあのウェーイ軍団の中を単騎で乗り込むのは無理だ──生理的にも。その分、流星は彼らとの交流もあり免疫がある。流星を利用しているようで忍びないけど、トッポ一つで引き受けてくれたのだからよしとしようじゃないか。

 僕は宇治原君より先に現地へと足を運び、待っている合間にお弁当を食べた。エビチリが入ってなかったのが残念。冷凍も切らしていたらしく、帰りにコンビニで冷凍のエビチリを購入する予定だが、そこにトッポも付け加えておかないとな……、こんな大雨の中コンビニに立ち寄らなきゃならないとか憂鬱だ。

 下の階からボールが床を打つ音が二階まで反響している。バスケかな? バレーかな? バッシュの子気味よい音が何度も繰り返し訊こえてくるのでおそらくはバスケ部。

 その音に混じって、床を擦るように階段を上る音。これはスリッパ勢の弱点だ。上履きならこうはならないだろう。抜き足差し足忍び足をしても、かさっと床を擦る音が混じるので、スリッパでの尾行は控えた方がいい。

 宇治原君は階段を上り終えると、その場で大きく溜め息を吐いた。そして、なにかぶつぶつと文句も垂れているようだけど、そこまで僕の耳は拾ってくれなかった。だけれど察する事はできる。

「疲れた」とか、「だりぃ」とか。

 足元の悪い中、わざわざ御足労を頂いて申し訳ないね──なんて事は全く思わなかった。

「鶴賀、話ってなんだよ」

 宇治原君はスリッパを脱いでから、濡れた靴下でぺとぺと歩いて、僕がいるバスケゴール下へとやってきた。その表情には『こんな所に呼び出すんじゃねぇよ』という文字が視て取れる。

「凄い雨だね」

「ああ。……つか、世間話をしに呼んだわけじゃないんだろ? 佐竹の話だって言うから来たんだ」

 餌はちゃんと機能したらしい。

 僕の思惑通り、宇治原君は飛びついてきた。

 僕と宇治原君の距離は凡そ一メートルくらい。僕は壁に寄りかかって座り、宇治原君はポケットに両手を突っ込んで立っていた。少し猫背なのか背中が曲がっている。

「あまり時間が無いから回りくどいのは無しで、お互い、ぶっちゃけトークで話そう」

「お前ってそういう言葉も使うヤツだったのか、意外だな」

 ぶっちゃけ、に反応したんだろうか?

 僕は相手を視て言葉を選ぶようにしているので、今回の言葉を選んだのは、宇治原君にも伝わるようにするためだ。それに、『単刀直入に、腹を割って話そう』ってのも違う気がする。

 僕は宇治原君と対等になりたいわけじゃない。

 あくまでも竿を引くのは僕、そして、その餌に飛びついた魚が宇治原君。この力関係は絶対に崩せないのだ。

「佐竹が嫌いなの?」

 先ずは先制、様子見の左ジャブ──ではなく、宇治原君の顎を狙った右フックをお見舞いする。

「別に、嫌いじゃねーよ」

 ──効果はいまひとつのようだ。

 これで宇治原君に揺さぶりをかけられたら、後はそこから虚を突くだけだったんだけど、期待した反応は無く、出鼻を挫かれてしまった。まあ、相手は僕の苦手なウェーイ勢、相性が悪いのは最初からわかっていた事だ。

「なら、佐竹がチョコを独占するのが気に食わないとか?」

「それもあるが……って、なんでお前にこんなことを言わなきゃなんねぇんだよ」

 ──それもそうだ。

 だけど引き金となったのは、やはりバレンタインらしい。

「〝それもあるが〟って言い方だと、他にも理由があるように訊こえるんだけど……オフレコだと思ってぶっちゃけていいから。普通にガチで」

「お前、馬鹿にしてんのか? じゃなきゃその不自然な語尾はやめろ」

 どうやら気に触ったらしい。

 おかしいな、僕のイメージだとウェーイ勢って佐竹みたいな喋り方をするヤツが大半を占めていると思ったんだけど……て言うか、宇治原君も佐竹のは不自然だと思ってたのか。

 佐竹は意識してないからわからないかもしれないけど、やっぱり不自然だよね。

「ごめん。──それで、話を戻すけど」

「佐竹がモテるのはもう〝そういう存在だから〟って割り切るしかない。だから、そこに関して不満が無いわけじゃないけど、仕方無いとも思ってる」

 話が視えてこないな──。

 バレンタインで女子からのチョコを争奪される事や、クラスカーストの頂点に座している事について、宇治原君は不満はあれど、それは仕方無いとしている。

 ならばどうして佐竹を貶めるような行動をしているのか? 僕にはその理由がわからない。

『嫌よ嫌よも好きのうち』

 だとするなら、宇治原君の行動原理も多少なりは理解できる。でもそういう訳でもなさそうだ。

 宇治原君から感じるものは〈悪意〉であり、〈敵視〉と言っても過言ではない。仲のよかったリーダー的存在である佐竹に対して反旗を翻し足るその理由とは一体何だろうか。

「じゃあ、宇治原君はどうなりたいの? このまま佐竹と対立して、選挙活動を続けるつもり?」

「そういうわけじゃないけど、そういう事にもなるか」

 どちらとも言えない、か。

「何がそこまで宇治原君を駆り立てるの? やっぱり嫉妬?」

「……どうだろうな」

 相手を恨む理由の一つに上げられるのは『嫉妬』だ。

 憧れから始まり、それがやがて自分への失意に代わり、最終的に『嫉妬』へと変貌する。

 誰しもが必ず一度は経験する負のサイクル。

 人間らしいといえばらしいけど、美しいとは言い難い感情の変化。

 ネガティブからはネガティブしか生まれず、それがポジティブに変化する事はない。負の感情から派生するのは負の感情でしかなく、それとどう折り合いを付けていくか。

『嫌な事は忘れろ』

 と言う言葉には、そういう意味が込められている。

 とどのつまり、忘れる事でしかそのマイナスを埋める事ができないのだ。当然、ぴったりと蓋ができるはずもなく、ふっとした時に蓋が外れて、その穴から酷く冷たい水が、ぼこんと泡を吐き出すように溢れてくる。

 宇治原君はきっと、そういう感情のサイクルの中にいるのだろう。僕だって宇治原君の気持ちがわからないでもない。有能な人材が目の前にいて、自分が無能だと気づいてしまった時の人心地の無さは、これまでの自分の人生は無駄だったんじゃないか? と疑心暗鬼に陥るくらい苦しい。でも、僕みたいに卑屈にならず、『敵対する』と奮起した宇治原君は、方法は間違えているけれど、僕よりも健全な反抗なのかもしれない。

「嫉妬か……、確かにそうかもしれないけど、そうじゃないんだ。でもやっぱり、佐竹ばかりちやほやされんのは何かこう、もどかしい? というか」

「だから佐竹の座を奪うの?」

「……ぶっちゃけ話でいいんだよな?」

 宇治原君は頭を回し、周囲に人がいないか注意深く確認してから、思いもしなかった一言を僕に言い放った。

「梅高祭の時、うちのクラスに応援に来てたヤツ、覚えてるか──」




 宇治原君がその全てを晒け出した後、その場に留まった僕は途方に暮れそうだった。いや、暮れていたのかもしれない。虚無感というか、呆気に取られたというか、それこそ『虚を突く』ような理由に対してどうするべきなのかを考え倦ねていた。

 まさか、宇治原君が僕を──優梨に恋をした、なんて。

 彼の話を要約すると、優梨と付き合いのある佐竹が羨ましかった。そんなヤツがクラスの女子からチョコを争奪するのは腑に落ちない。だったら一つでも多く、そのチョコの数を減らしてやろう……という、何ともくだらない理由。

「──って事は、この件の原因を作ったのは僕ってこと?」

 そんなお粗末な理由で、クラスの男子を巻き込んだ宇治原君は相当な大馬鹿者だけど、人間というのは煩悩に忠実だからなぁ。

 言葉巧みに男子を仲間に引き入れて、佐竹の居場所を奪うという行為はどう考えても『いじめ』に近い。いじめというか『佐竹落とし』か、それとも『デモ行進』か……。

 この話を一段と厄介にしているのは、宇治原君の言葉に感化されたその他の男子。彼の言葉に賛同したという事は、佐竹の事をよく思っていない連中もいるという事でもある。だから宇治原君をどうにかしても、この火種が消える事は無い──この状況は僕が思っている以上に複雑かもしれないな。

 宇治原君の超どうでもいいような恋の悩みと、佐竹に対する不満。そして、それが『バレンタイン』という特殊なイベントでぐちゃぐちゃに絡まっている。

 この話は佐竹にするべきだろうか?

 理由も知らずにこんな状況に陥っている佐竹は、不安に不安を塗りたくり、いっかなどうにも動けないだろう。理由を知れば対策が練られる。あわよくば落とし所も見つかるだろう──はっきり言える事は、残された時間が少な過ぎる。

 まずは月ノ宮さんと天野さんに相談してみるか。

 二人なら客観的に事態を把握できるだろう──普通に、ガチで。










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 by 瀬野 或

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