【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百七十九時限目 僕らのバレンは最高にタインっている ④


 ダンデライオンにくる客の大半は常連客であり、それぞれ自分の定位置というべき場所がある。壁際のカウンター席に座る水商売風の女性、レジ横に座るサラリーマン、そして、この店の長老とでも言うべき存在である高齢の男性は、決まって照史さんの目の前に腰を下ろし、「珈琲」とだけ注文する。

 僕らの定位置はその水商売風の女性の後方にある壁際、照史さん作のイタリアっぽい街並みの風景画が飾られた下、四人掛けのテーブル席。そこに六人がすし詰め状態で座っているのだが、カウンター席から椅子を持ってこれないのであれば致し方無い。

 壁際の窓側から、佐竹、流星、僕。佐竹の前に天野さんが座り、そこから順番に関根さん、月ノ宮さんという並び。その並びに少し違和感を覚える。月ノ宮さんは是が非でも天野さんの隣に座りたいはずだ。然し、関根さんを視た月ノ宮さんは一度席を立って、関根さんを中央に座らせた。けれどそれは、注文する際に自分が直ぐに動けるように、という考慮だったようだ。照史さんが僕達三人分の水と珈琲を持ち運ぶ際に、月ノ宮さんがそれを手伝った。

「どうしてアマっちと泉がいるんだ?」

「おい義信。お前、わざとその呼び方をしているだろ」

 もうそろ慣れろよ、と佐竹は笑う。

 もうそろ、というのは『もうそろそろ』の略だろうか?

「オレはたまごっちじゃない」

「確かに、ダイくんの場合は〝ヤンキーっち〟だもんね!」

 流星はぎろりと関根さんを睨んだ。

「それは兎も角、どうして二人も一緒なの? 優志君」

「成り行き、かな。旅は道連れ世はってやつ」

「それは俺の言い間違いだろ!? まだ覚えてんのかよ!?」

 他にも佐竹語録は沢山あるのだけれど、一番印象深いのがこれだった。

「この世を憂いたい気持ちは理解できますが……、えっと、お二人に説明は?」

「してない、ごめん。本当に流れで着いてきたんだよ」

 「オレはここの珈琲が飲みたかっただけだ。他意たいは無い」

「私は構ってもらうために!」

「そ、そう……」

 天野さんは頭痛でもするかのように目頭辺りを抑える。

 このままでは話が進まなそうだと思い、僕はこれまでの経緯を手短に説明した。

 話を終えると流星が僕を横目でちらりと視た。その眼は『どうして宇治原の件を説明しないんだ』というような眼だったが、その話をすれば余計に話が拗れてしまう。特に佐竹は教室での立ち回りが難しい状況だ、あまり神経を逆撫でするような事をしたくない。『だからと言って、オレを口実だしにするな』と不平を漏らすのなら、後で流星に金の轡を嵌めておけば問題無いだろう。この場合の相場はガルボで決まりだ。ガルボ大好きさんかよ。

「で、これは一体何の集まりなの? ……あ、わかった! バレンタインだね!」

 そう、これは僕らのバレンを最高にタインするためだ。バレンをタインするって本当に意味がわからない。あれだ、とりあえず枕詞にハッピーを付けておけばハッピー。何だこの偏差値5くらいの考え方。プリキュアでももっとマシな使い方をするぞ。

 早くも暴走気味なキュアミステリこと関根さんを無視する形で、話の流れがバレンタインに移る。

「材料はどうする? 各自で持ち合うでいい?」

「それでしたら、私が最高級のチョコを取り寄せますよ」

「おい、だったらそれを食えばいいだろ」

 今日のツッコミ役は、キュアエリスこと流星らしい。キュア佐竹こと佐竹の調子がイマイチなので、佐竹よりも鋭いツッコミが炸裂した。さすがはキレるナイフ。いや、溺れるナイフだっけ? ああ違う、抜き身のナイフだ。もうジャックナイフでもジャッジアイズでも何でもいいけど。

「スーパーに売ってる板チョコでいいんじゃないかしら」

「それが妥当だな」

 ……うん? どうしてちゃっかり流星は話に入ってるんだろうか? もしかしてバレンタインしたいの? 実は内心ウキウキだったりするんだろうか?

 ──流星に限って、それはないか。

「つか、六人ともなると、割とガチで俺の家じゃ無理だぞ? 普通に」

「それもそうね……楓、どこか調度いい場所はないかしら」

「では、ホテルのキッチンを借り」

「それは却下」

 間髪入れずに却下されて、月ノ宮さんは意気消沈としているけれど、さすがにホテルのキッチンを借りるのは気が引けるし、『無料で調理場を貸してくれる』なんて都合がいいはずもない。上級国民ともなると、発想も世間からぶっ飛んでしまうのだろうか?

「市民会館じゃだめなの? あそこで料理教室とかしてた気がするよ?」

 ああ、そう言えばあったな、そんな施設。

 梅ノ原市民会館は、地域の交流を目的とした施設であり、そこでは偶に、簡単な催し物が開催されている。関根さんの言う『料理教室』もその一つだが、他にも落語や囲碁、将棋、カードゲーム大会などがそこで開催されていて、梅ノ原市民にとって、なくてはならない施設の一つだろう。夏には低学年を対象にしたお祭りも開催されるらしい。そこで梅高の吹奏楽部が毎年演奏をしているらしく、今年も既に出演が決定されていて、掲示板にはポスターが貼られていた。

「私は毎年、そこで開催されてるお祭りで綿あめとりんご飴とあんず飴を食べるのが楽しみなのだ!」

 飴オンリーですか、凄い趣味だな。

 というか、この歳になって低学年のお祭りを『楽しみ』と豪語する関根さんもどうなんだろう……彼女の人生がどうか、幸せである事を願ってやまない。

「では、私が場所の交渉に当たりますね」

「ありがと、楓」

「いえ。こういうのは得意分野ですから」

 ふふふ、と笑う月ノ宮さんが、僕の眼には殊更に怖く映った。この人が交渉に当たるという事は、即ち『月ノ宮製薬の力を行使する』という事に他ならない。今や大企業である月ノ宮製薬を前にして、忖度がかからないといいが……。

「市民会館のキッチンを借りるとなると、六人では少々物足りないですね。どうせならもっと規模を拡大してみてはどうでしょうか?」

「それは市民会館のキッチンがどれくらいの広さなのかを把握してからの方がいいと思うわ。まだ白紙の状態で〝バレンタインチョコ作り会〟みたいに触れ込んで人を集めても、場所が取れなかったり、広さが足りなかったら残念な結果になってしまうもの」

「それもそうですね。では、明日の放課後に視察を……優志さん、付き合って頂けますか?」

「うん。……え、僕?」

 とんとん拍子で話が進んでいたので、僕はふんふんと頷いているだけだったが、突然白羽の矢が向けられて、心臓が跳ね上がるくらい驚いた。

「この中で暇そうなのは、優志さんくらいですから」

 ──まあ、否定はしない。

 僕がやる事と言えば自宅に帰って宿題と今日の復習。そして、寝る前まで本やゲーム、動画サイトで贔屓にしている動画主の配信を観るくらいだ。それを『忙しい』としてしまえば、人間的にどうなんだろう? と疑ってしまう。

「じゃ、決まりだな」

 今の今まで無言を貫いていた佐竹は、ぐいっと両手を上げて背伸びをした。

「何、仕事した感を出してるんだ。お前はさほど話し合いに参加してなかっただろ」

「なんでだよ、ちゃんと発言もひただろ?」

「ちゃんとしたいのなら、もっと襟を正せ」

 そう流星に窘められた佐竹は、「襟?」と言いながら、自分の制服の襟をくいくいっと弄っていたが……佐竹、襟を正すの意味を、後で辞書で引こうね。




 * * *




 淡々と進んでいく話し合い。それに不満は無いけれど、どうにも腑に落ちない部分があった。それはきっと僕の思い過ごしか、考え過ぎなだけなのだろうと気に留めないようにしても、喉元に引っかかってしまって上手く呑み込めない。

 話し合い自体はちゃんとした方向性を示していて、月ノ宮さんの仕切りが上手かった、というだけの事。

 差違さいがあるとするならば、火中にいる佐竹だ。

 教室での立場が危ぶまれているので、いつも以上のヘタレっぷりだけれど、気持ちはわからなくもないが、このままでいいはずもない。

 ──なんとかできないだろうか?

 宇治原君こものが佐竹を陥れる、なんて下克上も甚だしいが、宇治原君も宇治原君なりに、何か思う所があったのかもしれない。あの時、「佐竹ばかりに頼っていられない」という言葉の裏には、僕の知り得ない彼なりの〈何か〉があったんじゃないかと、帰宅した今になって顧みる。

 ──本当に、バレンタインデーだけが原因なんだろうか?

 教室に蔓延る嫌な空気も、浮ついた男子諸君のにへら顔も、おそらくバレンタインに収束する。だが、宇治原君のそれは、その先、バレンタインの後も続くような気がしてならない。

 ぺらり、と小説のページを捲る。

 最近は小説を読んでいるように見せかけて、考え事をするのが当たり前になってきた。でも、流し読みができる程、この本の作者であるハロルド・アンダーソン氏が手がけた小説は簡単な話じゃない。未完成的な部分は、そこに読み手の意思が介入して、初めて一つの作品となる。それがハロルド・アンダーソンの本だ、と僕は勝手に解釈していた。

 だけど、それは違うのかも知れない。

 実は、本当は、未完成的な部分を含めて完成とした作品であり、後味の悪さで言えば、ミステリで犯人がわからないまま迷宮入りするが、実は語られていないだけで、その後、犯人は逮捕されていたり、被害者の遺族に復習されていたりするのだろう。

 そこまで読み解くには根気が必要になってくるが、現実問題、これを現状に当てはめると、パズルのピースが合わさるようにしっくりと当てはまる。

 僕が知らないだけで、物語はその後も進んでいく。

 その過程に散りばめられた伏線の数々に気がつかないまま、次の物語へ移行する時の〈不満〉と〈虚無感〉は計り知れない。だから、どんな些細なヒントにも、アンテナを張り巡られておく必要がある。

 それには、嫌な部分にも触れなければならないだろう。

 どす黒くて汚い排水溝に、手を突っ込むような嫌悪感。

 トイレの中に手を突っ込んで鍵を拾うのは、ホラーゲームの主人公だけと相場が決まっているはずなのに。

 こちこちと鳴り響く秒針が、今日はやけに耳障りだ。

 目障り、耳障り、そういうさわりに触れなければ、物事の本質というのは見抜けないもので、付着したどろどろの粘膜を拭うには相応の代価が必要だ。

 時計を止めるなら電池を引っこ抜けばいい。

 音を訊こえなくするなら、時計自体をタンスの中へ放り投げればいい。

 対策はいくらでもあるのに、これが〈対人〉だと、どうも手に余る。

「はてさて、これはいっかなどう対処するべきだ……」

 これまではそれこそ〈何となく〉で、ありとあらゆる事情を退けてきた。然し、今回の件はそうもいかなそうだ。私怨とも言うべき思念が多過ぎる。いっその事、全て爆発で終わらせてやりたいが、爆発オチは酷いと言う。けれど、そうでもしないとやってられないのだ。それつまりアトミックボム。ケーダブシャイン。

「そしていつもの堂々巡り、か」

 うんざりだね。

 全くもって頭に入ってこない小説を閉じて、ベッドに倒れるように寝転がった。

 佐竹は今、どうしているだろうか。

 天野さんは、月ノ宮さんは、流星は、ついでに関根さんは、僕と同じように堂々巡りを決め込んでいるんだろうか。

 宇治原君は、何を考えているんだろうか。

 そして、僕にできることは──。












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 by 瀬野 或

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