【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百七十六時限目 僕らのバレンは最高にタインっている

「はぁ……」

 朝っぱらから大きな溜め息を吐く。佐竹の背中はまるで連勤中のサラリーマン。今日も上司に嫌味を言われ、部下は凡ミスを繰り返し、家に帰れば妻が邪魔者扱いをする。旦那元気で外がいいとは言われるけども、嗚呼、誰か世のサラリーマンに救いを。佐竹には安寧を。そして僕にはガチャ石を。

 僕は項垂れている佐竹の背中をシャーペンの背で小突いた。

「……なんだよ。今マジでアレなんだから放っておいてくれ。普通に」

 机に突っ伏した状態で振り向きもせず、佐竹は気怠そうに反応した。

「普通じゃなさそうだからこうやって声をかけたんじゃないか」

 声ではなくてシャーペンの背、だけど。

「お前の普通はシャーペンで背中を小突く事なのか、そりゃヤバいな」

 ……どうしよう、殴りたい、春〜spring〜。

 佐竹に『普通の何たるか』を言われる筋合いは無いのだが、ここはぐっと堪えて、心の中だけで『ふははは! スゴいぞー、カッコいいぞー!』と社長の真似をしながら、滅びのバーストストリームを放っておく。

 ……冗談はさて置き。

 佐竹がここまで滅入ってい姿は初めて視るかもしれない。

 佐竹の姉である琴美さんとの姉弟喧嘩の時とは状況が違うので当然と言えば当然だが……いつもクラスの事を考えて行動していた佐竹に対して反旗を翻すような男子連中を、僕は心底軽蔑する。

 特に宇治原、お前は駄目だ。

 然し、僕がどうこうできる問題ではないのも事実。

 佐竹に対して何かできる事は、こうして慎ましくちょっかいを出して、甲斐甲斐しく毒を吐き出させるくらいなものだ。そう言えば一時期、水を吐くフグの画像が話題になったな。今回の件とは関係無いけど。

「ちょっと、いつまでそうしているつもり?」

 いつの間にやら佐竹の席の隣りに立っていたのは、このクラスでも人気の高い天野恋莉、その人である。

 彼女からチョコレートを受け取りたいと願う男子諸君の視線が集中している事に、天野さんは気づいているのだろうか? 多分、気づいてないんだろうなぁ……。

「なんだよ恋莉、文句あんのか?」

「文句なんて今に始まったことじゃないわよ。けど、そうやっていつまでも悲劇のヒーローみたいにされてたら迷惑だわ」

 どぎつい一撃が佐竹の心を抉った。

 やめて! 佐竹のライフはゼロよ!

 そんな言葉が僕の脳裏を掠めて、危うくもう一人の僕がデュエリストとして覚醒する所だった。

 もう一人の僕って誰? 優梨の事だろうか?

 ……ないな。然なきだにないな。

「うるせぇな。わかってんだよ」

「佐竹さんの気持ちもわからなくはないですけど」

 天野さんの影からひょっこりさんしたのは、このクラスでおそらくダントツ人気を得ている月ノ宮楓。

 月ノ宮製薬社長の娘であり、勝利に執着するのは父親譲りなのだろうか? 『勝利のためなら手段は選ばず』というのがモットーのようで、その美貌と回る舌を使ってこれまで幾度となく僕に突っかかってきた。助けられた部分も多いけど──気づいて欲しい。今、月ノ宮さんが佐竹と接触する事はデメリットにしかならない事を。

「考え過ぎは体に悪いですよ」

「わかってる。頼むから一人にしてくれないか? お前ら、もう少し周囲に気を配れよ、ガチで」

 佐竹に指摘された二人はっと周囲に眼を向ける。

 矢を射るような視線の数々に、二人はぞわりと背筋が粟立ったのか、寒気までするように両腕を摩りながら身を縮めてしまった。

「あまりいい状態とは言えないですね……」

 甘いバレンタインデーになるはずが、激辛のバレンタインデーになってしまうであろうこの状況下で策を練るにしても、バレンタインデーが終わるまで待つ他に手段は無い──それで本当に解決するだろうか? これが本当に一過性のイベントだったら、翌日、「普通にチョコレート貰えなかったわ! ガチで」と冗談半分に笑いを取って終わるのだろう。それが理想。

 然し現実はどうだ? 一度亀裂が入った状態から元に戻すのは難しい。

『アイツがあの時あんな事やこんな事を言った。やった。あーだこーだ、すったもんだ』

 と疑心暗鬼に陥り、そのまま卒業式まで喋らないなんてよくある話。『すったもんだ』はちょっと違うか。吸った揉んだ、だもんね。

 佐竹や天野さん達にとって、このバレンタインデーがどいうものになるのか気になる所だけど、僕にこういうイベントは無関係だ。だからこそ、この中で僕だけが冷静でいられるんだろう。

「優志さんはバレンタインデー、どうされるんですか?」

「……僕?」

 月ノ宮さんは「はい」と頷いた。

「いや、別にどうもしないけど……」

「そうなんだ……」

 え? なにこの天野さんの反応は。

 まるで僕もこの浮ついたイベントの当事者であるかのような言われようだ。

「彼女が誰にチョコレートを渡すのか、興味あったのですが……」

「それってもしかして」

 考えるまでもない、か。

 僕の内側にあるもう一つの性。

 彼女がこのイベントに関わらないというのは不自然だろうか? 経験しておいて損は無いけど……然しなぁ。今、このイベントに参加するのは正解とは言い難い。それに、僕、いや、優梨が参加するとなると、今度は内輪で揉める事にもなりかねないだろう。

 ──だけど、

「……作って、みようかな」

 がたり、と佐竹は椅子を揺らして振り返った。

「マジか!?」

「お世話になった人達に、ね」

「そうか、マジか……」

 それはどっちの『マジか』なんだ?

「それならみんなで作らない? 一緒に作ったら楽しいわよ?」

「いいですね! では、ホテルの調理場を借りられるか交渉を……」

「いやいや、そこまでしなくていいわよ。誰かの家に集まって、そこで作ればいいじゃない。……そうだ、佐竹の家なんてどう?」

「別にいいけど、姉貴がいるぞ?」

「琴美さんにもお世話になった? ……と思うし」

 疑問形なのが正直な感想だ。

 琴美さんにはお世話になったというか、お世話をしたというか、厄介事を毎回持ち込まれているイメージしか無い。でもまあ、お世話になったと言えなくもない、か。

「……どうでもいいけど、ここで話すべき内容じゃないよ。放課後に落ち合おう。喫茶店ダンデライオンで」

 僕の言葉に三人は頷き、一時限目が始まる予鈴と共に各々席へと帰っていった。










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 by 瀬野 或

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