【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

■【一十一章 Idiotic manner,】■


 高さや角度が変わるだけで、視える風景は変化する。

 ──それは風景に限った事ではない。

 入学当初から地味に変化を遂げているものの、さほど変わらないように思えるクラス連中だって、時が過ぎれば変化が起きるものだ。

 何も知らなかったあの頃とは違い、現在は誰がどういう性格で、どういう思考の持ち主なのかある程度理解をしている。

 彼ら彼女らは、自分に有意義だと思う相手を選びぬいた。

 その結果、大きく分けて五つだったグループも、今では小規模な『同好会程度』のグループ含め七つか八つくらい出来上がっていた。当然、佐竹義信率いるウェーイ軍団もその影響を受けており、佐竹に金魚のフンが如くくっついていた宇治原君も、今では別のグループを作って和気藹々と談笑していた。

 ここまでグループが形成されるとなると、佐竹もこれまで通りクラスをまとめる、とはならなそうだ。そう僕は肌で感じていた。

 どこか互いに牽制しているような微妙な距離感。

 まるで不可侵条約でも結んでいるかのような、ATフィールド全開な壁が展開されているようにも思えてならない。

 こんな状況の時、僕は笑えばいいんだろうか? でもここで笑ったら、佐竹を嘲笑しているようできまりが悪い。

 いつまでも『爽やか三組』ではいられない。

 佐竹だって、そんな事は百も承知なはずだ。

 そもそも学校というのは勉強をする場所であって、友達とドラマやゲームの話に花を咲かせたり、恋愛に現を抜かすような場所ではない。

 だから僕の言っている事は概ね正しい。

 何なら、この場にいる誰よりも健全だと自負している。

 ……おおっぴらに出来ない事情はあるけど。

 人間、生きていれば秘密の一つや二つ、一〇や二〇はあるはずなんだ。

 ──無い? いや、あるでしょ? あるよね?

 このクラスがこんな状態になってしまった理由は、佐竹が機能しなくったわけではない。

 これまで培ってきた佐竹への信頼、通称『佐竹システム』は健在であり、表向きは彼を中心にクラスは動いている。

 ではなぜこうなってしまったのか?

 原因となる理由は数日後に訪れる『バレンタインデー』に他ならなず。

 バレンタインデーなんて一過性のチョコレート配布イベントに、どうしてこうも憂き身を窶すほど思い悩むのか理解に苦しむ。ほら、ハッピーバレンタインデーなんだろ? 笑えよ。幸せだろ? こんな台詞、一度でも言ってみたいものだ。

 何が原因なのかをもっと掘り下げて考えてると、『ああ、なるほど。そういう事か』と言えなくもないのだ……そう、それは『佐竹が原因』なのである。

 佐竹は馬鹿だけど阿呆ではない。

 クラス行事に関してはクソ程も役に立たない彼だが、『方向性を示す』という点に置いて佐竹の右に出る者はいないだろう。

 それこそが、『佐竹こそこのクラスのリーダー』たらしめる理由だ。

 馬鹿なりに考えて、馬鹿なりに行動して、馬鹿なりに努力する。その姿はある種の『憧れ』という感情を生み出し、ある種の『恋心』のようなものを抱く者もいるだろう。

 要するに彼は、『昼行灯を演じている』ように思える。

 ──そんな事は絶対に無いんだけどね。

 わざと馬鹿のように立ち振る舞い、ここぞという時に真価を発揮すれば、そのギャップにくらりとする女子もいるんだろう。知らないけど。

 詰まる所、このバレンタインデーイベントは『佐竹争奪戦』となっているのだ。

 普段から佐竹と接している僕には失笑物だけれど、他の男子からすれば面白くない。『身から出た錆』と言ってしまえばそれまでだけど、日に日に窶れる佐竹を不憫に思う。だから僕は天神を決め込むわけにもいかず、我関せず焉としてソシャゲの周回に勤しむわけにもいかないのだ。


 

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