【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百六十六時限目 男装の麗人が婀娜めくまで ③


 女性服売り場は店内中央に展開されている。

 私と流星は迂回するようにして女性服売り場へと移動した。

「ねぇ、流星」

「どうした」

「下着って、……どうしてるの?」

 ここまで辿り着く途中、女性用下着売り場を通り過ぎた。その時にふっと思ったのが、流星は普段、を着用しているのか、だった。

 これまで幾度となく〈男性〉を強調していた流星だけど、やはり体の構造までは変える事は出来ない。よって、流星が男性用下着を着用するのは機能的に不便だろう。それに、高校生にもなると女性特有のもある。

 その生理現象がある限り、男性用下着よりも女性用下着の方が道理に適っているのだが……。

「上はサラシを巻いている。下は──以外トランクスだ」

「こういうのはその、変な意味じゃないんだけど……、不便は無いの?」

 身体的構造上、男性と女性は違う。女性の下着は意図せずに汚れてしまう事があったりするのだが、それを男性用下着が補助できるのか疑問である。

「……わかった、白状する。不本意だが下に女性用を履いて、それに重ねてトランクスを履いているんだ」

「そっか。嫌な質問してごめんね。でもこれで、下着は選ばなくていいってわかったよ」

 僕の答えに対して、流星は首を振った。

「いや。下着も買わきゃならない──地味なやつしか持ってないんだ」

「そ、そうなの……、へぇ」

 他人のプライベートな問題に足を突っ込んでしまっているようで何だか人心地無いけれど、『これも流星のためだ』と私は無理矢理納得させるように臍を固めた。

「と、とりあえず服を選ぼう? いいのが見つかるといいね」

「そう、だな。……なんだか複雑な気分だが」

 これまで流星を〈男性〉として接してきた私は、この状況を上手く言葉にできなかった。それに加えて、流星がちゃんと〈流星えりす〉として行動できるのかも危ういまである。前途多難とはよく言ったものだが、多難過ぎて厄災レベル神。大いなる力と引き換えに髪の毛を失いそうだ。

 女性として生活するのは、多分、流星の方が長いはず。とどのつまり、私は女性服売り場で流星を見守りながら、提案してくる服に対して善し悪しを告げる程度でいいものだと勝手に解釈していた──だが、流星は女性服売り場に着いてからというもの、私の隣から離れようとしない。

「流星、選ばないの?」

「オレが選ぶのはおかしいだろ。お前が選べ」

「え、私が選ぶの?」

「そのためのお前だろ」

 てっきり監視役とおもり役を兼ね備えたお地蔵様よろしくな役割だと思っていたので、急に横っ面を殴られたような衝撃を受けた。

「仮にもていなんだ。お前のセンスに任せる」

「責任重大だね……、本当に私のセンスでいいの?」

「オレのセンスよりはマシだろ。お前の方が女なんだから」

 確かに私は今、優梨の姿をしていて、優梨のイメージを脳内にトレースしてはいるけど、それは人格が変わるとか、そう言った特殊能力のような話ではなく、『優梨とはこういう女の子だ』という想像を膨らませて演じているに過ぎない。そんな私が流星の好みを理解するには、もっと流星えりすという女性の情報が欲しい。

「流星は自分にどういう女性をイメージしているの?」

「そうだな」

 顎に手を当てながら黙考して、流星の表情が固まった。

「……わからん」

「いやいや、服と言っても色々あるんだよ? ガーリッシュとか、モダンとか、ロックとか、エモとか、ハードコアとか……」

「モダン辺りから音楽のジャンルになってないか」

「最近はそういうジャンルの洋服もあるの」

 そうなのか、と納得した流星だが、再び沈黙してしまった。

「それじゃあ、流星が思う理想の女の子ってどういう女の子?」

 仮にも流星は男と名乗っているのだから、恋愛対象は女性だろうと予想する。流星の中にある〈理想の女の子像〉があれば、それに合わせて服を選べば先ず問題無いだろう──恋愛対象が女性ではなく、男性だった場合は詰みだけど。

 流星は普段、〈理想の男性像〉を思い浮かべて生活しているはずだ。男塾系男子を目指しているわけじゃないけど、流星の思考は〈男子高校生〉にインプットされている。
 
 そんな流星が薔薇思考とは考え難い。

「理想……か、難しいな」

「じゃあ、うちのクラスの女子でもいいよ? 楓ちゃんのように和服が似合いそうな女の子とか、レンちゃんみたいにモダンファッションが映えそうな女の子とか、泉ちゃんみたいにガーリッシュでフワフワした感じの雰囲気が似合いそうとか……色々あるでしょ?」

「月ノ宮は堅物、天野は自意識過剰、関根は義信と同種の宇宙人。……ないだろ」

 いや、そこはほら、他にも女子はいるわけで……と、流星から情報を引き出そうと議論を重ねたけど、どれもこれも辛辣なコメントしか返ってこない。

「もう! それじゃ埒が明かないじゃん!」

「強いて言うならお前だ」

「……え?」

 蒟蒻問答をしていた最中に、とんでもない発言が飛び込んできた。横っ面を殴られるような衝撃をさっきも受けたけど、今回はその反対側の頬を殴られた気分。とどのつまり、『右の頬をぶたれたら、左の頬を差し出しなさい』というマタイの福音書の教えを体感しているような感覚だ。……どんな感覚だよ。

「別に深い意味は無い。減点方式で残ったのがお前ってだけだ」

「そうだよね」

 流星が私をどうとも思っていないのは理解していたけど、ここまで完膚無きまで眼中に無いと言われると、もう清々しささえ感じる。だから私も流星に対してあれやこれやと思考を巡らせて、あーだこーだと取り繕う事もしないで済むのは気楽だ。

「それじゃ、適当に選ぶけどいい?」

「任せる」

 さて、ここからが正念場だ。

 流星にどのような服を着せるべきか、この問題を解決するには流星の趣味を理解していなければならない。けれど、流星の趣味なんて知らないし、私基準で考えていいという事であるならば、私が着たい服、欲しい服を選ぶ事になる。この場合、私のセンスが問われるのだが、如何せん、これまで自分のセンスで女性服を選んでこなかったが故に、どういう服をチョイスするべきかの判断がわからない。服装の勉強で何度か画像検索で調べたりはしてきた。けれど、優梨この姿で一人出歩く事も無かったりで、自分で自分好みの服を選ぶ機会が無かった。そんな私が他人の服を選ぶなんて、はっきり言って烏滸がましいにも程がある。

 流星は私からほんの少しだけ距離を置き、固唾を呑んで見守っているけど、多かれ少なかれ、頷く程度の反応は示して欲しい所だ。然し、私が「これはどう?」と選んでも、「任せる」と一方的に判断を委ねられてしまうので、これはこれは大変甲斐性無いことで。

 こうなれば、ロングコート一枚羽織って事を済ませてしまっても文句は無いよね? 私が黒のロングコートに手をかけたら、「いや、それはやめておこう」と、そこだけははっきりと拒絶を示した。

「なんでロングコートは嫌なの?」

「ここまでの道中、ロングコートを着た女性が何人いたと思う。オレは量産型になるのは御免だ」

 ザクはお気に召さないらしい。

 では、ボルジャーノンならどうだろう?

 ──変わらないか。

「……なら、チェック柄のセーターなんてどう? これにキャメルのフレアスカートとか女の子らしいと思うけど」

 私は両方を手に取り、自分の体に当てて流星に視せた。

「悪くないが、オレの髪の長さだと似合わなくないか」

 確かにこのコーデだと流星のショートヘアは似合わないかもしれないが、それは帽子を被ればどうとでもなるだろう。私の説得に応じた流星は、その二つの商品をカゴに入れる事を許すように首肯した。

 一着決まってしまうと、後はし崩しのように、合計三つのコーディネートが完成。それを持って試着室へ。

「オレに着ろと言ってるのか」

「他に誰が着るの?」

「馬鹿か? 馬鹿なのかお前は。この状況でオレが試着室に入ったら紛うことなき変態だろ」

「あ、そっか」

「納得すんな殺すぞ」

 殺されるのは勘弁願いたいので、致し方無いと私が試着室へと入り、一着目のコーディネートに着替えた。

 チェック柄の赤いセーターと、キャメル色のフレアスカート。このコーディネートはフレアスカートのふんわり感が出ている。靴はブーツでもいいし、スニーカーでもいい。気取ったコーディネートではないので、ちょっと町をぶらつくには最適だろう。

「──悪くない、か」

「そこは〝可愛い〟とか、そういう反応をするべきでしょー」

「いや、お前が可愛いのは知ってる。だから、そういう事じゃないんだ」

「褒められてるんだか、どうでもいいと思われてるんだかわからない反応をどうもありがとう」

 二着目はフレアスカートに合わせた白のパーカー。サイズを一つ上げてぐったりと着るのがポイント。袖が長くなって〈萌え袖〉になるのもポイント高い。無地のパーカーの腹部には両通しのポケットが縫い付けてある。〈普段着〉を意識するとパーカーは絶対に外せないので、流星もこれに関しては文句を一つも垂らさなかった。

 最後は足のラインが強調されるタイトジーンズと、グレーのニットチュニックを選んだ。トップスは緑色が鮮やかなカーディガン。落ち着いた大人の女性といった印象を受けるコーディネートになっているけど、これにニット帽を被ればゆるふわな印象を与えられる。

 全ての服を試着し終えて試着室から出ると、流星は私の姿と自分の姿を頭の中で重ねているのだろう。眼を閉じて、深く考え込んでいた。

「何か問題点はあった?」

 私の声に反応して眼を開いた流星は、問題無いと合図を送るように左右に首を振った。

「さすがはオレが見込んだ女だな」

「ふふ。見込まれた女ですから♪」

「……楽しそうだな。こうしてお前と接してるとギャップに驚く。お前はをちゃんと体現できているから、自信も内から湧いてくるんだろう」

「流星?」 

 服を選び終えて方の荷が降りただろうと思っていたが、流星の表情には影がさしている。

「オレは本当の自分を偽って、女を演じることができるだろうか……」

 長らく封印してきた〈女性〉としての自分と、もう一度向き合う事になった流星の戸惑いは、私なんかよりも余程重たくのしかかっているだろう。一度は棄てた性、それと対面する時間はあまりにも少な過ぎる。ましてやそれが、で向き合う事になったのだから、憂鬱になるのも当然だ。

 私は流星になんて言葉をかけていいのかわからず、流星が悩む姿を心配しながら見つめるしかできなかった。












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 まだまだ未熟な筆者ですが、これからも応援をよろしくお願いします。

 by 瀬野 或

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