【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百六十二時限目 何とも言えない僕らの運勢
「なあ、優志」
佐竹はベビーカステラの袋を片手に持ち、もう片方の手でそれを口に運びながら歩いてたが、急に僕の方を視て話しかけてきた。
「りんご飴ってあるだろ? あれ、マジで食いにくいと思わないか?」
「そりゃまあ、林檎自体が大きいし、そのくせ、実がもそもそするし、手はべたべたになるからね」
「でも、アニメとかだとりんご飴大好きな女の子キャラが出てくるだろ? ありゃどうしてだと思う?」
「そうだなぁ……偏見かもしれないけど、〝りんご飴が好きな私可愛い〟的なアピールじゃない?」
そりゃまた偉く偏見だなと、佐竹は苦笑いを浮かべる。でも、僕にはそれ相応に根拠があった。
女の子にとって〈可愛い〉というのは、絶対的なステータスであり、かるが故に『可愛いは作れる』という化粧品のキャッチフレーズもそれを示唆していると僕は考える。自分が好意を抱く相手が須らく、〈内面重視〉とは限らないからだ。だから自分を磨いて、努力して、〈可愛い〉というステータスを向上させる。でも、ただ〈可愛い〉を向上させても無意味だ。奥手というのは大概損する羽目になるし、そういう立ち位置の役目は、結局〈いい人〉で終わってしまう。ならばここぞという時にアピールして相手の心を掴む為の軽いジャブ。それが『りんご飴が好きな私可愛い』の正体だ。
では、どうしてりんご飴でなければ駄目なのか? それは、りんご飴が『食べにくい食べ物だから』という理由にある。
自分の口よりも大きいりんご飴を、しどろもどろしながら懸命に食べる様は、小動物が木の実を食べる姿と酷似するだろう。更に、指に水飴がついたら舐めるという仕草もなかなかに艶やかだ。それを視せても無反応だった場合は、「ねえ? 食べきれないからちょっと食べてくれる?」と、間接キスまで狙える数え役満……役満の意味は麻雀のルールを知らないので、この表現が正しいのかわからないけれど、とどのつまり、論より証拠、である。そういう観点から視るに、〈りんご飴〉というのは実に都合のいい出店の食べ物だ、と言えるだろう……多分。というか、そこまで計算してりんご飴を食べている女子って怖いな。
「俺はりんご飴よりも、たこ焼きやイカ焼きとかを、もぐもぐと美味しそうに頬張ってる女子の方が可愛いと思うわ。割とガチで」
──確かに。
たまにファミレスで、ランチメニューを注文したは言いものの、数口食べただけで「もうお腹いっぱ〜い」とか言い出す女子もいるけど、あれこそ『少食の私可愛い』だろう。そういう人は自宅に帰った後、スナック菓子を貪るまで想像してしまうから、やっぱり女子って怖い。
そう考えると、僕の周りにいる女子は、そういうアピールをしないし、お高くとまるような事もない。月ノ宮さんの金銭感覚はどうかと思うけど、月ノ宮さんも、天野さんも、自分が許容できる範囲で行動している。ハラカーさんも僕が考える『あざとい系女子』とは違う。関根さんは例外。僕の中で関根さんは佐竹寄りに分類されるので、あまり深く考えない方が身のためだ──佐竹や関根さんの生態を深く考えたら負けとも言える。
左右に並ぶ出店はまるで、お祭り同様の活気を感じた。
くじ引きを強請る子供や、手を繋いで歩く若いカップル達だけでなく、老若男女、外国人の姿まで見受けられる。主に家族連れが多い出店の並ぶ道を、僕と佐竹は購入した品々を片手に持ちながら歩いた。
暫く道なりに進み、出入り口にある鳥居を出ると、そこからぱたりと喧騒が静まり返る。背後では楽しそうにはしゃぐ子供の声や、談笑が幾重にも重なっているのに、駐車場へと足を踏み入れた瞬間、それらの声が遠くの方から訊こえてくるような錯覚を覚えて足を止めた。
「どうした?」
「いや、……何か忘れてるような気がするんだけど」
「忘れてる? お守りは買っただろ? 屋台も堪能したし、初詣も済ませた。……他に何かあるか?」
「……おみくじ」
ああ、そう言えばと、佐竹は手を叩いた。
「ごたごたしててすっかり忘れてたな。おみくじ、引きに戻るか? 折角来たんだし、やり残したらもったいねぇし」
そういう貧乏性な所は僕も共感できる。
遊園地に行ったら全てのアトラクションに乗らないと損した気分になったり、ドリンクバーも元を取らないと、なんて、全種類のジュースを無理矢理飲もうとしたりしたのは記憶に懐かしい。だが結局の所、ドリンクバーで元を取るのは不可能だ。原価厨には生きにくい世の中だろう。
「そうだね。……ついでに、バスがどこから出てるのかも訊こうか。帰りもタクシーってのはさすがに厳しいし」
「じゃあ、俺が社殿の受付で訊いてくるわ」
もう一度屋台に並ぶ行列を掻き分けて歩くのは少々うんざりだけど、バス停の場所がわからなければ、帰る事も出来ないので致し方無い。おみくじはそのついで、くらいに思っていたけど、佐竹は頻りに「大吉当てるわ、ガチで」と息巻いていた。
* * *
受付の人に訊いた話だと、バス停は神社を出た少し先にあるらしい。なるほど、初見でそれを見抜くのは不可能だ。訊くは一時の恥、訊かぬは一生の恥という言葉もある。わからなければ訊くのは当然だが、社会に出ると『そんな事は自分で考えろ』と言われるらしい。更に、訊かずにやれば『勝手な事をするな』とも言われるらしく、そんな世の中はポイズン。
この神社のおみくじは五種類あり、〈幸運おみくじ〉には東西南北の守護神である、青龍、白虎、朱雀、玄武や、打出の小槌等の小物が入っている。〈天然石おみくじ〉はその名の通り、鉱石が入っていて、〈恋文みくじ〉にはハートのチャームが入っているそうだ。昨今では、外国の方々が神社に観光目的で来るので、〈外国人用おみくじ〉なる物も用意してあった。佐竹はどれにしようか悩んだ末に、幸運おみくじを選んで、おみくじが入っている箱に手を突っ込んだ。
「なんだよ、末吉かぁ」
神社本社による公式発表によると、運気が高い順に、大吉、吉、中吉、末吉、凶らしい。大凶のある神社もあるらしいけれど、この神社で『大凶を引いた』という噂は訊いた事がなく、おそらくは凶が最下位だ。佐竹は〈末吉〉なので、二番目に運気が悪い。
「……内容も散々だわ」
「佐竹らしいじゃん」
「どういう意味だよ!?」
そのままの意味だけど、敢えて言及は避けた。
さて、僕はどれを引こうか、ずらり並べられたおみくじの箱を眺めながら、一番興味がある物を選びたいものの、ハートのチャームはそこまで欲しいと思わないなぁ。ここは無難に天然石か、それとも普通のおみくじか──
「優志は恋文か?」
「なんでそうなるのさ」
「だって、お前が一番気になる所だろ? 気になる内容のおみくじを引かないでどうするんだ?」
「佐竹、お守りの時もそうだけど、僕に女の子っぽい物を持たせようとしてない?」
バレたか、と佐竹。
「だって最近、優梨になってるお前を視てねぇしさぁ……」
「正直でよろしい……けど、そういう機会が無いんだから仕方無いでしょ」
クリスマスでサンタのコスプレをして以来、佐竹達とは会っていなかったし、今は両親も正月休みなので女装するわけにもいかないのが現状……僕だってたまには優梨の姿になりたいとは思うけれど、こればかりはどうしようもない。
「……で、どれを引くんだ?」
佐竹に催促されて咄嗟に引いたのは、佐竹のリクエスト通りの〈恋文みくじ〉で、なるべく奥の方へと手を突っ込んで一枚を選んだ。
恋文みくじは和紙のような材質の紙に包まれていて、表面は桃色と黄色のグラデーションが可愛いらしい。紙が汚れないように張られた薄手のビニールを剥いで、丁寧に紙を開く。和紙のような紙の裏側には、この一年の運勢がずらりと記載されていて、金色のハートのチャームが付いているストラップが中から現れた。
金色か……、あまり上品な雰囲気は感じられない。
そのストラップをスタジャンのポケットに突っ込んでから、記載されている運命に向き合った。
恋愛……焦りは禁物。良縁だと思った相手でも、慎重に行動を。但し、臆病になる事勿れ。
願望……困難を極める。
対人……優しさをもって。
縁談……早くまとまる。
旅行……出逢いはすぐ近くに。
健康……不摂生に注意。
結婚……思慮深く行動を。
「──中吉でこれは酷くない?」
「何なら凶だろ、この内容は」
ガチャ運がいいとは言えない僕の運だが、さすがにこれは酷い。これならはっきりと『凶』と記載してくれた方が詮方無いと納得できる。
「……普通のやつも引いとくか?」
「遠慮しておくよ。今なら凶を引き当てそうだ」
「そうか……俺は引くぞ!」
そして佐竹が引いたおみくじは〈吉〉で、公式発表でなら二番目にいい運勢だったが、僕と佐竹は何とも言えない表情で、各々のおみくじを社殿前、中央にあるおみくじを括り付ける紐に結んだのだった。
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