【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百五十三時限目 クリスマスパーティー ①


 浮かれた装飾品が店内に飾られたダンデライオンは、いつもの薄暗い明かりとは打って変わり、ワット数の高い電球に変えられている。当初の開催地であった僕の家より遥かにいい雰囲気なので、ダンデライオンで開催するのは正解だったかもしれない。

 月ノ宮さんは『時間外で、あまり遅くならないなら』という条件で、照史さんから了承を得たらしい。きっと、こうなる事を予期して、地道に、ひっそりと準備を進めていたに違いない。

 それにしても準備期間が少なかったのに、ツリーや、折り紙で作った輪のアーチ等をいつ飾り付けたのか……それは、佐竹と関根さん、そして流星の功績が大きいようだ。特に流星は手先が起用だったらしく、関根さんが驚く程だったと佐竹は語る──関根さんが驚いたのは、きっと流星が準備に参加したからだと思うんだけど。こういう行事は嫌いだと言っていたような気がするが、どういう風の吹き回しだろうか?

 ダンデライオンではいつもお洒落なジャズやクラシックが流れているが、今日に限ってはその影は無く、僕が自宅から持ってきた『パーティーでかけても違和感の無さそうな洋楽のメロコア』が流れている。まあ、ほとんどは父さんが昔聴いていたバンドのCDで、僕の所有物ではないけど、陽気な雰囲気にぴったりだ。そして、こういう場を沸かせるのが得意な佐竹は本領発揮……悪い意味で。先程から「ウェーイ!」とか「タッシェェェイ!」等の奇声をあげながら、何度も乾杯をさせられたりする奏翔君──そして、照史さんに「もう少し静かにね」と怒られて萎むという行動を、もう何度視たかわからない。

 料理はカウンターに並べられて、立食形式が採用されているけれど、疲れたら休めるように、テーブル席はそのままにされていて、そこでは天野姉弟、関根さんが楽しそうに談笑している。一方、月ノ宮さんはほぼ裏方に徹して、照史さんの手伝い。佐竹と流星と春原さんは、食事を楽しんでいるようだ。そして、僕はと言うと、いつもの席に座りながら空気に徹し……たかったけれど、そうは問屋が卸さない。このパーティーの存在を佐竹経由で知ったらしく、「私を呼ばないとかひどくなーい ︎」と、呼ばれてもないのに参上した佐竹姉、佐竹琴美に絡まれていた。

「優志君、呑んでるぅ?」

「ええ、まあ……オレンジジュースを」

「そんなガキ臭いジュースなんて呑んでんじゃないわよ。私が高校生の時はコーラをがぶ飲みしてたわよぉ?」

 それ、普通じゃないか……?

 コーラとオレンジジュースってノンアルコールだし、子供にはうってつけの飲み物だよね? ──なんて反論したら、余計にややこしくなりそうなので、酔っ払いの言葉は適当にう頷いていれば間違いない。なので「そうですか、すごいですねー」と、振り子人形のように首を縦に振っている。

「あ、そうだ。さっき恋莉ちゃんから訊いたわよぉ? 今回も大活躍だったみたいじゃない? ……どんな手品を使ったのかなぁ?」

 いつもより粘り気のある喋る方で、琴美さんは僕に訊ねた。

「別に、大した事はしてないですよ」

「でもあの姉弟、優志君にとても感謝してたけどぉ?」

 琴美さんはワイングラスに注がれた白ワインを通して、僕を片眼で覗き込む。

 白いドレスは胸元がいつも以上に開いていて、僕はつい生唾を呑んだが、それを噯に出せば揶揄われるので、ごほごほと咽せる真似をしてやり過ごした。

「……本当に、僕は大した事はしてません。天野さんと奏翔君が元の姉弟関係に戻れたのは、二人が頑張ったからですよ。──まあ、強いて言うなら、半強制的に、二人を、根本的な問題に直面させただけです」

「ふぅん。……ってことはつまり、余計な物を排除した──クリスマスパーティー自体を無にして、二人がちゃんとお互いと向き合える状況を作ったって事かしら。奏翔ちゃんに〝クリスマスパーティーがある〟と認識させて、恋莉ちゃんの精神的負担を軽くさせれば、その後、二人の話が食い違う懸念も減るって寸法ね?」

「自分だけに出席すれば、奏翔君が余計に臍を曲げかねない。……ので、僕、或いは月ノ宮さんが〝その存在〟を奏翔君に匂わせる事で、怒りの矛先が僕らに向けばいい──ってのは、少々賭け要素が強かったんですけど」

「優梨ちゃんってもしかして、博打が好きなの?」

 琴美さんは嘲笑めいた口元で、ぐいっと一気にワイングラスを空けた。

「優志です。ソシャゲのガチャ程度です」

 自分で返答しておきながら、相応にして無感情。僕の代わりに機械が喋ってるのでは? と感じるくらい適当な返しだ。ここだけを切り取れば、中学の英語の教科書に書いてある日本語訳に視えなくもない。

 ガチャ運がいいとは言えないので、SRで何とか切り抜けるのが僕のスタイルだ。そして、廃課金勢に淘汰されるまでが流れ。その結果、楽しむべきはずのゲームで無我の領域まで到達した。そこまで来るとゲームは娯楽ではなく、ある種の義務的要素が強くなる……なんだかなぁ。

「なるほど。とても優梨ちゃんらしいやり方ねぇ……けれど、いつまでそのやり方が通るかしら?」

 空になったグラスに、白ワインをグラスいっぱいに注ぎながら、琴美さんは冷たい笑みを僕に向けた。まるで悪魔に睨まれているような錯覚さえする。全身がぞわっと粟立ち、額から冷や汗が垂れるのを感じた。

「ま、優梨ちゃんならこれからも上手くやっていくのでしょうけどね」

 それは、無力な小動物に対して睨みを効かせる猛獣が、鋭利な爪を相手の喉元に突きつけながら、警告を発しているようだった。

「失敗したくないのなら、もっと効率的に、上手く立ち回る事よ。ガチャはいずれその不正を暴かれて、ゲーム自体がサービス停止になる事も珍しくないのだから」

「……忠告、痛み入ります」

「違うわ。警鐘を鳴らしているのよ。……まだまだ子供ね」

 それだけ言うと琴美さんは、目の前にあるチーズブロックの包装紙を丁寧に剥ぎ取り、ぽいっと口に放り込んだ。僕はこのチーズが苦手だ。変な味がする。でも、女性には人気があるらしいので、丸の内のOLがしこたま買い込んでいるのだろう。知らないけど。

「それはさて置き、優梨ちゃん。このパーティーには一つ、大きなミスがある事に気がついてるかしら?」

「ミス、ですか?」

 改めて店内を見渡す。

 月ノ宮さんと照史さんは、仲睦まじく微笑みながら、兄妹の親睦を深めている。

 天野さん達は佐竹達と合流して、ちょっとした騒ぎになっているけれど、さして問題があるとは言い難い。

 店内の装飾然り、BGM然り、料理だって空になっていないので、〈大きなミス〉と言われるような欠陥は無いが──

「降参です」

 ちょっと演技っぽく、アメリカ人がよくやるあのポーズをしながら白旗を上げると、琴美さんはしたり顔で、

「サンタクロースがいないじゃない」

 言われてみれば確かに、ツリーの装飾品には紛れ混んでいるけれど、人物的なサンタはいない。だが、サンタクロースを呼ぶとなると、それ相応に失費がかさむのではないだろうか……なんて思いながら琴美さんを視ると、したり顔がにやけ顔に変わっていた。

 ──嫌な予感がする。

「どうせ用意してないと思って、お姉さんがここに来る前に購入しておいたわ! さあ、優梨ちゃん、アナタの本領発揮よ! 誰の為でもなく、アナタの為に! サンタクロースになりなさい!」

「僕にサードインパクトを起こせと ︎」

「あら、よく元ネタがわかったわね? ──これは〝ミス〟に気づけなかった優梨ちゃんの贖罪だから、甘んじて受け入れなさい」

 ああ、きっと上司の無茶振りってこういう事なんだろうな。世の中のサラリーマンは、こういうパワハラを日々受けながら、血の汗を流して働いているんだ。それなら僕は、一生ニートのままでいい! ……だめか。

 琴美さんはバッグの中に手を突っ込むと、がさごそと何かを探して、携帯端末を徐に取り出すと、何やら文字を打ち始めた。そして、文字が打ち終わるや否や、画面を僕の方へ向ける。

『倉庫に女装道具一式と、衣装を準備してあるから。健闘を祈る』

 メモアプリに記されたその文字の下には、更に──

『いい性夜にしましょう♪』

 と、付け加えられていた。

 聖夜を性夜にしてたまるか! だが、口頭で説明する事を憚った琴美さんの眼は本気だ。この人、割とガチで普通に性夜を決行する気だな ︎ ──それはもっと夜が更けてから、恋人とお願いしたい。

 毎度毎度、琴美さんから無茶な注文をされるが、断るリスクと甘んじて引き受けたリスクを天秤にかけると、断るよりも引き受けるリスクの方が低い。もし断ればどんな仕打ちが待ち受けているかわからないので、琴美さんと遭遇したのが運の尽きと諦める他に無いだろう。そもそも見世物にされるならば、サンタというよりもピエロに近い気もしなくもないが、そこを考えたら疑心暗鬼になりそうなので、鬱々とした思考回路を強引に切断した。
 
「いってらっしゃーい」

 そう言って手を振る琴美さんは、頬を桃色に染めて、完全に出来上がっている。この状況だと、明日にはすっかり忘れて、二日酔いに苦しむ姿を想像するに容易い。そうなっては僕の気が収まらないので捨て台詞のように、

「──忘れられない夜にしますよ」

 とだけ告げて、衣装が用意してある倉庫へと向かった。


 

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