【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百四十九時限目 春原凛花は想い馳せる
これから会う相手は、中学時代に天野さんと仲がよかった──と自称していて、関根さんと同等に、あだ名をつけるセンスが皆無の人物。
名前は春原凛花。
ギャルっぽいメイクに、ギャルっぽい制服の着こなし。そして、ギャルっぽい髪色に、ギャルっぽい香水と化粧をしているギャルっぽい女子高生。そんなギャルっぽい女子高生は『天野さんの友達』と言い張るが、僕には小首を傾げる程度の疑問が浮かんだ。
天野さんの中学時代は知らないけど、一緒に過ごしてきた高校生活の中で、天野さんがどういう相手を好むのかは、多少なりとも理解している。その中でも『関根泉』という人物は〈奇行種〉なので、僕の基準からは除外。
天野さんの周囲に集まる女子は、『ギャルとは程遠い存在』だけれど、流行に敏感な女子生徒達だ。
『愛読雑誌はセブンティーンとかノンノです! 最近はオルチャンメイクに興味があります!』
──って言いそうな雰囲気を醸し出している。
佐竹グループに所属している『小悪魔アゲハ系エッグ女子』よりかは地味だが、地味過ぎず、身嗜みをきちんと整えていて、三度の飯より恋愛話に眼がない……という印象を受ける女子生徒だ。
そこから想像を膨らませると、春原凛花という女子高生は、自らの意思で〈ギャル〉になったわけではなく、周りに同調する過程で〈ギャルになる事を選んだ女子〉と言えるだろう。
他人と同調する、それは決して悪い事じゃない。よく言えば『協調性がある』とか、『空気が読める』とも言える。然し、その生き方はさぞ辛いだろう。本来の自分を晒す事叶わず、偽りの自分を演じていなければならないのだから。
『そうまでして他人と合わせる必要があるのか?』
傍目から視れば、それを不敏に思う人も多いだろう。
僕はそんな生き方なんて真っ平御免だけど、女子社会において〈他者との共感と共有〉、そして〈同調〉は、自分を守るためにも絶対的に必要なスキルだと言っても過言ではない。それに加えて、日本人は他人と違う事を〈悪〉とする習慣があり、『右を向け』と言われたら右を向いて、『左を向け』と言われれば左を向くのが美徳であると教えられている。その公然の秘密のような黙約に背けば、それ相応の罰が下る。然り而して『出る杭は打たれる』を、全国民が当然の如く〈善〉として成し遂げるのが我が国、日本の伝統文化の正体だ。子供社会に〈いじめ〉が存在するのも、これが由来だと推測できる──とどのつまり、〈同調と共感〉というのは〈処世術〉や〈護身術〉の類で、春原さんは中学から一変した環境で生きる為に『ギャルに擬態した』と言うべきだろう。
駅へと向かうバスの中央左側の座席で、ぼんやりと窓の外を眺めながら、まるでダーウィンの進化論を読み解くかのように、春原さんの考察をしていた。
春原さんは、天野さんの自宅の場所を知っている──と、昨日の下り電車の中で訊いたので、その時に住所さえ教えてくれれば、『春原さんと待ち合わせしてら天野さんの家へ向かう』なんて七面倒臭い事をせずに済んだけれど、春原さんは「恋莉に変なことするかもしれないし!」と、僕の提案は即座に断られて、やぶれかぶれに代案した『一緒に行く』という妥協案が採用された結果、僕はこそこそと動く羽目になっていた。
僕と春原さんは深い仲ではないし、信用されていないからと思えば、僕の折衷案的な妥協案に賛同したのも頷ける……が、問題はその後、天野さんの自宅へ着いてからだ。
上手く立ち回らないと、事態を更に悪化しかねないけど、僕のトークスキルは会話する事に長けてない。どちらかと言えば、討論や議論向きだ。
最悪の場合、彼を論破して泣かせてしまうという懸念もあるけど、そうなった場合は天野さん、そして、同行者の春原さんからもバッシングされるだろう。かと言って、ここに佐竹を連れてきても、「マジで普通に全然ガチで」とか、語彙力が乏し過ぎるコメントをするのが眼に浮かぶ──こういう時の佐竹って、あまり頼りにならないからなぁ。
暖房がきついバスの中で、益体も無い事だけが往々に頭の中を過ぎるのは、未知への遭遇に似た緊張のせい? いや、この漠然とした不安は、その先にある結末を核とした重苦しさだろう。
バスが駅前ロータリーの停留所に停まった──。
* * *
「遅い!  寒空の下でこんなか弱い少女を待たせるなんて!」
出会い頭に張り手を喰らわされたような気分だ。然し、僕は一応時間通りに到着したつもりなんだけど──凄い剣幕だなぁ。
春原さんはご自慢の髪をポニーテールに纏めて、白いマフラーを首に巻き、裏起毛になってそうな手袋という重装備だが、下半身は制服の膝上スカート。『オシャレは気合いだ』という迷言のような名言があるけれど、視ているこっちが寒くなる。
「──ってのは冗談で、心の準備はオーケー?」
怒髪天を衝くような形相から一変、けろっとした笑顔を浮かべた。
その問いに首肯だけで返すと、春原さんはハの字を寄せながら不服そうに、寒さで薄っすら赤く染まった両頬を膨らませ、「ルガシー、リアクション薄くない?」そう言いながら、僕の左肩を右の人差し指で小突く。
確かに僕のテンションはいつも以上に低い。そのせいもあって口数が滅っているんだろうけど、これからの事を考れば和気藹々する気分になれない。
これ程の緊張感は、高校入試以来だ。
同級生の女子の家に行く、というだけでもハードルが高いのに、面識も一切無い相手と対話しなければならないのが、僕の緊張を助長させている。例えその相手が年下だとしても、微妙な立場にある彼をどう説得するか……僕に下級生の扱いがちゃんとできるのかも不安だし、懸念材料は多い。
「もしかして、緊張してるの?」
「当たり前だよ。……家を訪ねる事も伝えてないんだから」
「へぇ……、小生意気なヤツだと思ってたけど、案外、可愛い所もあるんだ」
「うるさいなぁ」
このままだと頭を撫で撫でされそうなので、春原さんから一歩分くらいの距離を取る。
「こんな所で立ち話してる時間が惜しいんだけど。……早く向かおうよ」
「それもそうね、あまり遅くに訪ねるのも迷惑だし」
いや、もう充分過ぎるくらい迷惑な時間帯になっているし、このまま訪ねたら『夕飯食べていかない?』と誘われて、カレーを食べるルートまっしぐらだ……なんで夕飯をご馳走になる時ってカレー率が高いんだろうか。
駅前ロータリーはすっかりクリスマスモードで、あちらこちらの店の前には電飾が飾られている。赤、緑、青、白、規則正しく点々と輝くLED。そして、街灯と同じ高さにある小さな三角形の旗には『Happy Merry Xmas』の文字と、ギザギザの葉っぱと黄色い鐘の絵が添えられていた。
「綺麗だねぇ」
「うん」
春原さんは感嘆の息を洩らしながら、飾られている装飾品の数々に眼を奪われているようだったが、僕にはいつもと違う町の風景を楽しむ余裕は無い。
「ルガシーは好きな人いるの? ……あ、もしかして恋莉の事が好きだったりする?」
「……はい?」
「そうかぁ……、ルガシーは恋莉が好きなのねぇ」
「──春原さんはどうなの?」
その問いには答えず、春原さんにそのまま投げ返した。
「そりゃいるに決まってるじゃん! ……ん? この流れってもしかして告は──」
「そんなはずないだろ……」
「だよね。因みに、私の好きな人は同じ高校の同じクラスにいるから、ルガシーじゃないよー」
告白したつもりはこれっぽっちも無いのに、フラれた僕のやるせない気持ちはどこに向ければいいんだろう? 教えて、おじいさん。教えて、アルムの森の木よ。ヨーレローレロヒホヤラヒフリヨー。
「待ってるんだけどね。……なかなか上手くはいかないもんだよ。あーあ、この際、私から告白してみようかなぁ、……シバケンに」
犬に恋心を抱いてるの? ──なんて冗談を言えるような心境ではなかった。
そのあだ名には、訊き覚えがある……そうか、どうりで校章に見覚えがあったんだ。
然し、意中の相手が柴犬とは、春原さんも男を視る眼が無いと言わざるを得ない。
ソイツ、中学で同じクラスで、性格が悪くて嫌なヤツだよ──なんて、瞳を輝かせながら想いを馳せている春原さんに、言えるはずもなかった。
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