【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百四十七時限目 雨地流星の洞察力は千里眼クラスだ
〈とある少年のぼやき〉
このままだと、クリスマスパーティーなんて無理じゃね? 普通に、マジで。
恋莉が欠席のまんまでも出来なくはない──けど、あの二人が納得しねぇよな。
どいつもこいつも、器用なんだか不器用なんだかわからねぇなぁ。
こういうの、なんて言ったっけ? 確か、器用貧乏……だったか? つか、恋莉も、楓も、優志も、もっと素直になりゃいいのになぁ。変に片意地張るから、手を出すにも出せない状況になってるんじゃねぇの? ガチで。
プライドが高いってのは、言い訳だと思うんだよ。
自分はプライドが高いから素直になれない──自覚してんなら直す努力をすればいいだろ? どうしてそれを甘んじて受け入れてるんだ? ……ガチめにわからん。
それに、俺らはまだ大人じゃない。
カラオケも、映画も、動物園も、バイキングも、全部大人料金で支払うけど、法律で言えばまだ子供だ。世間的にも高校生は子供なんだし、必死になって守る程のプライドなんか持ってねぇだろ……。それこそ、優志が偶に言う『プライドが高い自分かっけー』じゃねぇの? 寝不足自慢とか、そういう類の虚勢というか、それらに近いものを感じるのは俺だけか?
一丁前に中途半端な自尊心を肥大化させて、できない理由を論うよりも、逆に、一パーセントの可能性を信じて前を向く方が全然楽しくねぇか? って思うんだが、そう簡単に前を向けるとも限らないのが人間の性ってやつなのかもな。
……てか、この問題わかんねぇ。
宿題とかマジで面倒臭いもん、この世から無くなればいいのに……姉貴に訊くか? いや、そうしたら絶対に見返りを求められる。
何が『取り引きは平等の上で成立する』だよ、労力と資金を支払うのが、〈答えに対しての対価〉だってんなら俺の赤字じゃね? 普通に考えて。
きっと姉貴は『自分の力で解かなきゃいけない問題を、他人の力を使って解くんだから当然でしょ?』って言うんだろうな……正論過ぎてぐうの音も出ねぇよ、でもうぜぇ。
だけど、俺は思うんだよ。
誰かの手を借りるのは、本当に悪いことなのか? ──って。
平等とか、対価とか、そんなのが発生してる時点で、そこに『対等』は無いんじゃないだろうか? だってそうだろ? 通販でもそうだけど、利益が発生する仕組みになってるんだから、その時点でもう『大特価』も無いんだわ……世知辛い世の中だ。もっと言えば『多数決』を教える時点で、どちらかが損するのを強要した教育もおかしいよな。だからといってそれが全て悪だとは言わないが──ああ、面倒臭ぇ。
それでも、わからないままにしたら前に進めない。
白紙のまま、宿題のプリントを提出するわけにもいかない。
仕方無いって割り切って、赤字覚悟で訊くしかないよな。
……俺の方が大特価じゃねぇか。
すっかり冷えてしまった珈琲は、アイスコーヒーにもならない。
そんな〈アイスコーヒーもどき〉を自室の勉強卓の端に放置して、椅子に座りながら軽くストレッチをすれば、悴んで強張った背筋や関節に滞っていた血液も動き出して、指先まで血が巡りはじめた。ついでに眠気もどこかへいった気がする。
クリアになったとまでは言えないけれど、そこそこに、脳は動いてくれそうだ。
然し、心頭滅却しても火は熱いし、寒さも感じる。
『それはまだお主の心の中に邪念があるからじゃ!』
……誰だアンタ、ここに序盤でリタイアする強キャラの爺さんはいない。
僕はこれからも、明鏡止水の領域には届かないだろう。
悟りも無く、達観も無く、岡目八目はあれど賢者にはならないし、慢心もしない。
いつでも邪念があって、雑念が邪魔して、それでも、足掻くように思考を巡らせるのだ。
「はぁ……、ふぅ」
静謐さを感じられる程、部屋の中は静かだ。
時計の秒針が刻む音も、エアコンが温かい風を吐き出す音も、遠くを走る車の音も感じないくらいには集中力も回復している。つまりこれはゾーン状態。きっと僕の片方の眼から、一閃の稲妻が走っているに違いない──そんなはずはないか。僕は奇跡の世代じゃないもんなぁ。けれど、ミスディレクションだけは常時発動している、悪い意味で。……集中力どこにいった?
気合いを入れ直すように両頬をパシパシ叩く。
ヒント、……それは月ノ宮さんが教室で僕に告げていた。
あの時は勝負の話を優先して訊き流してしまっていたけど、月ノ宮さんは確かに言っていたんだ……あのヒントは、僕の覚悟を確かめる為だったんじゃないだろうか? もしそうだとそれば、これは挑戦状という意味も含まれているのではなかろうか? 僕の本心、気持ち、それを月ノ宮さんは知ろうとしているんだろう──なら、中途半端ではいけない。
そんな事をすれば僕の信条が破綻する。
天野さんの事をどう思うか、……嫌いではないし、どちらかと言えば好きだと言える。
けどそれは〈LIKE〉であり〈LOVE〉ではない。
……まだ。
いつかは〈愛情〉に昇華するかもしれないし、このままだって可能性も充分あり得るけど、そんな答えで納得してくれないだろう──月ノ宮さんも、天野さんも。
どうして僕は天野さんにクリスマスパーティーに来て欲しいのか、天野さんの事をどう想っているのか、僕はどうしたいのか。
……求める答えはそこにあって、そこにはない気もする。
いずれにせよ、僕は会わなければならないだろう。
今回の懸念材料となっているキーマンに。
朝まだきの空に、太陽が昇る──。
* * *
一睡もせずに学校に行くのはいつぶりだろう。寝ていないせいか、身体が重く感じる。それに何だかお腹の調子も悪い……徹夜明けはいつもこうだ、善玉菌が不足しているのか──働く細胞をちゃんと観ていればよかったかと後悔。こんどレンタルしよう、中古になってからね!
電車とバスに揺られて、船を漕ぎながらも何とか意識だけは保ちながら、ようやく着いた教室の自分の席。ひんやりとした机、硬い椅子、教室独特な匂い、いつも通りだが、いつも通りとは言えない状態……眠いのはいつも通りじゃないか? それじゃあ、ホームルームまでおやすみなさ──
「登校して席に着いたら即寝とは、お前、学校に何しに来てるんだ」
この声の主は、おそらく流星だろう──お前がそれを言うのか ︎ 状態だけど、ツッコミを入れる気力も無い。
「こんな早くに登校とは、随分と丸くなったね、あまっち」
「そのあだ名で呼ぶな殺すぞ」
もう慣れ親しむくらいには訊き飽きたフレーズを、流星は臆面も無く繰り返す。
僕は机に突っ伏した状態で、隣に腰かけた流星に顔だけ向けると、流星は椅子半分に座り、背凭れに深く腰かけて、後頭部に両手を組んでいた。眼線は僕に向かず、深緑色の黒板の一点に集中している。
雨地流星、本名、雨地流星──自分の性別に疑問を抱いて、男性として生きる事を選び、現在は〈男性〉で通している元・女子。その事実を知っているのは、僕と、おそらくは佐竹姉弟。月ノ宮さんも、天野さんも、流星の性別に疑問を抱いているようには視えないし、そこに疑問視するような素振りも無いので、僕も流星の事を口にしていない。
「なんでこんな早く登校したの? まろやかヤンキーいちご味なのに」
「まろやかじゃないし、ヤンキーでもない。オレを紙パック飲料みたいに言うな。……まあ、理由は色々あるが」
そこで一度話を区切って、流星は横眼に、視線を僕と合わせた。一呼吸置いて、
「──気になったんだ、天野のこと」
「……」
珍しい──とは言わないけど、流星って天野さんが苦手なんじゃなかったっけ?
それとも『可愛さ余って憎さ百倍』だったんだろうか?
「なんだその眼は、潰すぞ」
「相変わらず物騒な恥ずかしがりだこと」
「お前な──」
「……ううん、ごめん。友達を心配するのは当然だよね」
「……ああ」
こう視えて、流星は面倒見がいい。
本来は優しくて、人一倍気遣いができる。
でも、それを隠そうとしているのは、自分らしい自分になる為だろう。
流星の中にある〈男〉って、どういう男なんだろうか? スティーブン・セガール? シルヴェスター・スタローン? アーノルド・シュワルツェネッガー? 多分、エディ・マーフィーではないよね。その観点から察するに、ジョニー・デップでもなさそうだ……どの観点から察したんだ?
「──流星はどうしたいの?」
「それは誰から、誰に対しての質問だ」
「……手厳しいなぁ」
こういう所が琴美さんにそっくりで、ちょっと嫌になる──琴美さんの弟って流星だっけ?
妙に察しがいい……というか、千里眼とかその類を持ってるんじゃないの? って疑問に思うくらいの洞察力と、確たる証拠を持っていると言いたげな鋭い眼。この眼を視る度に、毎回、人心地無さを感じて、同時に、蛇に睨まれた蛙のような心境になるのだ。
「……どうしたいか。そうだな、クリスマスなんて無くなればいいと思う」
「大胆不敵だね。キリスト教に立ち向かうの?」
宗教戦争なんて、それこそ本末転倒じゃないだろうか?
「そうじゃない。聖夜が性夜になるのを堂々と告知しているみたいで嫌なだけだ」
「ああ……、ようするに〝爆ぜろリアル〟ってやつね」
「なんだそれ」
伝らなかった冗談程、痛いものはない。
「……なんでもないよ。それで?」
「世の中、勘違いしているヤツが多いんだ──特別な日だから恋人と過ごすんじゃないだろ、大切な人と過ごすから特別な日になるんだ」
「流星が珍しく、乙女みたいなポエムを語っている ︎」
「茶化すな、捻り潰すぞ」
暴力的発言のレパートリー、半端じゃないって。
然し、流星の言い分には一理も二理もある。
──そうか、今回の落とし所はここか。
「その顔、やっぱムカつくな。……何かよからぬ事でも思いついたんだろ」
「まあね。でも、まだ足りない」
「またお前の相談に乗ったみたいになったな……、これは借りにしておくぞ」
「分割でもいい?」
「利子だけの返済にならないようにな」
ガラッと椅子を引いて、流星は立ち上がった。
そう言えば、流星はどうしてこんな早くに登校したんだろう?
「流星」
名前を呼んだだけなのに、
「ノーコメントだ」
──やっぱり、千里眼を持ってるんじゃないだろうか。
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