【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百四十四時限目 関根泉は昼行灯を演じているのだろうか



 前回までの『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』は──




 出会う全ての他人ひとを、好きになる……なんて事はできない。

 ラブアンドピースの精神は死んで、ウッドストックは無くなった。欺瞞ぎまんに満ちている世の中では、慈愛じあいの精神なんて求める方がどうかしている。行き着く先は、すべからく経てバッドエンド。正義という名の大義名分たいぎめいぶんを掲げて振り下ろす狂気に、救いなどあるはずがないだろう。

『こういう出会いをしなければ、もしかしたら僕らは、友達になれたかもしれない』

 哀感を帯びた声で、微苦笑にも似た表情を浮かべながら、突きつけた拳銃の引き金を下ろすように、僕は彼女にこう告げた。

「ふざけてるなら怒るよ?」

 ここはダンデライオンの一席であり、轟音が巻き起こる戦場でもなければ、雨降る夜の路地裏でもない。BARに似た雰囲気はあれど探偵はいないし、アメリカの学園ドラマみたいに、町の権力者の息子が牛耳る大学サークルの面々が幅を利かせているわけでもない。

 初見では地図アプリで場所を検索しながらじゃないと来れなそうな、雑居ビルに挟まれている個人経営の喫茶店だ。

 その席で相対する奇天烈きてれつな女の子、関根泉。

 おそらく僕は、彼女の事が嫌いで、天野さんの件が無ければ絶対に近づかないだろう人物だが、関根さんが天野さんについて、重要な手掛かりになり得る情報を訊き出せるはずだと信じて、今の今まで我慢をしてきたのだが──









 そんな盛大に勘違いされそうなあらすじが頭の中で構成されるくらい、僕は静かに落胆している。それもこれも、二進にっち三進さっちもどうにもこうにも、訊ねた情報がチーズケーキセット同等の価値もない代物だったからである。

「えー!? だって普通は驚くでしょう!? ワトソン君が〝同性好き〟だって訊いたら!」

 そんな情報は古過ぎるんだよと、僕は関根さんに辟易しながら大きく息を吐いた。

 関根さんが提示した情報をどれくらい古いかと喩えると、フラッシュアニメ全盛期の日本で、ノマノマイェイな曲が流行っていた時代を彷彿とさせるくらいの古さだ。『あの頃はよかった』と、懐古厨が唸るレベル。余談だけど、エイベックスが全盛期だった頃でもある……余談にも程があるな。

「因みに訊くけど、それを訊いて関根さんはどう思ったの?」

「どうって……、どう思ったんだろ? あの日は色々とあったからなぁ……でも、自分に正直になる事って、かなり難しい事じゃない? ワトソン君はその事実を受け入れるまでに、何度も葛藤してきたと思うし、正直、ちょっと羨ましいとも思った──かな?」

「羨ましい?」

 何を伝えようとしたのかわからず、僕は、関根さんが躊躇いつつも口走った言葉を鸚鵡おうむ返しすると、関根さんは平然と頷いた。

「女の子にとって、恋愛は特別なことなんだよ。心が不安定になって、漠然とした恐怖に駆られたり、かと思えばふわふわと足元が軽くなったり……そういうのが波みたいに寄せては返す──つまりは、だね? マカロンみたいな甘さもあれば、唐辛子みたいにスパイシーだったりするのが女の子の恋愛で、男子が抱く恋愛とは似て非なるモノなんだよ」

 関根さんが真剣な表情で語った恋愛論は、ポエムのように恥ずかしいモノだったけれど、そう語る関根さんに、さっきまでの不真面目さは、一切合切いっさいがっさい感じられなかった。

 ──僕は、どうだろうか。

 女子の恋愛観を、僕は持っていただろうか?

 僕の心の中には二つの性別があるけれど、関根さんが言う所にまで至っていない……そう断言できてしまう自分が少し悔しい。つまり僕の本質は男性で、それを関根さんから突きつけられた気がした。

 頭の中であれこれ考えて、試行錯誤の結果生み出された〈優梨〉という自分。それを全否定されたような感覚に囚われた。

 これこそ、無情なる弾丸と呼べる。

 あらすじで引き金を引いたのは僕ではなく、不誠実で不真面目だと思っていた彼女だったらしい──見事、僕の眉間を撃ち抜いた。

「ツルツルは好きな人っている?」

「えっと……」

 この流れでこの質問が来るはずない。

 ……はずがない。

 一瞬の動揺を、関根さんは見逃さなかった。

「〝いない〟って断言しないって事は、気になってる相手がいるって事ですな? ふむふむなるほど……ツルリンはもしかして奥手の草食系男子?」

「どうだろうね」

 どちらかと言えば空気系男子かな? なんて伝えた所で、関根さんからするればちんぷんかんぷんだし、『自分はこうである』と明確に断言できない以上、答えようもなかった。だからやんわりと質問を回避したつもりだったけど、つもりは『つもり』でしかない。

 とどのつまり、僕の答えは愚答だった──。

「ツルリンはまるで、総理大臣みたいだね」

 こんな皮肉が関根さんの口から飛び出してくるとは思わなかったけど、言い得て妙だと会得すらしてしまえるくらい、腑に落ちる皮肉だ。明確な答えが欲しい時は言明を避けているその様は、国会での答弁で矢面に立つ総理大臣に重なる。だから決して、『総理大臣みたいだ』という言葉は、褒め言葉ではない。

 ただの変態だと思っていたのに、飛んだ食わせ者だ。

 いつもの珍妙な関根さんが嘘偽りの姿だとしたら、昼行灯ひるあんどんを演じていただけに過ぎないのだろうか?

 僕は目の前にいるロリっ子女子高生に、恐怖すら感じている。

 その恐怖は、琴美さんと対峙している時と似ていて、『自分を見透かされているんじゃないか』という底知れぬ恐怖が、僕の背筋を粟立たせるのだ。

『シャーロック・ホームズを自称するのは伊達ではない』

 ──という事だろうか。

 だけどやっぱり、こんなちんちくりんなホームズはないよなぁ……。

「そう言う関根さんこそ、現在、好きな人っているの?」

「……もしかしてそれ、口説いてたりする?」

「しない」

 僕が矢継ぎ早に否定したら、関根さんは「ですよねぇ」と苦笑い。演技がかった仕草に僕が苛々しているのを感じたのか、すっと表情を戻した。

「今はいない、……かな」

 今はいない、を強調して言う辺り、今後の可能性を示唆しているのだろうけど、その反対の意味に訊こえてしまうのはネガティブ思考だから? けれど、達観するように窓の外へ眼を移した関根さんの表情に一抹の憂いを視た僕は、頭の中に浮かんだ答えは正解だと気づいた。しかし、その答えを口に出すようなモラルの無い人間じゃない。

「はぁ……、つるんるなら解決してくれるかもって思ったんだけどなぁ」

 つるんるって……ぶるんるぶるんるぶるんるですか、はるちるがるとるぶるんですか。この流れだと僕の名前は、〈つるんがんるゆうんるしるん〉になるんだけど。

 これは僕がまだ小学校低学年だった頃に、母さんから教わった言葉遊びの一種で、童謡の『ぶんぶんぶん』の歌詞に『る』を追加する遊びらしい。昭和の遊びって何だか昭和って感じだよなぁ。そりゃそうだよね、昭和だもん。けど、僕はどうも納得出来ない事がある。『ぶるんるぶるんる』なら、最後は『はるちるがるとるぶるん〝る〟』になるはずなんだ。どうして『ぶるん』で終わらせるのだろうか? 躍動感を大切にしているのだろうか? と考えたけど、ぶんぶんぶんに躍動感って必要無いし、この謎はついに解ける事はなかった──因みに今は『ンゴ』が流行りらしい。昭和も平成も平たく変わらないから、今の年号は『平成』なのかもしれないな。けれど、その平成も間もなく終わりを告げるンゴ。

 そんなどうでもいい事を、『つるんる』から派生させてしまった。

「勝手に期待したのはそっちでしょ」

「うん。……でも、ツルリンはこのままでいいとは思ってないんだよね? だから、面倒だと思いながらも、私の話を訊いたんだもん」

「バレてた?」 

 僕の問いに、関根さんは静かに首肯する。

「変人とか、アホの子とか、幼女とかロリっ子とか、ちんちくりんとか……全部、気づいてるんだよね。でも、知らない振りをしてないと空気がおかしくなるし、……何で私はツルリンにこんな事話してるの?」

「知らないよ」

 話しながら我に返った関根さんは、「ツルリンってもしかすると訊き上手!?」と戯ける。でも、その戯けた仕草は空回りしているように思えた。

「恋ちゃんが待ってるのって、きっと、梅高祭でうちのクラスを手伝ってくれた子だよね。名前が同じだったもん」

「そんな人、いたっけ? 僕はクラスの人の顔と名前を覚えてないし、そんな短期間だけにしかいなかった人なんて覚えてないよ」

「……ま、ツルリンはサボってたもんねぇ」

 ──という事になっているらしい。

 でも、僕の存在を認知しているのは、僕の周りにいる人達だけだから、それで構わないと思ってたけど、視ている人は視ているものだ。これだから、悪い事は出来ないな。

「話はこれでおしまい! 何か余計な事まで話した気もするけど、……結局、鶴賀優志は私に何を訊きたかったんだっけ?」

「いや、もういいよ」

 いろんな意味で、お腹いっぱいだ。

「えー。夜はこれからですぜ、旦那?」

「子供は早く帰りなさい」

「子供じゃないし! ……まだ子供だけど!」

 やっと解放されると安堵したのも束の間。関根さんはまだ話し足りないらしく、「じゃあ」と言葉を紡いだ。

「最後にこれだけ言わせてもらうよ? ツルリンがもし、自分よりも大切だと思う存在を見つけられたら、その人をたっくさん〝好き!〟ってしてあげてね。男子って寡黙だけど、言葉で伝えなきゃわからない事ってあるんだよ。愛情って、そういうことだから……頼むぜ、旦那!」

 ドヤ顔をしながら関根さんはそう締めくくって、「マスター! おあいそ!」と、カウンター横にあるレジへ向かっていった。

「それ、間違った知識だし、そもそもここは寿司屋じゃないんだよなぁ……」

 だけども、そんな素敵な捨て台詞を吐けるロリっ子ホームズを、少しだけ、ほんのちょっとだけ、『かっこいいじゃないか』と思ってしまった。









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 by 瀬野 或

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