【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一百四十二時限目 鶴賀優志は変人マイスターである
「はい。お待ちどうさま」
照史さんは優しく微笑みながら、丹精込めて淹れたカフェラテを僕の前のテーブルに置くと、かちゃりとカップの受け皿が物音を立てた。
「ありがとうございます」
照史さんの背中を見送って、淹れたてのカフェラテに口をつける。寒い日のカフェラテは身に染みるなぁ……。
僕は別にブラックコーヒー愛好家という訳じゃない。
自宅で作るミルクと砂糖たっぷりのカフェオレも好きだし、コンビニで買える一〇〇円の珈琲は、値段以上に美味しいと思ってる。でも、やたら甘ったるい珈琲を提供するチェーン店の珈琲だけはあまり好きじゃないので、もしその店に行ったとしてもブラックしか飲めない。
とどのつまり、ブラックならどの店でもそこそこに飲めるので基本はブラック、気が向いたらカフェラテ、自宅では苦いお湯か、自分好みの甘さに調整したカフェオレと言った具合。
僕が不思議に思うのは、冬になるとまろやかな舌触りのカフェラテが異様に飲みたくなる事だ。
『ほっとする時、コーヒータイム』
なんてキャッチコピーのせいかもしれないが、そう思うと、テレビの影響力には凄まじいものを感じる……でも、今はプラシーボ効果について考えている余裕は無い。考えるべき案件は、天野さんのプライベートについてだ。
──プライベートとプラシーボって似てる!
まあ、うん……面白くはないな。
月ノ宮さんにああは言ったものの、帰する所は変わらずであり、寧ろ過剰に煩雑しただけに思える。他人の内情を探るような行為は褒められたものではないが、これは本格的に天野さんについて調査しなければならない……かもしれない──でも、本音を言えばこの難題を早急に解決出来るのならば、月ノ宮さんに軍杯が上がっても文句は無い。
この件を通じて二人の仲がより親密になるなら、それは月ノ宮さんが切望していた関係に発展する可能性も充分有り得るけれど、本当にそれでいいのだろうか? 僕はダンデライオンのいつもの席で、唸るような声を発しながら往々と自問自答しているが、答えはなかなか上手く纏まってくれないでいる。
ヒントはもらった。
それを消化不良のようにしているのは、明確な『妥協策』が見当たらないからだ。
──程度のいい落とし所が見つけられない。
これまでは満場一致で『解決』とはいかなくても、過半数が『それでもいいか』と妥協できるラインを模索して実行してきたけど、今回の場合は『天野さんがクリスマスパーティーに参加する』が決定条件と定められた。
即ち、いつも通りに事を運ぶにも、すごろくの盤面を進むように、最初から定められたゴール地点を目指さなければならなくない。
「……なるほど、月ノ宮さんらしいやり口だ」
僕と月ノ宮さんは、そもそも対極の考え方である。
僕は日常的に妥協案を探すが、月ノ宮さんは潔癖な程ではないにしろ『妥協無い解決』を望む。
今回に限っては懸想を抱いている相手の悩み解決だけあって、熱の入れようもこれまでとは違う。だから『勝負』と口に出さずとも、それと似た状況を作り出す事によって僕の妥協案探しを封じたのだ──真っ向勝負する為に。
相手にとって不足無し! なんて言える相手ではないな。
不足が無さ過ぎて手も足も出ない。
おまけに、僕と月ノ宮さんのスタート地点も違う。
月ノ宮さんは一〇マスくらい進んだ位置からのスタートで、マリカーで例えるとロケットスタートを切ってから、最初のアイテムブロックでキラーを引き当てた状態である。ぐいーんと引き離された僕はアイテムに恵まれる事なく、このまま行けば敗北は決定的だ。だから言っただろ、マリカーは理不尽なくらいアイテムゲーだって。
マリカーはどうでもいいけど、この状況はさすがにまずい。
埋められない圧倒的な差を埋めるには、何か……奇を衒うようなアイデアが必要だ。
「奇を、衒う……?」
──そうだ、一人いるじゃないか。
存在自体が奇を衒うような人物が、いつも天野さんの直ぐ近くにいたじゃないか!
我がクラスにいる変人筆頭、関根泉。
どうしてか知らないけれど、天野さんを『ジョン・H・ワトソン』と呼称する関根さんなら、僕の知り得ない天野さんの情報を知っているかもしれない。
……どうして天野さんがワトソンなんだろう。
そう質問した所で『考えるな、感じろ!』と返答されるだろうから、今の今までツッコミを入れなかったけど、どうせならその理由についても明確にしておきたい……ような、割とどうでもいいような気もしないけど、万が一、そう呼ぶに値するような出来事があって、それが今回の件と何らかの関わりがあったら……無いだろうなぁ。
制服のズボンのポケットに突っ込んでいた携帯端末を取り出して、連絡帳を開く。
「せきね……せきね……、あった」
ダンデライオンに集まった日に半ば強引に教えられた番号を、こんなに早く役立たせる日が来るなんて思わなかったが、なんだこのメアド? Sherlock・Holmesが正しいスペルだけど、関根さんのメアドはsyarock–homesになっている。
この時点で関根さんが、『エキセントリックなガールだ』と想像に容易いけど、彼女が奇矯なのは身を以て立証済みだから、今更こんな事で臆する事はな──
「たのもーう!」
道場破りか!? いや、ここは喫茶店だから喫茶店破りだ! そんな時代錯誤の挨拶は、お洒落でアンティークなこの店とかけ離れ過ぎていて、水と油くらいの違和感を抱くが、この頑是無さ過ぎて空気すら読もうとしない声の主は、絶対に僕の知り合いであり、今し方連絡を取ろうとしていた人物であり、シャロック・ホームズ、その人である……と言うかさ? 奇を衒い過ぎると逆に清々しいよね。もうこの際、喫茶店に来たら『恃もう』を挨拶にしようか。
──僕、疲れてるのかな。
「うわ! どうして私の秘密基地にツルトンタンがいるんだい!?」
「僕は麺匠の心つくしじゃないんだけど」
「ごめん。なんの話?」
殴りたい、この衝動──冬。
そんなスキー場のキャッチコピーのような文字列が頭に浮かんでも、温厚な性格の僕は全然苛立ったりしない……本当に全然ガチで普通にね。
だからさ? そのツインテールを左右にぐいってやっていいっかな?
そして君が『ぐえぇ』と鳴いてくれたら、きっと僕は満足すると思うだ。
──ああくそ、本当にイラってしたぞ。
「どうしたの、ツルリン?」
「どうにもこうにも、呼び方を統一できないかな……?」
「えーっとぉ、じゃあぁ……苗字なんだっけ? あ! 思い出した! 伊賀だ!」
関根さんの魂胆なんてわかる。
どうせ僕がツッコミを入れるのを期待してるんだろう。
悪いけど、そうは問屋が卸さない。
僕は至って冷静を保ちながら、「鶴賀です」と返した。
「それだ!」
僕を右手の人差し指で差しながら、まるで世紀の大発見をしたようなオーバーアクションでそう答えた関根さんは、ご自慢のツインテールを上下に揺らして何度も頷いている。
「もういいから座りなよ、つるぺったん」
「おわ!? セクシーハラスメントだよ!?」
「誠意には誠意で返すけど、不誠実には不誠実で返すのが僕の信条だからね」
それを言うなら『セクシャルハラスメントだよ』、とは訂正しない。
「鶴賀優志君って、以外と器が小さいんだね」
「いきなりガチトーンになるのはやめてくれないですか?」
「じょう、だん、デス!」
誰かこの人を何とかしてくれませんか?
訊きたい事が山ほどあるのに、これでは一向に話が進まない。
僕は関根さんが向かいの席に座って、メニュー表をにやにやしながら視ている隙に、どうすれば関根さんとコミュニケーションが取れか脳内シュミレーションしてみた。だが、直ぐにシュミレーターは動作不良を起こして、再起動をかけてもうんともすんとも言わない。しまいには『GEME OVER』の文字まで出てくる始末。
もしこれが恋愛シュミレーションゲームで、攻略対象に関根さんがいたら、チートを使わない限り攻略は不可能だろう。だって、『私のこと、好き?』という質問に対して〈はい〉を選んでも『そんなことよりおうどん食べたい』って返答するような女の子だぞ? じゃあ〈いいえ〉を選べばいいのかと言えば、それはそれでバッドエンドのガメオベラだ。
──もう、僕には打つ手が無い。
さすがは我がクラスの変人筆頭、関根泉。
月ノ宮さんとは正反対の変人だが、関根泉は変人の中でも突然変異体、略して変態だろう。
天野さんって毎日この変態と会話してるんだよな……尊敬するよ。
「がっくん! 決めたよ! 私、何を注文すると思う!?」
「……ホットココア、大盛りでしょ」
「なんでそこまでわかったの!?」
然りとて、僕には実績があるんだ。
僕が知り合った仲でも最強の変態と、これまで何度となくぶつかってきた──佐竹琴美、その人に比べたらどうって事もないじゃないか。
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