【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
■【七章 We can make a world of different,】■
学園祭、──それは彼にとって憎むべき行事のひとつであり、持久走大会の次に嫌いで、修学旅行よりはマシだと言える程度の、参加は控えたい……いや、畢竟するに、参加したくはないが避けても通れない強制イベント、のひとつである。
飾り付けられた『梅高祭』の門戸を潜れば、浮き足立つ生徒のにへら顔が鼻につき、「いらっしゃいませー!」と大声で呼び込む、学年もクラスもわからない女子生徒を睨みながら、ようやく辿り着いた我がクラスはというと……。
どうしてこうなったのかその経緯すらよくわからない『お好み焼き喫茶』の文字が、廊下に面した壁に堂々と、真紅の薔薇を咲かせながら掲げられている。
「……」
彼は思わず絶句した。──何だ、この異様な臭いは、と。
ソースと紅生姜の香りの中に、異質な匂いが混じっている。これは絶対に混ざってはならないものであり、一緒に嗜むべき物ではない……等々思いつつも、恐る恐る教室の中を覗き込んでみれば、いつも張られている薄緑色のカーテンは剥がされていて、その代わりに、重厚な紅のカーテンが東西南北張り巡らされている。机四つで一組のテーブルにも、同色のテーブルクロスが敷かれているので、正直に言って落ち着ける空間ではない。
そのテーブルの中央には造花の薔薇が一輪、大袈裟な装飾が施されている花瓶に添えられているのだが、八つのテーブルに添えられている薔薇の色が違うのは、席番号の代わりだろうか? 何にせよ、彼の趣味からかけ離れている事だけは間違いない。
『なんちゃら喫茶』
なんて銘打っているので、当然、男子は燕尾服に身を包み、女子はメイ……
「メイド……、なのか?」
──メイドだろう事は間違いない。
メイドと言っても西洋式の『おかえりなさいませ! 御主人様♪』のメイドではなく、ハイカラさんが通りそうな明治時代を彷彿させる和風のメイド。その衣装に身を包み、せっせかとお好み焼きを焼いている光景は、まさに摩訶不思議である。だが、誰一人として、この異様な空間に気づいていないらしい。
……いや、ひとりだけは気づいているようだ。えっちらおっちらと忙しなく働くクラス連中を他所に、教室の隅で引き攣り笑いを浮かべながら、似合いもしない燕尾服の袖をだらりと垂らしている。
あんな奴、このクラスにいただろうか?
彼は小首を傾げながら記憶を辿るも、『あんな奴』が机に座っている姿が浮かばない。
あれは一体誰だ? ……まあ、誰でもいいか。
自分には関係無い事だと立ち去ろうとしたが、彼を背後から呼び止めた者がいた。
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