【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
■【三章 Unhappy umbrella,】■
照史さんから譲り受けたハロルド・アンダーソンの『OLD MAN』も、ついにラストのページに差し掛かった。
OLDMANと呼ばれたマフィアの中年男性は常に後ろ向きで、それでいて前向きに生きていた。然し、麻薬カルテルの抗争で無慈悲な銃弾を胸に受けて倒れ、抗争が過激化する最中、相棒の腕に抱かれながらその生涯に幕を下ろす。
マフィアや、麻薬カルテルと関わった時点で彼の人生は終わっていたとも言えるし、だからこそ、自分の死を常に感じていたに違いない。であれば、だ。相棒に抱かれて息絶えた彼は、孤独な死をま逃れたわけであり、救いのある終わり方だったとも言えるけれど、結局、彼は物語の最後に死んでしまったってオチで、徹頭徹尾、後ろ向きで前向きだった彼の人生は随分と皮肉な話だと思う。
『彼の人生が幸福だったのかは、私にはわからない。だが、永遠の眠りにつく直前に語った言葉こそ、彼なりの答えだったのだろう。そう思えてならない』
最後に残した彼の言葉は、本編には記載されていない。でも、ここまで読み進めてきた読者ならば、〈時代遅れの男〉と呼ばれた彼がなんと言い残してこの世を去ったのかを、朧げには想像できる。
この作品は冒険活劇のような派手さはなく、かといってコテコテなハードボイルド作品でもなければ、文学と呼ぶには哲学的過ぎて荒削りなゴッドファーザーを見ている感覚に近い。でも、そこはかとなく人情的で感情移入し易い作品だった。
一冊読み終えたあとに訪れる心地のいい虚脱感と、分厚い紙の束を読破した達成感を堪能しながら、どうしてハロルド・アンダーソンの作品に惹かれるんだろうと思いつつ本を閉じた。
決して読み易い本とは言い難いし、ハロルド本は『好きか嫌いか』の極論でしか判断されないような作品ばかりだけれど、いい意味で未完成のような書き方をするアンダーソン作品は、僕の性に合ってるのかも知れないと、感慨に浸るような感想を抱いた。
しかしいっかなこれまたどうして、ハロルドの作品を読み漁っているんだろう? と疑問が浮かんだ。
もっと読み易い本は五万とあるじゃないか。贔屓にしている作家先生の新作だって何冊か発売されているにも関わらず、僕は洋書の和訳作品に拘っている。『洋書を読む自分かっけー』が無いとも言い切れないのが傷だけど、それを差し引いても疑問は晴れない。
選ぶか……! 普通……!
高校生が……! 時代遅れの小説を……!
ざわざわしそうな倒置法を用いてみてもクズっぽくなるだけで、未来は僕らの手の中にありそうもない感が否めない。
類友論で語るならば、僕も未完成だからこそアンダーソン氏の物語に興味が沸くのだろう。未完成的な作品の中に、答えを見出そうとしてるとも言える。
『空気のままでいいのか?』
『僕の存在価値は?』
と、アイデンティティクライシスみたいな自問自答を繰り返している僕は、存在的な意識下に『本の中に答えがある』って模索していたりするんだろうか。
片隅に置いてある全身鏡をちらりと目の端に入れると、一瞬ではあったが〈優梨〉の姿に扮した自分が映った気がした。
「え……?」
寝惚けているのかと、服の袖でゴシゴシと目を擦ってもう一度確認すると、そこにはだらしない部屋着を着た冴えない男が、間抜け面で僕を見つめていた。
鏡の中に一瞬写った優梨については、寝ながらでも考えればいいだろう。五分もせずにどうでもよくなって、思考を放棄して眠るに違いない。
「そろそろ寝るか」
そう呟いて、壁掛け時計を確認したら、長針と短針が天を差していた。
ベッドに潜り込み、枕元に置いてある照明のリモコンでオフにすると、フェードアウトするように明かりが徐々に消えていく。瞼を閉じれば、こちこちと秒針が刻む音と、遠方にある高速道路を走る車の走行音が時折この部屋まで届いてきた。
僕の住んでいる町は、暴走族がラッパを鳴らして走るくらいの田舎だが、今日みたいに適度な騒音があると、殊更に静寂が強調される。
それにしても疲れた……、本当に疲れた。
時間の無駄だとわかっていながら、似たり寄ったりな自問自答を止めることができないのは、変わりたいと思っている証拠なのかな……? いや、それはない。変われないという事実がたしかに存在して、それを受け止めるために自問自答を繰り返しているんだろう。
枕元には琴美さんが強引に持たせた黒い化粧ポーチが置いてあり、タンスの奥にはウィッグや、女性用の服だってある。
『変わろうと望めば、いつだって私に変われるんだよ』
頭の奥のほうで響いた声は、眠りにつくまで離れてくれなかった。
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