【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一百二十一時限目 彼も彼女も互いを知らず、泣かぬ蛍が身を焦がす


 田舎町の駅はいつも長閑のどかで、都会の喧騒とは縁の無い風景が広がる。特に平日の昼間となれば尚更で、駅前にあるハンバーガーチェーン店も、牛丼店も、ガラス越しに店内を覗くとガラガラで、このままだと無くなってしまうんじゃないか? と心配してしまうけど、大学が近くにあるので、夕方になれば小腹を空かせた大学生達がウェイウェイ言いながら立ち寄るだろう。私が心配しなくても経済は回るのだから、心配をするのおかしな話ではある。けれど、駅前にあるこの二店舗だけは潰れて欲しくないと祈るような気持ちで願った。

 この駅の特徴は駅前ロータリーを見下ろす時計だ。時計と言っても北海道札幌にある時計台のような有名所ではないけど、それをモチーフにしているような門構えではある。しかしこの時計、数分遅れてるんだよね。外付けされている時計の時刻が合ってない率は異常。何なら止まってたりするんだけど、これは田舎あるあるだろうなぁ。

「牛丼、コンビニ、ハンバーガーにカラオケか。田舎の駅でも頑張ってるよな」

 佐竹君はバス停を過ぎて、居酒屋の手前まで足を運んだ後にグルっとロータリーを見渡して、まるで都会に住む偉そうな偏屈議員のような感想を述べた。

「バカにしてるみたいだけど、反対側の東口からはショッピングモール行きのバスも出てるんだよ? ショッピングモールだよ? ショッピングモール!」

「今のご時世、ショッピングモールなんて珍しいもんでもないだろ?」

「うぐ、……確かに」

 埼玉県には『イオンショッピングモール』や『コストコ』もある。だけど知っているだろうか、イオンショッピングモールに行ける埼玉県民は案外少ないという事を。天下のイオングループは〈それなりの集客を見込める土地〉に展開する為、私の住む片田舎にイオンショッピングモールもなければ、そもそも『イオン』が無い。イオングループ系列のドラッグストアなら多数あるんだけどね! ……お薬は重要でしょ?

「というか! 佐竹君だって埼玉県民でしょ? 埼玉県民のくせに埼玉を侮辱する気なの? 愛読書は翔んで埼玉なの?」

「ああ、あの漫画なぁ。ああいう地方を題材にしてディスるような漫画は好きじゃねぇや。ゾンビランドサガの方が救いようがある。──つか最近、地方と俺を馬鹿にし過ぎだろ」

「佐竹君をバカにしたことなんて一度も無いよ? 全部本心だから」

「余計に酷いだろそれ!?」

 冗談だよと、私は佐竹君の脇腹を人差し指でつついた。

 以前ならこういう行動にも違和感を覚えて吐きそうになっていたけど、私はもう〈私の中にあるもうひとつの性〉を受け入れたから、臆面も屈託も無く『楽しい』を表現出来る。でも、それが出来るのはこの格好の時だけ。優志でこれを表現したら気持ち悪くなりそう。だって優志わたしはそういうキャラじゃないし、〈優志〉が私の基盤になっているから、よっぽど気心の知れた仲じゃない限り、優梨わたしの姿でも喜怒哀楽を表現するのは難しい。

 ──やっぱり、先の事を考えなくちゃ。

 このままずっと、彼や彼女達と過ごせるわけじゃない。三年間を過ぎれば、その後はバラバラとなって、優梨じぶんを表に出す機会も無くなるだろう。不意に差し込んだ影は『まだ終わらせないぞ』と、私の心を黒く濁らせようとしている。

 もう、あの永遠にも似た煩悶を繰り返したくないな……。

「おい、どうした? 顔色が悪いぞ」

 急に訪れた不安に押し潰されそうになって、黙り俯いた私を心配するように、佐竹君が私に声をかけてくれた。──私に構う余裕なんて本当は無いだろうに。

「無理して女らしくしなくてもいいんだぞ? お前がそれ・・をする度に、苦しそうな顔するのは知ってる。だから」

「だ、大丈夫だよ! そんな事よりも早く駅に入らないと! 電車に乗り遅れちゃ」

 ──ポンっと、私の頭に佐竹君のごつごつした男らしい手が乗っかった。

「……ゆっくりでいい。だから、苦しくなったら言え──友達だろ」

「……うん。ありがと」

「よし。それじゃ行こうぜ?」

 佐竹義信は残念なイケメンだ。それは、彼の語彙力の無さがそうさせている。教室で黙って物憂げに窓の外を見つめながら座っていれば、派手な外見とは裏腹に、クールな雰囲気を醸し出す。

 ──だけど、彼はそうしない。

 教室にいるグループに片っ端から声をかけて、下手くそで粗末な会話を繰り広げながら笑いを誘う。多分、最初はうざがられただろう。面倒臭いヤツだと陰口も叩かれただろう。それでも、彼はそれこそ死に物狂いでクラスを纏め上げた。執念のようなその根性は、私も感服せざるを得ない。だから彼は例え残念なイケメンであっても、一目置かれる存在となったんだろう。でも、私はいつも疑問を浮かべていた。

 ──そこまでする理由はなんだろう。

 身を粉にしてまでクラスを纏めるその理由に敬意すら感じるけど、余りにも極端過ぎる気がする。

 相手は他人であり、合う、合わないは必ず存在するのだ。

 一度でも『合わない』と感じれば離れていくし、同じクラスであっても挨拶はしない、……それが普通だ。八方美人を演じていれば全員から好かれるってわけでも無いのに、佐竹君は入学初日からそのスタンスを変えない。──どうして? 今、こんな疑問を浮かべたのは、さっき佐竹君が『友達だろ』と言った後、踵を返すようにそっぽを向く刹那、私と同じような煩悶している表情を垣間見てしまったからだ。

 彼は優しいし、ここぞと言う時は空気を読んで行動に移す。

 もしかしたら、それを苦痛に感じているのかもしれない。

 ──優し過ぎる彼なら、あり得る話だ。

 改札へ向かう階段を上ぼる彼の背中を視ながら、もっと彼の事を知りたいと思った──。




 階段を上ると、目の前に券売機がある。

 券売機の横に改札があり、更に横には売店があるけれど、日中、特に利用客がいないこの時間帯にはシャッターが閉じてた。その売店の横には小さな黒板のような物がある。携帯電話が普及する前は、この黒板を使って簡単なやり取りをしていたらしい。今ではもう使われる事も無いだろうけれど、ずっと駅を視てきたこの黒板を撤去せずに残しているのは、きっと駅員さんや、この黒板を利用していた客の想いが込められているから残しているに違いない。

「なにぼさっと突っ立ってんだ、後五分で電車が到着するぞ」

「あ、ごめん」

 改札にSuicaをかざすと、ピッ、ガチャンと音を立てて、進行を妨げていた両サイドの羽が開く。

「二番線でいいんだよな?」

 私の前を行っていた佐竹君は、電光掲示板を視ながら私に訊ねた。

「うん。女性のアナウンスが一番線、男性のアナウンスが二番線って覚えておくといいよ」

「なるほどな。そういう覚え方はした事ねぇや。覚えとくわ、ガチで」

 ホームに下りる階段は二つあるけれど、そのどちらも同じホームに繋がっている。佐竹君は近くにある階段を選んだ。なので、進行方向を前に、右手が一番線、左手が二番線となる。ホームに下りて佐竹君は「ここでいいか」と適当な所で足を止めた。私は佐竹君の隣に倣うと、佐竹君がちらりと私を視る。

「なに?」

 私がそう訊ねると、佐竹君は右手の人差し指で頬をなぞりながら照れ臭そうに、

「……そういう格好も、有りだな」

 なんて、目の前にある宣伝看板を視ながら呟いた。

「いいと思う、ぞ」

「あ、ありがと」

「おう」

 今日は全国的に気温が下がると天気予報で観たんだけど、そんな事は無いみたいだ。だって、私の頬が赤くなるくらい暑いんだから、やっぱり天気予報なんて当てにならない──。




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