【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
一〇〇時限目 梅高祭 ⑤
梅高祭初日は一波乱あったものの、売り上げも順調に伸びて万々歳といった具合に終わった。しかし、初日でこの人数だ、明日はどうなる事だろうか。あまり考えたくはないけど、月ノ宮さんの事だし、何か策を講じているに違いない。
ある程度の後片付けを終えると、月ノ宮さんは皆を集める。一応、学園祭というのも『学びの一環』であり、『授業』というカテゴリに当てはまる。なので、形式的でもホームルームはするのだ。
「本日はお疲れ様でした。明日もよろしくお願いします」
お好み焼き喫茶と化した教室の中央で、皆に囲まれるようにして挨拶を終えた月ノ宮さんは、疎らに鳴り響く拍手の中、艶めく黒髪がふわっと垂れ下がるくらい深々と頭を下げた。
僕はケンタッキーの店頭に置いてあるカーネル・サンダースの銅像みたいな姿勢で、『一本締め』をする気満々に待機していたんだけど、ふむ、どうやら一本締めはやらないようだ。じゃあ、どうして僕はカーネルしてるんだろう? もれなくインスタ映えしそう。してたまるか。
何事も無かった、いいね? と、周りをキョロキョロと窺ってみたが、やはりクラスで僕は空気扱い。対角線上にいた佐竹だけは僕の一部始終を視ていたようで、月ノ宮さんのスピーチが終わると近づいて来た。
「お前、何してるんだ?」
「何って……。カーネル・サンダースの気持ちになってみたかっただけだよ」
佐竹はカーネル・サンダースが誰なのかピンと来なかったらしく、暫くの間小首を捻っていた。
もしかしたら『〈かみなりのいし〉で進化するサンダース』を想像しているのでは? 佐竹なら充分有り得る。だから僕は「ケンタッキーだよ」と助け船を出してやった。
「なるほど……。で、どんな気持ちかわかったのか?」
「わかるわけないでしょ。馬鹿なの?」
「隙あらばディスるの止めろ!?」
佐竹の場合は隙が有り過ぎるのが問題なんだよなぁ。──などと思うのは今日限りではないが、教室で僕に声をかけてくれる奇特なひとは数少ない。
恐らくは三人。佐竹と、天野さんと、月ノ宮さん……、以上。残りは会話と言っていいものじゃないだろう。
僕と佐竹がやいのやいの話していると、背後から右肩を叩かれた。
「おい。いつまで待たせるんだ」
振り返ってみると、そこにはマイルドヤンキーが仏頂面で立っていた。──嗚呼、そう言えばメテ男に僕の事情を詳しく話す約束をしていたんだっけ。……いや、忘れてないよ?
「ん? 珍しい組み合わせじゃね? 優志とアマっちって」
「義信。そのあだ名は止めろ」
そうだぞ。彼には〈メテ男〉っていう素晴らしいあだ名があるんだ。今度から〈アマっち〉ではなく〈メテ男〉と呼ぶように! ……こっちの方が怒られそうだな。
「つか、優志に何か用事か?」
「ああ。こいつのよくわからない生態について、詳しく訊く約束をしている」
「優志、どういう事だ?」
「ああ、えぇと……」
視線をあちらこちらへ飛ばすと、まだ教室には数人が残っている。あまり訊かれたくない話だから、ここでは話せそうもない。
「それについてもここでは話せないから、佐竹も一緒に来れば?」
「どこに? ……って、ダンデライオンか」
「そこ以外の選択肢、ある?」
「いや、今回はパスだ。先約がある」
「そっか。じゃ、またね」
佐竹に別れを告げると、佐竹は踵を返すようにして、別の友人達の元へと駆け寄って行く。その姿に一抹の寂しさを感じない訳ではない。
佐竹の友人は、このクラスに沢山いて、僕はその中のひとりでしかないと、その背中で語られたような気がした。
* * *
ダンデライオンに到着するまでの間、流星と何を語るでもなく、ただ無言で歩いていた。
どうやら、佐竹達のように、暇さえあれば口を動かすような性格ではないらしい。
寡黙とまでは言わないけど、沈黙を悪としないというか、必要な時だけ話せばいい。──そう思っているような気がした。
ダンデライオンの扉を開くと、聴き馴染んだドアベルの音が店内に響く。店内のBGMはクラシックらしい。このピアノの旋律はショパンだろうか? クラシックなんて図書館くらいでしか聴かないから自信はない。
「エチュード一〇の三、ホ長調。ショパンの別れの曲、か」
「この曲、そういう名前なんだ。詳しいね」
「ショパンの代表的な曲のひとつだろ。そんな事より、この店が行きつけの店か? ……随分とマニアックな店だな」
マニアックなのだろうか? マニアックではない気がするけど、まあ、メジャーでもないか。バスの中で『喫茶店に行く』とは伝えていたけど、まさか、本格的な喫茶店に連れて行かれるとは思ってなかったのだろう。
スタバとか、ドトールとか、そういう近代的なカフェを想像したに違いない。
「いらっしゃい、優志君。……おや?」
照史さんは珍しい物を視るように眼を丸くさせる。
「同じクラスの……えっと、流星の苗字って、なんだっけ?」
「お前なぁ……」
ぎろりと睨まれてしまった。だって、ずっとメテ男の名前で覚えてたんだし、もう僕の中で『流星』というよりも『メテ男』の方がしっくりくるんだよ。──なんて言ったら殴られそうだ。
「雨地です」
「ボクは月ノ宮照史。妹がいつもお世話になっています」
「妹……? 月ノ宮って、……あの月ノ宮の?」
「そうだよ。照史さんは月ノ宮さんのお兄さんだからね」
照史さんとの挨拶も程々にして、僕はいつもの席へ座り、流星は僕の前に座るとメニューに眼を通し始めた。そして、「ロイヤルミルクティーと、本日のマフィンのティーセットでお願いします」と、慣れた様子で注文をする。
「かしこまりました。……優志君はどうする?」
「僕はホットのブレンドのみで」
「はい。少々お待ちを」
さてさて、どこからどう説明すればいいのだろうか?
そして、どこからどこまでを話すべきだろうか。
僕が困ったような顔をしているのを察したのか、グイッと身を乗り出して、
「単刀直入に訊くぞ」
と、本題に入った。
「お前はあれか、女装士とかいうヤツなのか」
「どうだろう。そうと言えばそうだし、違うと言えば違うかなぁ……」
どっちつかずな返答なだけに、流星は眉を顰める。
「煮え切らないな。どっちなんだよ」
「ちょっと色々あって……。僕が女装する事になったのは、成り行きと言うか……」
僕は佐竹達の事情を省いて、これまでの成り行きを説明した。その間、流星はナッツとメープルシロップのいい香りがするマフィンを頬張っては、「これはなかなか……」と舌鼓を打ちながら、ロイヤルミルクティーでそれを流し込んで「やっぱり、お好み焼きと珈琲は合わないな」と呟いている。──えっと、僕の話は訊いてるのだろうか?
「……という訳で、今も女装したりさせられたりって感じかな」
「つまり、お前自体は女装したいと思ってないのか?」
「どうなんだろう。実は、僕もよくわからないんだよね」
「じゃあ、恋愛対象が男って訳でもないのか?」
「えっと……」
これまでこういった質問されなかったし、自分でもしないようにしてきただけに耳が痛い質問ばかりで頭が痛くなる。だけど、いずれは通らなければならない疑問の数々だから、こうして浮き彫りにして貰えるのは、ある意味有り難いのかもしれない。そう考えると、流星は『普通の感性』を持ったマイルドヤンキーなのだろう。
でも、答えられるか答えられないかは別だ。僕の中で『女装とは何か』が定着していない以上、流星の質問に答えられる自信はない。
「お前、何の為にオレをここに呼び出したんだ? この店を紹介する為か?」
「そうじゃないけど、僕がどうして女装する事になったのかは理解出来たでしょ」
「いや、全然理解できんなぁ」
えぇ……。
これまでの説明は何だったんだよ。
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