【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四十七時限目 佐竹義信はその名を出したことを激しく後悔する[前]


 ──殿方同士の恋愛について、どう思いますか。

 俺が答えた内容と質問が、をきたしているような気がする。さっきのは、単なる『隙あらば自分語り』だ。楓がじいっと俺の言葉を待っている。「それで全てですか」、目が語っていた。だけど、楓が欲しがりそうな答えを用意できそうにない。

 どうすっかな、と視線を上げた先にある時計が目に留まった。

 テレビの頭上の壁に掛けてある時計の針が、こちこちと音を刻んでいる。あの時計、文字の代わりに星座のシンボルが描かれていた。一時から、おうし座、ふたご座と続き、おひつじ座が一十二時の場所にある。いまは、短針がみずがめ座を指し、長針はさそり座といて座の中心にあった。秒針の先には線で描いたような星が付いていた。星が星座を巡る時計なんて、どこで見つけてきたんだか。

 この部屋に残された唯一の乙女要素に気を取られている俺を見て、楓は自慢げに「珍しいでしょう」と口を開いた。

「あの時計は、私が中学に入学した際に、執事の高津さんがプレゼントして下さった物です」

「へえ」

 プレゼントのセンスが、俺とはだ。おそらく、若い頃は大層モテただろう。少々キザっぽい気がしなくもないが、割と普通に有りだ。

「いいひとだな」

「ええ、とても」

 大分脱線したところで、もう一度、楓の質問と向き合うことにした。

 男同士の恋愛。つまりそれは、男同士が恋仲になるってことだが、俺には前例がないので想像つかない。漫画や映像媒体、どうにも二次元に気が向くのは姉貴の影響だ。逆に、女性同士の恋愛は想像に容易い。この差はなんだ? 嫌悪感の有無が、こうも思考を左右するのは不思議だ。とはいっても、俺がアイツのことを好きになった事実は変わらない。

 どうしてアイツを好きになった?

 アイツが男から女に変わっていく様を目の当たりにして、偉く興奮したのを覚えている。そういう趣向があった? 変態の血は争えないってやつだろうか。そうなると、親父とお袋もそれなりに変わった趣味があったのかも知れない。うげえ、これ以上はやめておこう。

 優梨になったアイツは、本物の女子と見紛うほどに可愛い。もし、クラスに優志じゃなくて優梨がいたら、後先考えず速攻で告ってた。二人でデートする姿を枕元で妄想しては、ニヤニヤしていたはずだ。まあ、それはいまも大して変わらないが。……控えめに言って気持ち悪いな、俺。

 優梨を好きになるって意味は、同性の恋愛を受け入れるって意味にも繋がってくる。

「受け入れるしか、ないんだろうな」

 口にした言葉が抽象的過ぎて、楓がぽかんとしていた。

「つまり、佐竹さんの答えは〝殿方同士の恋愛を許容できる〟そう受け取ってよろしいでしょうか?」

「全部が全部じゃねえよ。俺が受け入れるのは、アイツだけだ」

 だが、本当に受け入れられるだろうか。優梨ではないアイツを「好きだ」と胸を張って言えるのか自信はないけれど、優梨だけに想いを寄せるのは優志に失礼だとも思う。

 優志と優梨は表裏一体だから、どちらだけがいいなんて虫のいい話だ。

「決意は固まりましたか?」

「決意? ……そうか、お前の質問の意図はになったんだな。一杯食わされた気分だぜ。ガチで」

「佐竹さんにしては、珍しい言葉を使うのですね」

「あ? まあな」

 俺だって、それ相応に勉強して梅高に受かったんだ。いつもは適当な言葉で誤魔化すけれど、使えないってわけじゃない。ただ、あれだ。内輪でいるときと、そうじゃないときを使い分けているだけ、と偉ぶってみせようとしたが、なにかに対して深く考えてなければ『一杯食わされる』なんて台詞が出てくるはずがない。要はきっかけってやつだ。なにかの拍子でなにかのスイッチが入るみたいな。……なにかってなんだよ。

 きっかけ、か。

 俺と優志が出会ったきっかけは、今更ながら最悪な出会い方だったと思う。自分の嘘を肯定する材料として選んだのが、優志だった。なよなよした体型、女みたいな顔、変声期をすっ飛ばしてしまったような声。地毛さえ長ければ女で通る容姿は、俺の嘘を誠にするに足り得る。そう判断して声を掛けたあの日の放課後は、教室の窓に斜陽が差し込んで茜色に染まっていた。

 嘘を誠にするに足り得るとはいったが、本当にそうなるかは半信半疑だった。姉貴の技術があったとしても、男が女に生まれ変わるなんて、天と地がひっくり返るようなものだ。でも、天と地はひっくり返った。アイツは姉貴の巧みな技術によって、女になったのだ。性格も、言動も、全てが別物で、俺の理想そのものだったのだ。そりゃあ一目惚れするだろって。

 その後はもう思考のループで、『だって』『だけど』をぐるぐる繰り返しているだけ。焦る必要はないと思いつつも、これだけは明明白白にしないと、いつまでも一歩を踏み出せないだろう。

「出した答えに、嘘偽りはありませんか?」

「正直に言うと、わからない。でも、気持ちだけはホンモノだ」

「その気持ちがなければ、この後の話はできませんので」

 この後の話とは、〈例の件〉と踏まえて差し支えないだろう。それと、いまさっきした俺の話がどう結びつくか疑問だった。俺をこの家に呼び出した理由は、人目を憚る話がしたいから。あと、俺の覚悟を確認しておきたかったってのも追加しておく。あまり関係はなさそうではあるけど、楓には重要な判断材料だったらしい。

「ひとつ、アドバイスを差し上げるとすれば、優志さんとどういう関係になりたいかを突き詰めて考えることです」

「おう。試してみるわ」

「佐竹さんに強く言える立場ではないのですが。……私もそうなので」

 発した声は、どこか弱々しかった。いつも自信満々だと思っていた楓も、自分の矜持が曖昧になるほど悩み、苦しんでいるのは、年頃の女子高生と大差ないんだってほっとした。

「だから」

 両膝に置いた拳を握り締めて、自分を鼓舞するように言葉を続けた。

「私たちは同じ境遇ですので、手を取り合う必要があると思います」

「そうだな」

 その言葉を噛み締めるように首肯すると、楓も俺に倣って頷き返した。

「それで、具体的にはどうすんだ?」

 どう話を進めていく気だ、という視線を楓に向けた。楓は腕を組み、片方の手を顎に乗せたポーズで思案顔を浮かべている。数秒だか、一分くらいだか、それくらいの時間を費やしてから、俯いていた顔をゆっくり持ち上げた。

「実を言うと、佐竹さんを呼び出しておいて難ですが、これと言った内容についてはさっぱりで。佐竹さんの意見を汲み取りながら議論を進めていこうと考えていたのです」

「とどのつまり、ノープランってことじゃねえか」 

「そうなりますね」

「マジかよ……」

 まあ、俺の問題でもあるわけで、楓から全ての答えを出して貰うってのも違う気がする。具体的、具体的……、口の中でその言葉を転がしながら、どう議論をすすめればいいかおもんみる。聡明な楓にもわからないことがあるだ、なんてのは一旦置いておこう。

 俺と楓は、言わば運命共同体みたいな関係だ。そういうと、ちょっと大袈裟な気もしなくもないが、そういう関係に近いものがある。今回呼ばれた理由も、俺たちの目的をどう進めていくか、だったしな。








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 by 瀬野 或

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