【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

四〇時限目 二つの心は相反する[前]


 ──もっと、鶴賀君のこと知りたいの。

 そう呼び出されて東梅ノ原駅前にあるファミレスに向かった。『優志の姿よりも優梨の姿で会ったほうがいい』と思って優梨の姿を選んだのに、レンちゃんの様子がおかしかった。望まれているのは優志ではなく、優梨だってことは明確なはずだったのに、レンちゃんのよそよそしい態度はどうしてだろう? と、食事を終えたあともそればかり考えていた。

 日曜日ということもあり、ファミレスは平時より集客していた。全席が埋まることはさすがにないけれど、徐々に空席も埋まってきている。店内をざっと見渡せば、家族連れよりもカップルの比率が高い。東梅ノ原周辺のデートスポットは少なく、手頃に食事をする場所も限られる。ファーストフードかファミレスか。ラーメン屋もあるけれど、よほどラーメンが好きなカップルでなければ候補にすら上がらないだろう。いいと思うけどなあ、ラーメン。新天地を開拓するのは楽しいと思う。……これは女子の感覚とは言えないかな。

「そろそろ出る?」

「え、どうして?」

「手持ち無沙汰な感じだったから?」

 私が辺りをきょろきょろ窺っていたから、レンちゃんに『退屈そうだ』と思われたらしい。退屈なんてことはない。でも、いざ二人きりになると、どんな会話をすればいいのか悩んでしまう。趣味の話をするにもレンちゃんが読書好きとは思えないし、今更になって『ご趣味はなんですか?』も失礼だ。なるほど。大人のコミュニケーションが『飲みニケーション』になる理由はこれに類するのかも知れない。

「そろそろいい時間かなって……」

 隣の席に置いていた白のハンドバッグから携帯端末を取り出した。光沢感のある紅色のカバーには、私の手元が反射して映る。レンちゃんの爪は綺麗に磨かれていた。薄く塗られた桃色のマニキュアにはラメが入っていて、指先が輝いているみたいだ。私もラメ入りのマニキュアは持っているけど、ここぞというときにしか使わない。『今日は〝ここぞ〟という場面じゃないのか?』ってツッコミが入りそうだ。まだまだ甘いな。ってね。

「まだ時間はある?」

 爪に見惚れていたから、レンちゃんの問いに「うん」と生返事をしてしまった。はっと我に返って言葉を付け加える。

「これといった用事もないし……、帰っても本を読むくらい?」

 趣味がインドア過ぎて泣けてくる。

 女子高生って、一人でいるときはどんなことをして暇を潰してるんだろう? ファッション雑誌を読んだり、漫画を読んだり……。それって〈読書〉とあまり変わらないのでは? 女子の生態は奥深い。私に姉か妹がいたら、こんな悩みを抱えることもなかっただろうに。まあ、いたらいたで『邪魔』と思いそうではある。一人で過ごすことが当たり前になってしまって、自分の家に他のだれかがいるのはいまいち想像できなかった。

「それじゃ、そこら辺をふらふら散歩しない?」




 入道雲が空を覆い始めていた。

 陽射しが弱くなった分、紫外線の心配も減ったのはいいけれど、今度は夕立ちの心配をしなければならなそうだ。先にコンビニへ寄ってビニール傘を購入しておくべき? それともレインコート? 雨が降る中、レインコートを着て散歩も風情があっていいかも知れない。

「予報では晴れだったのに」

 レンちゃんはファミレスの前で空を見上げながら、両手の平で雨が降っていないか確認している。アスファルトは濡れていない。雨の匂いはする。田舎に住むと雨には敏感になるもので、お天気キャスターの予報を頼りにするよりも、道すがらのおばあちゃんに訊ねたほうが当たったりするものだ。多分。知らないけど。ともあれ、散策するなら早めに行動したほうがよさそうだ。先程よりも視界に灰色が色濃く映る。梅雨の時期は、空気がどんより重く感じるから嫌いだ。

「季節が季節だし……」

 仕方がないよ、と口に出そうとして呑み込んだ。『仕方がない』という言葉が妙に引っかかった。切れないたんのように、喉奥にこびり付いて離れない。

 ほぼ全ての言い訳は『仕方がない』の一言に収束する。『才能がないから仕方がない』『実力がないから仕方がない』。そうやって『仕方がなかった』と諦めた振りをして、悟ったように傍観しているのは楽だ。でも、他人の心境を理解する努力もせず、自分を卑下して気持ちよくなっているようではどうしようもない。

 ……そんなことはわかってる。だけど、他人ができるから自分もできる、というのは違う。その理論が正しければ、オリンピックなどの競技大会は破綻するだろう。だって、もともと特別なオンリーワンなのだから。

 言い訳ばかり達者になっても、掌の中にはなにも残らないのだ。虚しさばかりが胸を衝いて、いつの間にかぽっかり穴が開く。その穴は憂鬱という名前に変わり、放置すれば埋めるのが困難になるほど拡張していく。真っ暗な穴の底からメーデーメーデーと叫んでも、救難信号を受信する相手がいなければ意味が無い。これが現代で蔓延している病気の正体だ。

 鬱々した気分に我を忘れていた。

 ふとレンちゃんの横顔を見た。曇り空の中、すっきりとした表情で微笑みすら浮かべている。陽射しが弱くなったからってこんな清々しい表情はしないだろう。嬉々とした声で「次はどこにいこうかしら」と私に問いかける。『どこにでもいけそうだ』とでも言いたげで、私の心は酷く揺さぶられた。どこにもいけないような状況なのに、どうしてそんなに楽しそうなの? そして、なぜ私の心はこんなにも晴れないのか。

 休日にだれかと外出するなんてイベントは、中学……いや、小学校まで遡るかも知れない。最近こそ佐竹くんたちに呼び出されることが多くなり、休日を寝て過ごす日も減った。でも、佐竹くんたちに呼び出されると、大抵はお悩み相談会に発展して、ああだこうだと討論会になる。それが嫌というわけじゃないけど……ちょっと、ね。

 そういう『お悩み相談』的な目的で、レンちゃんからお誘いを受けたわけじゃない。

 ああそうか。私と過ごす休日を楽しもうとしてくれているんだ。私ばかり感傷的になっていたら失礼にもほどがある。深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。湿気が多い空気だったけど、酸素が脳を巡れば問題無い。糖分だって充分に摂取したんだから、気分を切り替えるのも容易いはずだ。あともう一度だけ、レンちゃんに見つからないよう深呼吸をして優梨に戻ろう、と襟を正した。視界にあった灰色成分が少しばかり減った気がする。

「考え無しに飛び出さないほうがよかったかしら?」

「そういうのも大切なんだよ。ほら、勢いって大切だしさ?」

「それもそね。だけど、佐竹みたいに生きるのは御免だわ」

 二人してクスリと笑った。








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 by 瀬野 或

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