【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。
三十四時限目 ファミレス注文問題[前]
自宅から出た瞬間に嫌気がさした。
アスファルトから照り返す熱は、フライパンの上を歩いてるようだ。湿気を帯びた風が肌に纏わり付いて鬱陶しい。自宅から数メートルしか進んでないのに、近くにあるはずのバス停が果てしなく遠く感じた。
茹だるような暑さの中、じいっとバスを待つのは苦行と言ってもいい。熱湯の中に入れられた野菜って、まさにこんな感じなんだろうか。バッグのポケットに忍ばせたハンカチで、化粧を落とさないように軽く叩きながら汗を拭う。
まだ、バス停にはだれも並んでいなかった。ちょっと勇み足過ぎたかも知れない。時間ギリギリにくればよかったと後悔しながら周囲に目を配ると、犬の散歩をしているお爺さんや、並々ならぬ表情で携帯端末を握り締めた高齢のモンスタートレーナー集団が、道路を渡った先にある歩道を、我が物顔で闊歩している。
以前、私も同じアプリを遊んでたけど、田舎町だからストップの数も少ないし、出てくるモンスターもたかが知れていて、数日もせずに飽きてしまった。
大体、ジムに指定されているのが郵便局ってどうなの? 〈ジム〉と〈事務〉を掛け合わせた駄洒落? 考え方としては嫌いじゃないけど、そのせいで郵便局の前にあるスーパーの噴水広場は、高齢トレーナーたちの集会場になってしまって、そこを拠り所にしていた愛犬家たちは、別の場所を根城にしたらしい。近場に頃合いの公園があるから、多分、その公園に屯してるんだろう。
ご高齢のモンスタートレーナーたちは、今日も今日とて炎天下の中、白熱バトルを繰り広げるに違いない。合意と見てよろしいですね!? とレフェリー役を演じたいのは山々だけど、それはロボトルのほうだった。
「熱い……」
携帯端末の天気予報では、三十八度という数値を叩き出していた。『そりゃ辛えでしょう……』と、最終決戦前に自分の気持ちを吐露した王子に向けて、ともに戦っていた親友が言いそうな台詞が脳裏をちらついても、私がこれまで辿った道に、運命を左右するほどの艱難辛苦はなくて、むしろ、からっぽ過ぎる人生だったから感傷的な気分にもなれない。
私の横に五人並んだとき、待ちに待ったバスが到着。そのバスに乗り込んで、近場にあった席に座った。レンちゃんとの待ち合わせ場所まで、約一時間とちょっとの距離。暇潰しにと持ってきた本をバッグから取り出して、紐の栞を挟んだページを開いた。
* * *
メイクよし。髪型よし。服もよし。
駅の近くにあるコンビニの手洗い場で、指差し確認しながら最終チェックをする。
変、じゃないわよね……? と弱気になる自分を鼓舞する言葉は出てこない。それもこれも、斜め掛けバッグの紐が胸元を強調させている所為だった。恥ずかしいけど、こればかりはどうしようもない。
胸が大きくなり始めたのは、小六の三学期頃からだった。中学を卒業する時期にはグラビアアイドルよろしくな程に成長してしまい、下着と服探しが難しくなった。
──いいなあ、胸が大きくて。
──私も天野さんくらい欲しかったわあ。
──男子からもモテるでしょ?
そんな言葉を幾度となく言われた。
だからといって、胸の悩みを他人に打ち明けると嫌味に捉えられてしまうから、胸の相談は凛花にしかしたことがない。だけど、高校が別になり、その相談もできなくなった。寂しくないと言えば嘘になるけど、凛花には凛花の進むべき道があって、私には私だけの進路がある。
自分で言うのも難だけど、私が在籍しているクラスで私よりも胸が大きい女子はいない。三年間、この悩みをだれにも打ち明けられないと思うと鬱になりそう。
「私だって、好きで大きくしたわけじゃないわよ……」
ぼやきながらトイレのドアを開いて、ドリンク売り場へと向かった。
お手洗いを借りて、なにも購入せずに退店するのはプライドが許さない。そうして手に取ったのは、一番安い麦茶のペットボトル。私のプライドは一〇〇円程度で買えてしまうのだ。そんな安いプライドなら捨ててしまえ、と思う反面、安いプライドにも縋らなければ自分を保てないのかと自己嫌悪。その繰り返しでうんざり気味なのに、恋の悩みまで積み重なるのだから悩みは尽きないものね、と達観するか、神経を図太くしていなければ、現役女子高生なんてやってられない。
糖分が欲しい、ふと思った。
今日は真夏日だから、チョコレートなんて直ぐに溶けてしまうだろう。
「飴かなあ……」
麦茶のボトル部分を持ちながら、ふらふらっとお菓子コーナーに立ち寄り、目に止まったのはタブレット菓子だった。
あの日、佐竹もこんな思いでタブレット菓子を購入したのかしら? なんて考えながら、同じメーカーのミント味ではないほうを選び、レジへと向かって会計を済ませた。
駅のホームで電車を待ちながら、手持ち無沙汰に麦茶をバッグの中から取り出して、グイッと押し込むように飲み込む。
冷たい麦茶が喉を通り、胃を介して血液になるならば、もう少し冷却作用があってもいいんじゃないの? って憤慨したくなるくらいには、クーラーを、恋しく思う、夏の駅。
熱に当てられて詠んだ俳句は、とてもじゃないけど酷い出来栄えで、嘲笑されてしまうか、愛想笑いで『お上手ですね』って言われそう。
これから、鶴賀君との待ち合わせ場所へと向かうわけだけど、なにを話せばいいのかしら。ノープランのまま、勢い任せにここまできてしまったのはいただけない。
デートって思われてたり……?
「いやいや、友だちに会うだけだから」
発した言葉がチクリと心臓を刺した。
鶴賀君のことも好きになってみせる、と啖呵を切ったはずなのに、未だ決心はついてない。不甲斐ない。情けない。……どうしようもない。
鶴賀君とユウちゃんは同一人物なのだからって割り切れたら、どんなに楽だろうと思う。だけど、楽な道だけを選んでいたら、自身を嫌いになってしまいそうだ。
いいや、こんな自分は大嫌いだわ。
【感謝】
この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。
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当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪
【作品の投稿について】
当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。
これからも──
女装男子のインビジブルな恋愛事情。
を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ
by 瀬野 或
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