【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三十二時限目 雨が降っても地は固まらず[前]


 姉貴が優志を連れ去り、目まぐるしい展開についていけずにいた俺たちは、嵐が去ったあとのような静けさの訪れに、ようやく暴風から解放されたと実感して、ほっと安堵していた。

 俺の向かい側に座っている恋莉は、テーブルに肘をついて、ぼうっと窓の外を眺めている。俺もそれに倣うように外へと視線を移すと、外は茜色を濃くしていた。『よい子は帰りましょう』の防災行政無線が爆音で流れる頃だ。

 ガキの頃、「俺、よい子じゃねえから」って無線の声の主に言い訳して、陽が落ちるまで遊んでたのを思い出した。

 大体の子どもが似たような言い訳をすると思うが、ご本人を目の前にしているわけでもないのに言い訳するってのも、なんだか滑稽だよな。そんな言い訳をしていおいて、クリスマスにはサンタからのプレゼントを強請るなんて、矛盾してるにもほどがあるだろ……。

 夕暮れというのは、そんな懐かしい記憶を思い出させる。別に、童心を忘れたわけじゃない。俺はまだまだ子どもだ。ありとあらゆる場所で大人料金を支払っているが、法律的にも未成年ってカテゴライズされる。

 犯罪を犯しても少年法があるから、よほどの悪事を働かない限り罪は軽くなるが、近年、少年法が見直されるような事件も相次いでいた。

 俺とタメのヤツが人を殺したり、薬物に手を染めたり、電車に飛び込んだってニュースを何度見たことか。

 どうして一線を越える前に、だれも相談に乗ってやれなかったんだって思う。とはいえ、相談できる相手もいなかったんだ。

 だから、一線を越えた──。

 日本人は『おもてなし』の心はあっても、『おもいやり』の心が欠けているんじゃねえのかな。

 まあ、いま考えるべきことじゃないと頭を振る。

 恋莉の隣に座っている楓に視線を移すしたら、楓も俺を見ていたらしく、ばちりと目が合った。

 楓はまだ飲み終わってないのか、カップを口元に運んだ。でも、飲もうとはしない。カップを口元に運んだままの姿で、俺をじいっと見つめている。

「飲むなら飲めよ」

 そう言うと、楓はなにも言わずにカップを皿に戻した。

 結局、飲まねえのかよ……。

「佐竹さんの指示に従うのは、どうにも釈然としないので」

「さらっと俺をディスるのやめてくんない? マジで」

 俺の不満を無視して、楓は姉貴と優志が入っていった倉庫のドアを見やる。

「着替えている最中でしょうね」

 だれかに訊ねたというよりも、ただ口に出したらだけという印象を受けた。反応していいものかと悩んでると、いまさっきまで外を眺めていた恋莉が頬杖をついたまま俺を睨む。

「覗きは犯罪よ」

「覗かねえよ!」

 とは言ったものの、優志の体を見て、俺はどう思うんだろうか、どんな気持ちになるんだろうかと考えてみた。

 いくら女装した姿が可愛いからと言っても、服を脱いだら男だ。アソコにはアレも付いてるし、優志はヒョロガリだから胸部も膨らんでいない。肌は絹のように白く、体毛も薄いからすべすべだけど、アイツは俺と同じく男なのだ。

 男の裸体に興奮したら、いよいよ俺も末期だろうけれど、『そういう趣向になってしまった』って受け入れるしかない。受け入れ難い事実であったとしても、好きになってしまったら、受け入れる以外の選択肢は無いのだ。

「まあ、アンタには着替えを覗く度胸なんて無いわよね」

 それだと、恋莉にはあるみたいに訊こえるのだが……。

「恋莉はどうなんだよ」

「うーん。どうかしら……」

 目を閉じて、物思いに耽るように黙考する。数秒が経過したのちに、恋莉はゆっくりと瞼を持ち上げた。

「必要だと思ったらする。……かも」

 ──マジか。

 ──本当ですか!?

 俺よりも、隣にいるヤツがもの凄い形相で鼻息を荒げているが、恋莉は楓を無視して続ける。

「必要だと思ったらって言ったでしょ? そう思わない限りは、行動に移すつもりないわよ」

「覗きをしなければならない状況に陥るって、どんな状況なのでしょうか!」

「し、知らないわよ!」

 こういう話になると、楓の目の色が変わる。

 見た目こそ清純派というか、古風というか、お嬢様極めているにも関わらず、本当はド変態ってどの需要に焦点を合わせギャップだよ……。

 女子二人とシモの話をするこの状況も、奇抜過ぎて頭が痛くなってくる。

「それはともかく!」

 と、話題を変えたかったのか、恋莉が居住まいを正して口を開いた。

「これからどうするつもり?」

 改めて訊かれると、開いていた口を塞いでしまう。

 姉貴がこの店に訪れたのは、おそらく俺のせいだ。

 姉貴に相談を持ちかけなければ、姉貴がこのタイミングで店を訪れるなんてなかったわけで、事態を収拾するのは俺の役目だ。

 然し、姉貴が動いたってことは、それなりに理由があるはず。

 その理由を見つけない限り、滞在し続ける。

 とはいうものの、俺は姉貴に口で勝った試しがない。

 百の割合で姉貴が悪くても、口八丁手八丁の姉貴が相手では、どんなに姉貴が悪くたって五割くらい俺のせいになる。ガキの頃はよく泣かされたもんだ。そんな状態が続けば諦めることを覚えて、『勝てないなら争わなければいい』という結論に至るのも必然だ。

 そうしているうちに、俺は姉貴と口論するのを避けるようになった。

 たまに口喧嘩はするけれど、それだって姉貴を論破しようと策を練るわけでもなく、訊き流して受け流すくらいなもんだ。

 そんな姉貴に真っ向勝負を挑むなんて、馬鹿げた行為だとしか思えない……が、唯一、姉貴が一驚する相手こそ、現在、姉貴に拉致られている優志だ。

 優志が俺の家に泊まったとき、姉貴とタイマンで話をしていたのを傍らで見ていた。

 あの日の姉貴は、欲しいオモチャを見つけた子どものように、爛々と瞳を輝かせていたのを覚えている。

 姉貴と張り合えるのは優志だけだ。

 だが、優志に頼れないのが現状で、ここにいるメンツでどうにかするしかない。

 楓は頭が切れるけれど、姉貴とは馬が合わないのか言葉数が少ないし、恋莉もどこか余所余所しい。

 恋莉に限っては初対面だからってのもあるが、姉貴の勢いに気圧されたって考えるほうが自然だろう。

 俺がどうにかして、打開策を見つけなきゃならないってのは百も承知ではあるものの、優志みたいに口が達者じゃないのが致命的過ぎる。

 語彙力が足りないって、毎回のように言われるからなあ……、ガチで。

 つうか、よくよく考えてたら妙に腹立たしくなってきたぞ。

 弟の交友関係に首を突っ込むとか、普通に考えてあり得ないだろ。俺たちを引っ掻き回して遊んでるようにも見えるしな。

 お呼びじゃねえってわかんねえのか? 

 GPSを使って追跡とか常軌を逸している。

 なにを考えてるのか、さっぱりわからん。

 本当に無いわ……、ガチで。

「このままだと話し合いができないわ」

「そうですね。なにか策を考えないと……」

「アンタのお姉さんなんだから、アンタがなんとかするのが筋じゃないの?」

 と、恋莉は語尾を荒げる。

 言い分はごもっともだが、できるなら最初からやってるっての。

「想定外な出来ごと過ぎて、どう対処してよいものか見当もつきません」

 すみません、と頭を下げる楓に、恋莉は「楓が謝ることじゃないわ」って声をかけた。

「ねえ、佐竹」

「おう」

「琴美さんと鶴賀君って、どういう関係なの?」

 どういう関係、か。

「平たく言えば、師弟関係だな」

 それってどういうこと? と二人が同時に前のめりになった。

「女性の仕草やらを教えたのが姉貴なんだよ」

 ──手強いわね。

 ──手強いですね。

 手強いって、なんだ?

 二人が姉貴のなにが『手強い』と称してるかはわからないが、口が上手いという点においてだけは『手強い』って表現が当てはまる気がする。

 だけど、実害を被るのは俺と優志だ。

 恋莉たちをどうこうするとは考え難い。




 どれくらいの時間が経っただろうか。

 珈琲をおかわりして半分ほど飲むくらいには、時間が経過している。

『これからどうするのか』

 と、議題が上がったまではいい。

 問題は、だれ一人として解決の糸口を見つけられていないってことだ。

 時間だけが無情に過ぎていく。

 重たくなった空気が両肩に伸し掛かり、ぐるぐると両肩をを回して解してみたけど凝りは取れず、倦怠感だけが残ってしまった。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

コメント

  • 瀬野 或

    >>风❤︎娚のこ 様

    ご指摘通り、そこは楓でなく恋莉でした。
    ご報告感謝申し上げます!

    by 瀬野 或

    0
  • 风♥娚のこ

    『だれかに訊ねたというよりも、ただ口に出したらだけという印象を受けた。反応していいものかと悩んでると、いまさっきまで外を眺めていた楓が頬杖をついたまま俺を睨む。』ここは楓ちゃんじゃない、レンちゃんでしょ?

    0
コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品