【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

三〇時限目 憂鬱雲は雨を招く[前]


 通称『塩爺』ことしおけいろうは、淡々と授業を進めていく。

 午後一発目を飾るのは、今年で六〇歳後半になるベテラン教師が教える世界史で、ゆったりとしていて耳心地いい声は睡眠誘導音声のようだ。

 既に数人の生徒が塩爺の声に負けて、こっくりこっくりと船を漕いでいる。

 その様子を他人ごとのように傍観してる僕だって、開いたノートに糸ミミズのような線を何本も描いては、はっと我に返って消しゴムで消す、を繰り返していた。

 前方の席には佐竹が座っている。

 つまらなそうに頬杖をつく佐竹も、うつらうつら頭を揺らして……あ、杖にしている掌から頭が落下した。

 佐竹はビクっと体を震わせて、やれ天変地異でも起きたのか? と周囲をきょろきょろ窺ったのちに、いま時分が塩爺の授業中だと思い出したようで、再び所在無さげに頬杖をついた。

 満腹状態で、塩爺の授業を受けるのは厳しい。

 少しでも気を緩めれば、あちら側の世界に誘われ、気かついた頃には授業が終わっていた……なんて事態にもなり兼ねない。

 睡魔に負けるのは時間の問題だ。

 僕の〈忍者スキル〉は、教師の目を盗んで居眠りできるほど達していない。

 掌にある『眠気を抑えるツボ』を親指でぐいぐい押してみたものの、『効果はいまひとつのようだ……』って、テロップが流れるくらい微々たるもの。

 ネットに転がっていた情報だから信憑性は薄いけど、やらないよりはマシかな? レベル。

 でも、やったところで効果が無いのなら、やらなくてもいい気がするぞ……?

 授業はまだまだ先が長く、眠気対策を講じなければ意識を失ってしまいそうだ。

 塩爺の解説がなに一つ頭の中に入ってこない状況では、真面目に授業を受けても意味がないと見切りをつけて、黒板の文字を写す真似をしながら月ノ宮さんとの一件に焦点を当てる。

 ノートの最後のページを開いて、〈Date〉の下にある余白に、『月ノ宮さんに訊ねられた件について』とシャーペンで記した。




 * * *




 ・Whenいつ:昼休み。

 ・Whereどこで:グラウンドのベストプレイスで。

 ・Whoだれが:月ノ宮さん。 

 ・Whatなにを:僕の選択を問われた。

 ・Whyなぜ:それによって、僕らの人間関係が大きく変化するから。

 ・How:




 * * *




「どのように……」

 そこまで書いて、シャーペンを握る手が止まった。

 僕の選択次第で、関係性が変化する?

 月ノ宮さんは、本気でそう思っているのか?

 僕に凹んだ姿を見せたのも計算のうちで、目的は他にあったとすらいぶかしんでしまうが、『あり得ない』と言い切れないのが恐ろしい。

 然し、そこまで計算しての行動であれば、最初から別の場所に移動して、反論を許さない上司のように、烈火の如く理詰めしてくるはずだ。

 ご本人も『どうすればいいのかわからない』とがいたんするように吐露していたわけで、全て算段のうちだったら、素晴らしい演技力だって褒めて差し上げたいまである。

 しかしいっかなこれまたどうして、僕は月ノ宮さんの質問の意図を理解できずにいる。

 これは『優梨の問題』だからだ。

 天野さんも、佐竹も、月ノ宮さんも、僕を見ているようで僕を見ていない。僕の瞳の内側にいる〈優梨〉の動向を気にしているからこそ、僕に『どうするんだ』って訊ねるんだろう。

 そんなこと、知ったこっちゃない。 

 僕は普通よりも劣るような男子高校生で、恋愛対象も女性だと思う。『だと思う』って疑問系なのは、これまでの学生生活で恋愛感情に発展するほど異性と交流がなかったからだ。

 梅高に入学してから異性と話すようになったけれど、それだって未だに信じられないし、彼らが所望しているのは〈優梨〉で、僕ではない。

 佐竹だって優梨が好きなわけであって、同性の僕が好きなわけじゃないのは理解してる。

 天野さんと佐竹は恋愛に固執しているけど、人を好きになったことがない僕には、どうも荷が重過ぎて、思考もぐちゃぐちゃになってきた。

 もし、僕がどちらかの好意を受け入れるなら、この先ずっと優梨として生きなきゃならないって考えると、今後の人生に多大な影響を及ぼすのだが、そこまで考え抜いて僕に告白したはずもないだろう。

 そもそも、彼らに僕は必要なの?

 口では〈友だち〉と言ってくれているが、それだって『優梨だから』で、『優梨にはならない』と宣言したら離れていくのは火を見るより明らかだ。

 僕の存在価値は、優梨にあって優志にはない。

 彼らが離れてしまうのなら、いっそ壊してしまおうか。

 なーんて、できもしないことを考えても詮方無いのだが……。

「はあ……、結局、堂々巡りか」

 鬱屈した気分で溜め息を零した。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

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【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

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