【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

二十三時限目 それぞれの思惑[佐竹]


 日曜日だけあって、サンシャイニング水族館の中は人で溢れていたが、美術館のような厳粛な雰囲気が漂っている。

 とき稀に、子どもの和やかな笑い声が訊こえたり、展示されている魚たちを見て感嘆を漏らす大人の声も訊こえてくるが、耳障りに思うほどではない。

 俺らが目指したのは、本館一階にある大型水槽で、観覧可能な長さは約14mもある。湾曲した作りで、全体像を確認しやすい構造だ。

 この水槽には寿司ネタでお馴染み鰯や、ズワイガニ、そしてチンアナゴのような珍種に加えて、サンゴやイソギンチャク、ヒトデの姿も見受ける。然し、一番人気はカクレクマノミで、近辺には砂糖に群がる蟻のように人が押し寄せていた。

 俺的には、大型の魚類が見どころだと思う。

 空を飛ぶように泳ぐエイや、間抜け面のマンボウは滅多に見れないし、代表的なフォルムの鮫や、ヒレを広げて泳ぐトラフザメ、縞模様が綺麗なイヌザメの他に、底を這うように泳ぐシノノメカタザメなんか迫力満点だ。各々の名称は、水槽手前にある進入禁止の柵に白のプレートで貼ってあった。

 ついつい食い入るように体を乗り出すと、水槽に触れるなって優梨に注意されてしまった。

 別に、水槽に触れようとか、これっぽっちも思っていないんだが……。

 きまりが悪くなって両手をパーカーのポケットに突っ込むと、タイミングを窺っていたかのように、えい! って感じで俺の左腕に優梨がしがみ付いてきた。

「え、あ?」

 せっかく二人きりになったし、恋人らしいことの一つや二つを期待してなかったわけじゃない。ただ、今日の目的は恋莉と楓の親睦を深めることであって、俺たちがイチャイチャする必要は無い。

 だから、半分諦めていたけど……マジか。

「お前、なにしてんだ……」

「彼女らしいこと、だよ」

 思い通りの展開に声が上ずってしまったが、なんなんだコイツ、普通に可愛いかよ、ガチで……。恋人同然な態度で示されたら、マジになっちまうだろ。

 ワンチャン脈アリか? って考えたらどうしようもくなりそうで、この気持ちだけは悟られまいと衝動的に口を動かした。

「やっぱ、ホウジロザメはいねえか」

 口を衝いて出た単語に若干の違和感。

 ホオジロザメ、だったか? 

 ホウでもホオでも、どっちでもいいか。

 メガロドンなら尚のことよし!

「ホホジロザメ、ね?」

 どっちも違うじゃねえか。

 頬白い鮫って、どんだけ海水で凍えてんだよ。貧弱か? ジョーズの力はそんなもんかよ! ……とはツッコめず、余計に恥ずかしくなって「言い間違えただけだろ」とそっぽを向いたその視線の先で、阿保面のマンボウが俺を見ていた。こっち見んな。

 海で見かけたら不気味かもしれないが、ガラス越しであれば愛嬌のある顔だと思えなくもない。

 いや、やっぱ変な顔だな。

 どんな過程を経てこんな見た目になったのか俺の知る由も無いが……、殊更に特殊な環境の変化があったに違いない。

 環境の変化という点においては、俺にも言える。

 いままでは、異性が恋愛対象だった。

 それが普通だと思って疑わなかったし、男同士の恋愛なんてネタでしかないとすら思ってたにもかかわらず、最近になって同じクラスの男子を好きになってしまった。

 当初こそ、頭がおかしくなったんじゃないかと頭を抱えたけれど、姉貴の言い分を訊いて、全てを鵜呑みはできないが、腑に落ちた言葉は多々あった。

 恋愛は異性同士でするもんだ、という固定観念のもと生活していて、姉貴が描いてる変態漫画に嫌悪すら感じていたのに、いまじゃ同性の恋愛を学ぶ教科書みたいな使い方をしている。

 まあ、やっぱりドン引きするような内容ではあるけどな……。つうか、タイトルがウケ狙いっぽいんだよ。ガチで。

 姉貴が悪戯で、俺の部屋の勉強卓に『とんでもないタイトル』の『とんでもないBL本』を置いたりするもんで、『あの本』はガチでトラウマだ。その本は姉貴のサークルの作品じゃなくて、仲のいいサークルの作品らしいが、あんなの、だれに需要あんだよ。ガチで!

 それにしても、だ。

 さっきもつい口走ったけど、コイツからやたらと女っぽい匂いがして当惑気味だ。

 なんでこんなに気合入ってんだ……? と、コイツの態度に疑問がないわけじゃない。

 優梨、いや、優志にとっての俺は、はた迷惑な存在だろうと自覚はしてる。

 告白紛いなことも言っちまったしな……。そのときに見せた迷惑そうな表情は、ずっと忘れられない。

 今回のダブルデートだって、絶対に乗り気じゃないはずだ。

 俺と二人きりになったら嫌な顔するんだろ、と覚悟までしてたのに、蓋を開けてみれば自分から腕を絡めてきたり、体を寄せたり、いまは俺のパーカーの袖に、猫みたいに頬擦りしながら喉を鳴らす勢いだ。

 どんだけだよ、マジで……。

 やることがガチ過ぎてヤベえ……。

 こんなことをされて『諦めろ』って言われても無理だっつの……。

 俺は『優梨の姿になっている優志』が好きだ。

 素直で、明るくて、愛嬌もあって、冗談だって交えてくる優梨は、これまでに類をみない程の可愛らしい女の子で、俺の心を常にざわつかせてくる。

 だが男だ。

 俺よりも頭二つ分くらい背が低くて、声まで女らしい。 

 だが男だ。

 胸の膨らみが腕に当たってやきもきする。

 それはパットだ。

 男の姿の優志とキスができるかと言うと、あまり自信はない。
 
 ……ってことは、だ。

 俺が好きなのは優梨であり、優志は〈友だち〉としては好きだけど、恋愛対象としては見ていないってことか?

『お前のことが好きだ』

 とか言っておいて、やっぱり優梨が好きだなんて、結局、大言壮語を吐いただけかよ。……胸糞悪い。

『優志が女装に抵抗感を示さなくなれば、俺は優梨と真剣に付き合えるのではないか?』

 なんて、思ってみる。

 そんな奇跡みたいなこと起こるはず……いや、待てよ?

 優志が女装に抵抗を抱いてるのなら、女装に抵抗がなくなるようにすりゃいいんじゃね?

 優志が優梨の姿を選ぶなら、俺は普通に、女として接する。

 つまり、だ。

〈女でいることの楽しさ〉

 を、優梨に理解させればいい。

 自分のことを〈本物の女〉と認識させられたらこっちのもんだ、と自信を持って言える。

 このデートの認識を、改める必要があるな。

 優梨は一応、俺の理想に近い存在なわけで、外見もそうだけど、それ以上に内面も好きだ。

 だったら、このダブルデートを最大限に利用しない手はないだろ?

『女であることの楽しさ』

 を伝えるには、いまからでも遅くない。

 限られた時間の中で、叩き込んでやる。

 今日できなかったとしても、次の機会、そのまた次の機会と重ねていけば、最終的に問題クリアじゃね?

 おお……めっちゃやる気出てきたわ、ガチで!








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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