【完結】女装男子のインビジブルな恋愛事情。

瀬野 或

一十八時限目 突然の告白[前]


 土曜日の昼間といえば飲食店の掻き入れ時で、客がひしめく大海原を駆けずり回る店員の姿を想像するだろう。

 然し、この店に大航海時代の波は訪れない。

 常連客とおぼしい老齢の男性と、近辺に住んでいそうな出で立ちの主婦数人、その他含めて合計五名。超が付くほどのんびりした昼の風景が眼前に広がる。

 だが、これでも繁盛してるほうだ。

 学校帰りに立ち寄ると、毎日、閑古鳥が鳴きそうなくらい閑散としているので、店内で珈琲と軽食に談を交える客たちを見るのは新鮮だった。

 若者の姿が無いのは、喫茶店の珈琲は割高だという印象だからだろう。常に金欠で、昼食代を交遊費や趣味に当ててなんとかやっていけるという具合。

 そう鑑みると、僕は恵まれていると言える。

 一人っ子の特権だ。

 一ヶ月万単位で軍資金を頂戴して、その内で全てを賄うのが条件だが、金銭に余裕が無いなんて状況に陥ったことがない。倹約家ではないけれど、秘密裏に貯金もしている。

 貯金額こそ大してないが、無いよりマシだ。だからこうして、連日のように、ダンデライオンで優雅なひとときを過ごせていた。

「はい。約束していた本だよ」

 注文したコーヒーを運ぶついでに、数冊の本がテーブルに並べられる。圧巻とまでは言わずもがな、かいじゅうな表現が多い作者の本を目の前にして、一筋縄ではいかなそうだと困惑を隠せない。

「こんなに読めるかな……」

 かくっと首を傾げながら、ペース配分を頭の中でざっと計算してみた。

 僕は読む速度が早いわけじゃない。本を変える度に「もう読んだのか」って思われるのは、空き時間を利用して読み進めているからだ。

 大概は暇なもので、部屋でやることと言ったら勉強と、読書と、ガチャが渋いソシャゲくらい。

 テレビも見るけど、基本的にはレンタルしてきたDVDやBlu-rayを映すのみで、ほぼほぼアニメ特化だ。

 しかしいっかなこれまたどうして、照史さんのサービス精神には感謝するが、こんなに並べられたら返すに返せないじゃないかと、開いた口が塞がらない。

 いまは亡き作家、ハロルド・アンダーソン。

 彼の小説は、どの作品においてもどこか厳かな雰囲気を纏っている。

 ぱっと目に飛び込んできたのはこの二作品。

『OLD MAN──偏屈な老人──』

『unhappy umbrella──不幸の相合傘──』

 だれがどう見たってへきえきしそうな分厚いハードカバーだ。

 まあ、和風ホラーを得意とするあの先生よりかはページ数が少ない。それにしたって、本屋でこの本を手に取る猛者は現れるのかと、疑問を抱かずにはいられない。

 目に飛び込んできたどちらも、なんだか後味の悪そうな本だが、タイトルだけで判断できないのも小説の醍醐味ではある。

 俗に言う『タイトル詐欺』ってやつだ。

 読了して、感傷に浸るのはなかなかに気持ちがいい。

 低俗に言えば『賢者タイム』とでも呼べるけれど、ピロートークの如く、140文字以内で感想を綴りたい気分になるのは否めない。

 他のも合わせて合計六冊の本が、本屋のおすすめ本コーナーよろしくに、ずどどんと存在感を際立たせていた。

 隣に立っている照史さんが、やってしまったとばかりに苦笑いする。

「何冊か引っ込めようか?」

「い、いえ。大丈夫です」

 大は小を兼ねると言うから、大きめのリュックを選んで正解だった。

 本が傷つかないようにそうっと縦に並べながら入れると、リュックがずっしりと重くなる。

 どれくらい重いか例えるなら、五分に一度の割合で所在地を確認してくるヤンデレ気質な彼女くらい重たい。いやそれめっちゃ重いやーん! ってツッコんでくれそうな都合のいい佐竹はいないので、思いついたボケを脳内だけに留めた。

 これがハードカバーが六冊分の重みか……。

 コンビニに寄って自宅にお届けしたいくらい重いが、これも修行の一環と思えばどうということはない……はずはない。

 ちょっと待って? って文頭に記入しちゃうくらいには重量が半端ないんだが?

 まあ、背負うのなら大丈夫だろう。

 ちょっとした山登りと思えばいい。

 埼玉って山しかないもんなあ……。

「少し哲学的な内容だから難しいかもしれないけど、読み応えは充分にあるよ」

 照史さんはためごかしにそう言って、きまりが悪そうに微苦笑した。

「いつ読み終えるかどうか……」

 そこだけが心配だ。

 早ければ四ヶ月、遅ければ半年以上、僕の部屋の本棚に陳列されるだろう。イメージすると、いい感じに格好がついた本棚になった。

 見せかけだけで、読んでない本も多いのが玉にきずではあるけれど、いつか読む! 多分、おそらく……。

「返さなくていいよ。いつも楓がお世話になってるから、そのお礼ってことで」

「それは悪いですよ」

 かさず遠慮を言った僕に、「いいからいいから」と押し返すような手振りをしながら笑い、カウンターに戻って喫茶店のマスター業務を再開した。

 ただ珈琲を飲むだけ、というのも手持ち無沙汰だ。ついさっきリュックに閉まったばかりではあるが、リュックの中に腕を突っ込み、手探りで一冊取り出す。

〝invisible〟

「インビジブル、か」

 タイトルに言い知れぬ親近感を覚えて、パラパラとページを捲った。




 * * *




 やっとこさ気分がノッてきたのに、招かねざる客が来店した。オーバーサイズの黒パーカーに、履き崩れたジーンズというラフな格好をした佐竹は、僕を視認するなり片手を挙げる。

「お、優志じゃん」 

 佐竹って、道すがらに会ったら、絶対に声をかけないと気が済まない呪いにでも掛かってるのかってくらい、気軽に話し掛けてくるんだよなあ……。

 しかも、それが当然かのように振る舞うから対処に困る。

「げ、佐竹じゃん」  

 困却の果てに挨拶を交わすと、佐竹は虚脱しながらジーンズのポケットに両手を押し込んだ。

「げってなんだよ!」 

 来て早々にツッコミ役に回るのは、さすがだ、という他にないけれど、喧しいヤツがいては読書の妨げになる。

 ──帰ろうかな。

 ──失礼じゃね!?

「僕に〝ウェーイ〟とか期待されても困るし」

「偏見の塊かよ!?」

 おお、今日もツッコミはキレッキレですね!

 脊髄反射でツッコミするのは、彼がクラスのムードメーカーで、皆を笑わせようと編み出した芸当なのかも知れない。

 佐竹を弄るのって楽しいもんなって僕も思うから、彼の顔を見るなり毒を吐きたくなる。

 佐竹も満更ではないみたいな顔をしてるし、win-winな関係と言えるだろう。多分、知らないけど。








【感謝】

 この度は『女装男子のインビジブルな恋愛事情。』にお目通し頂きまして、誠にありがとうございます。皆様がいつも読んで下さるおかげで最新話をお届けできています。まだまだ未熟な私ですが、これからもご贔屓にして頂けたら幸いです。

【お願い】

 作品を読んで、少しでも『面白い!』と思って頂けましたら、お手数では御座いますが『♡』を押して頂けますと嬉しい限りです。また、『続きが読みたい!』と思って頂けたましたら、『☆』を押して下さいますとモチベーションにも繋がりますので、重ねてお願い申し上げます。感想は一言でも構いません。『面白かったよ!』だけでもお聞かせ下さい! お願いします!(=人=)ヘコヘコ

【話数について】

 当作品は『小説家になろう』と同時進行で投稿しておりますが、『小説家になろう』と『ノベルバ』では、話数が異なっています。その理由は、ノベルバに『章』という概念が無く、無理矢理作品に反映させているため、その分、余計に話数が増えているのです。なので、『小説家になろう』でも、『ノベルバ』でも、進行状況は変わりません。読みやすい方、使いやすい方をお選び下さい♪

【作品の投稿について】

 当作品は『毎日投稿』では御座いません。毎日投稿を心掛けてはいますが、作業が煮詰まってしまったり、リアルが現実的に、本当に多忙な場合、投稿を見送らせて頂くことも御座います。その際は、次の投稿までお待ち下さると嬉しい限りです。予め、ご了承ください。

 これからも──

 女装男子のインビジブルな恋愛事情。

 を、よろしくお願い申し上げます。(=ω=)ノ

 by 瀬野 或

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