魔法の世界で、砲が轟く

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第八十二話 司馬懿の計略

「何名が生き残った?」


 真一が要塞に到着して一言目はそれであった。
 途中、前方を見たら少なくない数の四号戦車が燃え上がっているのが確認できた。おそらくはジーマン軍の最新鋭戦車Z4戦車による攻撃を諸に浴びたのだろう。


 さらに言えば、ミンシュタイン達の本体の攻撃を奇襲で食らっている。とても被害が少ないとは思えなかった。


「現在、何両かの戦車やトラック、装甲車両が到着していますが、無事な隊員の数は二百名にも満たないそうです」


 リットンが今は補佐として動いてくれている。


「まだ、生き残っている可能性はある。これから探しに行けば……」


「無理です。この要塞の周囲は既にジーマン軍によって包囲されているのが確認されました。とても出られる状況ではありません」


「そうか……。一応聞くが、他の幕僚達は?」


 その言葉にリットンは静かに首を振った。


「分かった。ご苦労。ゆっくり休んでくれ」


 そう言って真一は、スーザンと会うために要塞の司令室に向かう。
 スーザンは彼らを救ってくれた命の恩人だ。礼を言う必要があった。






「第一独立師団、最高責任者の秋山真一です。スーザン殿にお礼を申しに参った次第」


「どうぞ」


 真一は司令室に足を踏み入れた。
 その部屋は以外にもシンプルで、机と近くに本棚や大きな地図が掲げられたボードがあるだけだ。本棚の中身も軍事書籍ばかりでスーザンの見た目からは想像できないほど、落ち着いた部屋であった。


「お掛けになって」


 そう言ってスーザンはすぐにお茶の準備を始める。


「どうも」


 その言葉の後、真一は深々と頭を下げながら言った。


「このたびは私の部下の命を助けていただき、ありがとうございます!」


「良いのよ。そのくらい」


 そう言いながらティーカップを二つ持ってくる。
 その所作はかつての司馬懿を思い出させるように優雅なものであった。


「ありがとうございます」


 そう言いながら真一はお茶を一口飲んだ。


「何せ、これは私の判断ではなく、あの娘の最後の頼みだったのだから」


「やはりそうでしたか」


「あら気付いていたの?」


 スーザンは意外そうに尋ねる。


「ええ。この手紙を読んだ瞬間に分かりましたよ」


 胸ポケットから一通の手紙を取り出した。
 それは司馬懿がかつて万が一の時のためにと用意しておいた手紙だ。緊急時以外使うなと言う指示があったが、今回は緊急時と言うこともあり読んだのだ。
 そこには、こう書かれていた。


「万が一の時はスーザンを頼りなさい。彼女には既に話は通してあります」


 司馬懿は新庄を魔国に送り込んでいた。これは表向きには敵情を探るであったが、本当の目的は万が一の時のための投降の準備であった。
 この時の電文のやりとりがジーマン軍に盗聴されており第一独立師団が疑われる要因の一つになったのは皮肉なことではあるが、その危険を冒してでもやむを得なかった。
 それはジーマン軍がいつ第一独立師団を切り捨てるかが分からなかったからだ。
 当然ジーマン側からすれば第一独立師団は完全なよそ者。実力があったから切り捨てなかっただけで必要がなくなれば、その高い能力をいずれ反抗するためのものではないかと心配になり抹殺しようとすると司馬懿は判断。
 そのような事態になる前に自分がよく知っており、安心して託せる人間がいる魔王軍に投降しようと考えたのだ。
 しかし、普通に投降すれば第一独立師団の名声は地に落ちる。そこでジーマン軍に一発目を撃たせる必要があった。
 そのために司馬懿はスーザンにその計略を頼み、自分はさも知らないふりをしてジーマン軍に一手目を打たせたのだ。
 司馬懿の予想外であったのはハットラー暗殺が自分の身内であったことであった。これは予想外の事態であり、これさえなければ、ジーマン軍本隊が到着する前に要塞に避難が出来、それほどの犠牲を出すことはなかった。これがあったせいで対応が完全に遅れ、これほどの大きな被害を出すこととなったのだ。


 これらの一連の話を聞き、真一は司馬懿の頭の切れの凄まじさを思い知らされた。


「そこまで考えて……」


「ええ。仲達ちゃんほどの人間があんなに軽々しく敵と会うとでも? 彼女はあえてそういった芝居をうってジーマン軍に攻撃をさせたの。第一独立師団にはちゃんとこのことを伝えるつもりだったみたいなのだけれどもその前に計略がバレてしまったのは彼女の計算違いね」


「司馬懿は私にはもったいないくらいの人間です。しかし、そのような大事な人材を私は……。それに親友まで……」


「……。あなたはもう寝なさい」


 そう言ってスーザンは寝室に真一を案内した。








 気付けば真一は眠っており、再び目を覚ましたときまだ月が出ていた。
 再び寝ようとしたが、寝付けず、何となく部屋から出た。すると奥の方で誰かが立っている。


「司馬懿!」


 その姿は確かに司馬懿であったが、こちらを見向きもせずに歩いて行く。


「待ってくれ! 司馬懿!」


 真一は急いで後を追う。




 どれほど歩いたのだろうか。
 気付けば外に出ており、司馬懿の後をつけていた。


「待てって!」


 そういった直後、司馬懿が立ち止まった。
 そしてこちらへ向き、ある一点を指さし、消えた。


「え、司馬懿?」


 呆然としながらもその指さした所へ向かうと一両の戦車が黒焦げで放置されていた。
 中の乗員達の遺体はもうない。召喚された人間の遺体は何故か残らないのだ。
 しかし、そのうちの一体だけは綺麗な状態で横たわっていた。


「司馬懿!」


 すぐに駆け寄るが既に脈はない。
 しかし、その遺体はどこにも傷はなくまるで今にも動き出しそうなほど、きれいな物であった。


「くっ!」


 真一は司馬懿の遺体を泣きながら、静かにその場で泣き始めた。
 思えばいつも辛いとき、近くにいたのは司馬懿や守のような親友達だった。しかし、今はもう誰もいない。
 その現実を司馬懿の遺体を見て改めて思い知ったのだ。
 ふと遺体に違和感を感じた。何かを懐に持っているのだ。


「これは……?」


 それを取り出してみると持っていたのは普段司馬懿が愛用していた茶入れだ。
 その中に一枚の切れ端が入っていた。
 見ると司馬懿の字で書き殴ったようなメモが書いてある。


 真一殿。
 これをあなたが読む頃には既に私は死んでいるのでしょう。しかし、悲しまないでください。これは私が考えた計略を上手くいなしきれなかっただけのこと。未練はありません。唯一後悔があるとすれば、この計略で第一独立師団の兵士達を失ってしまうことです。
 しかし、これはいずれ来たるであろう更なる災厄を逃れるためにはこれしかありませんでした。どうか孔明をお恨みなきようお願いいたします。
 さて、この茶入れに関してですがベラリンにいた頃にあるお茶の専門店で買ったものです。これにはいずれ第一独立師団とジーマン軍が対立することが予測されている旨の文章が書かれておりました。
 そこでお願いがございます。
 どうか、これをある場所に届けていただきたいのです。その場所は下に書いておきます。
 これを達成できなかった私をどうかお許しください。それではさようなら。


 司馬懿。


 文章はこれで終わっていた。


「分かった。司馬懿、お前の最期の望み私が叶えよう」


 そう言って真一は立ち上がりその場を後にした。
 月明かりがいつまでも司馬懿の遺体を照らしていた。

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