魔法の世界で、砲が轟く
第七十五話 非常事態宣言の発令
「これで準備は完了だ」
そう言ってハットラーは万年筆を机の上に置いた。彼が書いていたのは非常事態宣言を出した後に行う予定の演説の文章だ。
この演説が必要ないくらいに国民が納得してくれれば良いが、おそらく大半は納得しないであろう。それを納得させるには間違いなく、演説が必要となる。
そのための文を予め考えておいたのだ。
「総統、本当にやるのですか?」
長い間、副官を務めてきた男が聞いた。彼はこの話を聞いたとき、猛烈に反対をした人間の1人だ。
「もちろん。私はこの国のためならば、どんなことでもしよう。それがたとえ、私の命を投げ出すことになっても……」
その思いの堅さを確認した副官は最早ハットラーは止められないということが分かった。
「分かりました。私はあなたがどこへ行こうとも付いていきましょう、どこまででもね」
「ありがとう」
この約束から数時間後、ついにハットラーから直々に国民へ向け、非常事態宣言の交付がなされたのだ。
当然ながら、国内は荒れに荒れた。賛成派、反対派それぞれが各地でデモやボイコットなどを起こし、対立をした。予めこのことが分かっていたハットラーはすぐに演説を行う旨を国民に通達。日時を二日後と決め、国民へそれまで落ち着いて待機するよう理解と協力を求めた。
どうにかこれで国民の感情は収まり、混乱は一時的に去る。
そして二日後。
演説場所は国会議事党前だ。そこに臨時の演説設備を整え、周囲を護衛の兵士や警察が万が一の事態に備え待機した。
テレビや新聞などの各種マスコミがその最前列を占拠し、その後ろを大量の国民が見守るという形であった。
皆が緊張した面持ちでハットラーが到着するのを待つ。
この時、ハットラーは最後の仕事に掛かっていた。それは万が一が起きたときの後任人事の取り決めだ。
「ああ。そうだ万が一私に何かが起きたら彼に任せれば良い。うむ、その手はずで行ってくれ」
そう言ってハットラーは手に持った電話を切る。
「そろそろお時間になります」
副官が時計を見ながら言った。
「そうだな」
ハットラーは言葉少なげに答え、愛用の帽子を被って執務室を後にする。
総統官邸から演説会場まではほとんど距離はなく、徒歩で移動が出来る。
ハットラーはこの時、警備の関係上車での移動を薦められたが、敢えて徒歩で行くことを選んだ。それは国民の避難から逃げも隠れもしないという彼の意思表示であったともただ単に歩くのが好きなハットラーの気分だったとも言われている。
とにもかくにも彼が総統官邸から出るなり凄まじいマスコミや国民に囲まれた。
それを警官や近衛兵がどかしつつ、演説会場にまで彼を案内する。
どうにか人混みの中を切り抜け、彼は演説会場に姿を現した。そして台の上に上がり聴衆の前で一礼をしてからゆっくりと語り出した。
「諸君、我が国は今危機的な状況に立たされている。このままの状況では国土は敵に蹂躙され、数多くの血と涙を流すことになる。この言葉から始まる演説をご存じの方も多いだろう。これは以前、総統であられたガルム・ビスマルク氏が命を掛けて行った演説の冒頭だ。彼を殺したのはクルーガー・ハットラーという青年。お気づきの方もいるかもしれないが彼は私の祖父である。かつて一度発令された国家非常事態宣言に反対し、総統を殺した人間の孫が今、史上二回目の非常事態宣言を発令しこの場にいることは運命のいたずらのように感じる。もし、この中に私を殺そうと思う者がいるのであれば、演説が終わるまで待って欲しい。その後なら構わない。殺したければ私を殺せ」
そんなハットラーの言葉から演説は始まった。
彼は今のジーマン軍の現状と魔王軍の戦力を話し、現状では勝ち目がないことを十分間ほど力説した。そして最後にこう締めくくった。
「諸君等は引けぬ所まで来たのだ! もしここで退けば我が国は蹂躙され、潰され国土は焦土と化すであろう! もう一度言おう、諸君等は引けぬ所まで来たのだ。諸君等の理解を求める。以上」
そう言ってマイクから離れ一礼をした。
国民は雷にでも撃たれたかのようにしばらく動かなかったが一人が拍手を始めるとやがて人数が増え、盛大な拍手へと変わった。そしてハットラーは台を降り、総統官邸へ足を運ぼうとしたとき不意に後ろを振り向き、立ち止まった。
その瞬間、こんな音が会場に響いた。
パァン
その音が聞こえたとき、拍手が一斉に止んだ。
辺りが水を打ったかのような静けさが包み、誰もが周囲を見渡す。
直後、何か重いものが倒れるような音がした。見るとハットラーが朱に染まって倒れている。
「総統!」
すぐに副官が駆けつけ、彼を抱き起こす。
傷口は胸にあり、凄まじい量の血液が流れ出ている。
悲鳴が上がり、聴衆は一斉に逃げ出した。それを軍の装甲車が一斉に道を塞ぎ、誰も逃げられなくするが混乱は収まらない。
「医者を! すぐに医者を呼べ!」
すぐ近くに待機していた医者を呼ぶが、彼はハットラーの脈を診るなり静かに首を振った。
この瞬間、アドルフ・ハットラーは史上二回目の非常事態宣言を行った総統であると同時に任期中に暗殺された総統となったのだ。
そう言ってハットラーは万年筆を机の上に置いた。彼が書いていたのは非常事態宣言を出した後に行う予定の演説の文章だ。
この演説が必要ないくらいに国民が納得してくれれば良いが、おそらく大半は納得しないであろう。それを納得させるには間違いなく、演説が必要となる。
そのための文を予め考えておいたのだ。
「総統、本当にやるのですか?」
長い間、副官を務めてきた男が聞いた。彼はこの話を聞いたとき、猛烈に反対をした人間の1人だ。
「もちろん。私はこの国のためならば、どんなことでもしよう。それがたとえ、私の命を投げ出すことになっても……」
その思いの堅さを確認した副官は最早ハットラーは止められないということが分かった。
「分かりました。私はあなたがどこへ行こうとも付いていきましょう、どこまででもね」
「ありがとう」
この約束から数時間後、ついにハットラーから直々に国民へ向け、非常事態宣言の交付がなされたのだ。
当然ながら、国内は荒れに荒れた。賛成派、反対派それぞれが各地でデモやボイコットなどを起こし、対立をした。予めこのことが分かっていたハットラーはすぐに演説を行う旨を国民に通達。日時を二日後と決め、国民へそれまで落ち着いて待機するよう理解と協力を求めた。
どうにかこれで国民の感情は収まり、混乱は一時的に去る。
そして二日後。
演説場所は国会議事党前だ。そこに臨時の演説設備を整え、周囲を護衛の兵士や警察が万が一の事態に備え待機した。
テレビや新聞などの各種マスコミがその最前列を占拠し、その後ろを大量の国民が見守るという形であった。
皆が緊張した面持ちでハットラーが到着するのを待つ。
この時、ハットラーは最後の仕事に掛かっていた。それは万が一が起きたときの後任人事の取り決めだ。
「ああ。そうだ万が一私に何かが起きたら彼に任せれば良い。うむ、その手はずで行ってくれ」
そう言ってハットラーは手に持った電話を切る。
「そろそろお時間になります」
副官が時計を見ながら言った。
「そうだな」
ハットラーは言葉少なげに答え、愛用の帽子を被って執務室を後にする。
総統官邸から演説会場まではほとんど距離はなく、徒歩で移動が出来る。
ハットラーはこの時、警備の関係上車での移動を薦められたが、敢えて徒歩で行くことを選んだ。それは国民の避難から逃げも隠れもしないという彼の意思表示であったともただ単に歩くのが好きなハットラーの気分だったとも言われている。
とにもかくにも彼が総統官邸から出るなり凄まじいマスコミや国民に囲まれた。
それを警官や近衛兵がどかしつつ、演説会場にまで彼を案内する。
どうにか人混みの中を切り抜け、彼は演説会場に姿を現した。そして台の上に上がり聴衆の前で一礼をしてからゆっくりと語り出した。
「諸君、我が国は今危機的な状況に立たされている。このままの状況では国土は敵に蹂躙され、数多くの血と涙を流すことになる。この言葉から始まる演説をご存じの方も多いだろう。これは以前、総統であられたガルム・ビスマルク氏が命を掛けて行った演説の冒頭だ。彼を殺したのはクルーガー・ハットラーという青年。お気づきの方もいるかもしれないが彼は私の祖父である。かつて一度発令された国家非常事態宣言に反対し、総統を殺した人間の孫が今、史上二回目の非常事態宣言を発令しこの場にいることは運命のいたずらのように感じる。もし、この中に私を殺そうと思う者がいるのであれば、演説が終わるまで待って欲しい。その後なら構わない。殺したければ私を殺せ」
そんなハットラーの言葉から演説は始まった。
彼は今のジーマン軍の現状と魔王軍の戦力を話し、現状では勝ち目がないことを十分間ほど力説した。そして最後にこう締めくくった。
「諸君等は引けぬ所まで来たのだ! もしここで退けば我が国は蹂躙され、潰され国土は焦土と化すであろう! もう一度言おう、諸君等は引けぬ所まで来たのだ。諸君等の理解を求める。以上」
そう言ってマイクから離れ一礼をした。
国民は雷にでも撃たれたかのようにしばらく動かなかったが一人が拍手を始めるとやがて人数が増え、盛大な拍手へと変わった。そしてハットラーは台を降り、総統官邸へ足を運ぼうとしたとき不意に後ろを振り向き、立ち止まった。
その瞬間、こんな音が会場に響いた。
パァン
その音が聞こえたとき、拍手が一斉に止んだ。
辺りが水を打ったかのような静けさが包み、誰もが周囲を見渡す。
直後、何か重いものが倒れるような音がした。見るとハットラーが朱に染まって倒れている。
「総統!」
すぐに副官が駆けつけ、彼を抱き起こす。
傷口は胸にあり、凄まじい量の血液が流れ出ている。
悲鳴が上がり、聴衆は一斉に逃げ出した。それを軍の装甲車が一斉に道を塞ぎ、誰も逃げられなくするが混乱は収まらない。
「医者を! すぐに医者を呼べ!」
すぐ近くに待機していた医者を呼ぶが、彼はハットラーの脈を診るなり静かに首を振った。
この瞬間、アドルフ・ハットラーは史上二回目の非常事態宣言を行った総統であると同時に任期中に暗殺された総統となったのだ。
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