魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第五十九話 ジーマンの未来

 この時、ジーマン軍が用いたのは旧ナチスドイツ軍が使った「パンツァーカイル(戦車楔)」だ。
 これはクルスク戦時に敵のソ連軍が築いたパックフロントを打ち破るべく考案された戦闘方である。ティーガー戦車のような重装甲で突破力のある戦車を先頭にして敵の防御網を突破する。まさしく敵の防御網に戦車の楔を打ち込むものである。




 戦車はまるで獲物に突進する肉食獣のように前進していく。


 魔王軍は相変わらず、塹壕から出ようとせずにいる。ジーマン軍はその魔王軍を仕留めんと重砲による攻撃を行うが、あらかじめ予見をしていた魔王軍は大きなダメーもなくその攻撃を防ぐ、そして戦車が近づいたことから支援砲撃を中止すると今度は分厚い盾のようなもので機関銃の攻撃を防ぐ。


「全く効いてませんよ! 隊長!」


 リットンに操縦手が愚痴る。


「うるせえ! つべこべ言わず、言われたとおり動くんだよ!」


 リットンはその操縦手を怒鳴りつけ、前方の塹壕を見た。


(本当にあれで攻撃を行うのか?)


 確かに内心、あの作戦には疑問がある。しかし、それ以外に方法はない。


「突破せよ!」


 そのまま戦車隊は魔王軍の塹壕を突破し、魔王軍の後方に展開する。
 魔王軍は好機とばかりに塹壕から戦車の後部狙って攻撃を始めようとした。しかし、彼らは大きな間違いを犯している。
 戦車が攻撃の中心であると完全に思い込んでしまい、その後方にいたある存在に気付いていなかった。


「突撃!」


 突如、後ろから聞こえた声に魔王軍は驚く。
 そして彼らが最後に見たのは自分の方へ飛んでくる黒い塊と大勢のジーマン軍将兵を乗せた兵員輸送車の大軍であった。














「第一塹壕、突破されました!」


 前線より急を知らせる伝令の言葉にグレイは驚いた。


「何だと! もうか!」


「はい! 敵の戦車へ攻撃を行おうとしたところ、後方から歩兵の攻撃を食らい大打撃を受けた模様です! 塹壕の大半は敵に占拠され、残った塹壕も時間の問題かと……」


 動揺する幕僚達とは反対に指揮官のスーザンは落ち着いていた。


「そう。分かったわ。すぐに第二塹壕に伝えなさい。敵の攻撃は戦車だけではなく歩兵の攻撃にも注意するようにと」


「はっ!」


 伝令はすぐに走って出て行く。


 その落ち着いた雰囲気を見て幕僚達も徐々に落ちつきを取り戻していく。


「司令、敵の攻撃にどう反撃をするおつりですか?」


 グレイが聞いた。この戦闘に入って以来、魔王軍は守勢ばかりで攻撃を一切行っていない。言葉には攻撃をさせてくれという思いがにじんでいた。


「まだだわ。少なくともこの戦闘が終わってからでないと攻撃をしない」


「何と! ではここでの戦闘の目的は何なのですか?」


「敵への打撃を与え、勢いを落とすこと」


 その言葉に幕僚達は沈黙した。
 今の言葉に隠された意味はここの兵力は捨て駒でしかないと言うことだ。
 敵の撃滅が目的でないと言うことはここの町で敵の兵力は落としきれないということである。さらに勢いを落とすと言うことは勢い事態は殺し切れていない。つまりは敵にこの地を与えることになる。もし敵が撤退するのであれば、勢いを落とすのではなく、勢いを殺すという表現になるはずである。しかし、スーザンは勢いを落とすと言った。
 つまりはこの地が敵の手に渡る。ここの兵力は撃滅されると言うことであった。


「それでは、どこでジーマン軍を倒すというのですか!」


 グレイは思わず怒鳴った。スーザンが兵士を駒のようにしか考えていないことに耐えきれなかったのだ。


「彼らは勝手に自滅する」


 グレイは思わず怒りも忘れて呆然とした。何を言っているのか理解出来なかったのだ。


「敵は大兵力よ。その兵力を維持するには大量の物資がいる。その物資を運ぶにも魔国領は広いうえ、地形は険しいために兵站は伸びきり、その兵站を維持するのにジーマン軍は相当苦労する。後もう一カ所どこかでジーマン軍の足止めをする。そうしすれば敵は大兵力というのがかえって大きな負担になり、自滅をしていくわ。そもそもこの戦争にジーマン軍の統合本部は反対であったみたいだしね。おそらくはこの問題に気付いていたのでしょう。」


 まるで本当にその戦いを経験したかのようなその言葉には説得力があり、幕僚達はその雰囲気に飲み込まれる。


「ここで兵力を削らなければ王都にまで勢いよく敵が押し寄せる可能性があるから、どこかで敵を押しとどめる必要があった。そこでこの地を選んだの。もとから要塞としての機能があったから最善の地ではあった。まあ、唯一の問題はここが魔国内でも特に大きな町であったことね。でもここの住人のほとんどには避難を済ませてあるし、町はいずれ再建が出来るから」


 そういって地図を見つめた。
 そこにはジーマン軍、魔王軍双方の戦力が緻密に記載されている。


「だけど反撃しないというのは、鬱憤が溜まるわね」


 その言葉には少し、意味を含んでいた。














 その夜、歩哨以外が寝静まった頃に事は起きた。


 ジーマン軍の補給物資が積載されている地点でいつも通り歩哨が警戒を強めていると不意に近くの森に何かの気配を感じた。


 それに気付いた現場指揮官は味方ではないと直感し、攻撃を開始した。
 それは魔王軍の部隊であり、戦闘が起き双方に大きな被害が出るもののジーマン軍は補給物資を死守し、戦闘は終了した。


 この攻撃は元々、司馬懿が予測をしており周辺には味方将兵は近づかないよう厳命を下していたのだ。さらに歩哨の数を倍に増やしており、それが功を奏した形となった。




 この攻撃を計画したスーザンは戦闘の結果を聞き、小さくこう呟いたと文献には描かれている。


「さすがね、仲達」



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