魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第五十話 老人からのメッセージ

「さて、現在貴官が持っている航空機についてだが、いくつか質問をさせていただきたい」


 そう言って真一が切り出した。


「構いませんよ。何でも聞いてください」


「では、まずあの航空機の動力源は何です? 魔力か、それとも別の何れの動力源は基本は油です。それも特殊な奴を使っております」


「基本はと言うことは魔力も必要なのですね?」


「はい。というのもあれは燃料を使って前にある羽を回すのだが、その燃料を使う際に機械を暖める必要がありましてな。これを魔法で行っております」


「了解しました。それで特殊な油とはどのようなものです?」


「君たちが戦車などで利用する燃料をさらに燃えにくいものを使用しております」


 これで真一は確信した。シム爺が作ったのは前世の航空機とほとんど大差がないことだ。
 唯一、エンジンの暖気に魔法を使うという相違点はある物のそれ以外はほぼ同じであった。


「分かりました。ではシム爺殿、あなたにはその機体の量産型を開発して欲しい」


「量産型ですか。やったことがないので、できるか分かりませんが……」


「技術者はこちらから派遣するので、やっていただきたい」


「分かりました。できる限りのことはいたしましょう」


 そう言って二人は固く握手を交わした。


 こうしてジ-マン国で航空機開発が始まったのである。










 司馬懿は今、ジーマンの官庁街にいる。首都ベラリンの中央に位置する官庁街はジーマン中央図書館や陸軍省、国会議事党などジーマンの政治と軍事の中枢が集まる場所だ。


 なぜ、司馬懿がここにいるのか。


 その理由は真一達が、かなり危険な状況に陥っているからである。
 以前書いたとおり真一達は相次ぐ戦闘の勝利により国民から人気を博しつつあり、政治の場面へと担ぎ上げられてしまった。
 しかし、政治のバランス感覚をろくに知らない真一達が政治の世界に入ったら、容赦なく潰される事は目に見えている。ましてや彼らは常に前線で戦うわけだから、もし負けでもしたら彼らに未来はないであろう。
 それだけでなく国民から注目を集めると言うことは、情報が簡単に漏れやすくなる。
 もしこれが敵の耳に入れば、敵に対策を立てられやすくなり危険だ。


 これらの理由から政治の場面で極力失態をなくすために、政治の場に強い影響力のある人間に真一達の後援をお願いすることにしたのだ。


 国会議事党から歩いて数分の位置に国会議員の住宅街が広がる。これらは国会議員が借りている住宅で任期が切れるとここから出て行くことになるものだ。


 その一角にあるひときわ大きな屋敷に司馬懿は入っていった。


 扉にあったベルを鳴らすと中から初老の老人が出てきた。
 髪も長く伸びた髭は真っ白で、かなりの年であることは分かるが、その老いを感じさせないほど背筋が伸び、体から覇気が出ていた。


「君が司馬懿かね?」


「はい。司馬懿と申します。こちらはロット閣下のご自宅でしょうか?」


「確かに。私がロットだ。まあ、立ち話も何だから中へ入りなさい」


 そう言って、ロットは司馬懿を家の中へ招き入れた。


 このロットと言う人物はジーマン国内で大きな影響力を及ぼす人物だ。彼はハットラーが政権を持つまでの一〇年間をずっとジーマン国総統として政治の実権を握り続けた人物である。
 そして老いを理由に総統の座は降りたものの政界には留まり続け、未だ各会派に顔が広い。


 この人物に司馬懿は真一達を託そうと考えていた。しかし、彼はどのような人物なのか分からない以上、何もできない。そこで直接会って、相手の情報を得ようと考えていたのだ。


 居間に通された司馬懿はお茶を出された。お茶は不思議な香りで、さっぱりとした味わいの物であった。司馬懿は最近、お茶にハマっておりどのような茶葉か気になったので聞いてみた。


「美味しいお茶ですね。どのような名のですか?」


「これはミットヴィルクングというものでね。あまり流通していないお茶なのだよ。気に入ったかい?」


「はい。凄く美味しいです」


「それは良かった。少し香りに癖のある物でね。それが苦手な人も多いんだ」


「そうなんですか……」


 他愛のない話から相手の情報を徐々に絞り込んでいく。


「ところで、今日は何の用だい? こんな老人の家に世間話のためだけと言うことはないだろう」


「はい。先日我が主達が行った戦闘の結果をお伝えしようと」


 これは真実であった。本来であれば、別の軍部の人間が行くところであったが、司馬懿が無理を言って変わってもらったのだ。


「ほう。普段は軍部の参謀部の辺りが来るのだが、今回はこんな可愛い女性が来ると聞いておらんぞ」


「今回は我が主が政治の場にも出ると言うことから挨拶代わりこの件を伝えよと私を遣わしたのです」


「ほう。今話題の勇者殿かい?」


「はい」


 司馬懿はこの場面が一番緊張した。もしこの場で勘づかれたら後援の約束を取り付けるのは極めて難しくなる。故にここで悟られるわけにはいかなかった。


「そうか、そうか。これはどうもご苦労さん。君の主殿にも宜しく伝えておいてくれ」


「ありがとうございます。それではこれ以上長居してもお邪魔になるでしょうし、私はこれで……」


 そう言って、司馬懿は出て行こうとした。


「あ、ちょっと待ちなさい」


 そう言って出て行こうとする司馬懿を止めた。一瞬、司馬懿は身構えたがロットの方を向くと彼は台所へ行き、何かの袋を持って戻ってきた。


「これはミットヴィルクングの茶葉だ。持って行きなさい」


 そう言ってその袋を渡してきた。


「良いのですか?」


「構わんよ。お茶好きな人がいることは嬉しいことだ。是非主どの達にも飲ませてあげなさい」


「ありがとうございます!」


 そう言って司馬懿は出て行った。
 しかし、その顔には浮かない表情が浮かんでいた。






「どうだった?」


 真一が司馬懿に面会の成果を聞いた。


「こちらが相手からもらったお茶です。名はミットヴィルクングと言います」


 そう言ってもらったお茶を出した。


 その瞬間、真一はやられたという顔をした。
 真一もお茶は好きなので個人的にたしなむことも少なくない。故にこのお茶の本当の名は知っていた。正式にはナム茶という。しかし、彼は偽名を伝えてきた。この言葉にはあるメッセージが込められていた。






 「協力」である。




 彼ははじめからこちらの訪問の理由を知っていたのだ。そしてその真意をくんだ上で返事を返してきた。
 先手をロットに打たれてしまったのだ。それ故の渋面であった。

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