魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第四十四話 戦車隊の危機

 譲の戦車はグデーリアン達から前方に1kmほど行ったところにいた。
 譲の希望で前線の様子を見たいという希望をグデーリアンが叶えた形であった。


 もちろん前線とは言えど、最前線が見える位置で本当の最前線ではない。


 譲は目の前に広がる殺戮に吐き気を感じざるを得なかった。
 前回見た戦闘は李典隊の壊滅時の物であり、逃げることに必死すぎて吐き気を感じる暇すらなかった。


 しかし、今回は戦闘に巻き込まれておらず、余裕があるからこそ今まで感じなかった様々な感情を感じていた。


 そこかしこに死体が転がり、うめき声や悲鳴がここまで聞こえてくる。
 血と硝煙の混じり合った臭いが漂ってくる。


 これが戦場なのかと譲は、改めて実感した。


「何とむごい……」


 自分が知っていた戦争とはまるで違う。所詮、知識でしかなかったのだと改めて感じる瞬間であった。


 しかし、ここで自分たちが引けばこれがジーマン各地で引き起こされることとなる。
 兵士の死体が抵抗力のない市民の死体に変わるのだ。
 それだけは何としても避けなくてはならない。


 自分がジーマンに助けてもらえたのは彼らに利益があったこともあったであろう。
 しかし、彼らのおかげで今の自分がいる。この恩は返さなくてはならない。


(そのためにもここで引くわけにはいかんのだ!)


 自分の決意を固め直し、改めて戦況を見つめ直した。


(ん……これは?)


 敵の陣の真ん中に妙な旗が見える。
 一見、真っ白な旗に見えるのだが、中央に何かの紋章が見える。


(どこの部隊だ、このような旗印を掲げるのは?)


 気になった譲は砲手に聞いてみる。


「あの陣に真っ白な旗の中央に紋章が見える旗を掲げている部隊があるのだが、知っているかね?」


 それを聞いたとたん兵士の顔色が一気に変わった。


「それは中央に剣に絡みつく蛇の紋章が描かれていませんか?」


「ああ」


 中央に描かれていた紋章はまさしくその兵士が言っていた物であった。


「ま、まさか……そんなはずは……」


 その尋常ならざる雰囲気に譲は嫌な予感を覚えた。


「何なのだ、その部隊に何があるというのだ?」


「……それはフィーリア隊です」








「敵の本陣はまだか?」


 リットンは思わず困惑の声を漏らした。
 グデーリアンは今回の目標は敵陣の突破と考えており、歩兵隊と戦車隊の間が開いてしまっている。
 そのため、戦車隊が後方からの攻撃に警戒しながら進まざるを得ず、結果、進撃速度が落ちていた。


 先ほどから敵陣の中央に向け戦車を走らせているのだが、敵兵が多すぎてなかなか前に進めないのだ。
 時たま、制圧したはずの後方から攻撃が来ることもあり、予想以上に苦戦を強いられている。


 歩兵隊は戦車隊に追いつこうと後方の敵を殲滅しつつ向かってきているが、なかなか追いつくことはできない。


「こんなに敵兵がいたか?」


 先ほどから疑問に思っていることを口に出した。
 最初はそんなに敵兵の数は確認できなかった。
 しかし、気付けば信じられないような数の敵兵が塹壕に潜んでいた。


「このままでは砲弾の数が足りなくなります!」


 砲手から悲鳴にも似た報告が上がってくる。先ほどから隙を与えず主砲を打ち続けている。


(将軍、どうなさるおつもりですか!)


 後方のグデーリアンに向かって胸中で疑問を投げかけた。






「まずい!このままでは戦車隊が壊滅してしまう!」


 グデーリアンは機動力を頼りに突破していったのが失敗であったと今更ながら後悔していた。
 後方に機動力を持ってして戦車隊のみを敵陣後方にまで進行させ、歩兵隊や別の師団と連携を取って敵を包囲するつもりが、逆に戦車隊が包囲される危機に陥りつつある。


 さらに戦車隊の中には弾薬切れの車両も出ているらしい。


 先ほどから事の近況を司令部に報告しているのだが、しばらく持ちこたえよとの指示ばかりであった。


 歩兵隊は未だ、戦車隊の3kmほど後方で敵の殲滅戦を行っており、救援にいける状況ではない。
 砲兵隊は射程範囲外である上に超近距離戦闘になっていることから、同士討ちの危険があるため砲撃はできない。


 最早、戦車隊は袋のネズミであった。


(もうだめか……)


 そう思いかけたときである。


「将軍、司令部より入電です!」


 通信手が大声をあげた。
 その声にグデーリアンはすぐに反応した。


「なんと言ってきている!」


「第5師団と第6師団が敵の殲滅に成功し、我々と合流すべくこちらに向かってきているそうです!」


 そう言っている内に敵の兵士が徐々に後方に下がり始める。
 恐らく、左右の味方が殲滅されたことから前線を下げ、戦況を立て直すつもりなのだろう。


 その直後、右と左から砂埃を上げつつ接近してくる第5,6師団所属の戦車隊が見えた。


 待ちに待った救援の到着であった。



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