魔法の世界で、砲が轟く

spring snow

第二十九話 熊は巣穴に入った

 偵察隊の指揮を執っていたミハエルは、司馬懿から撤収するよう命じられていた。
代わりに来た別の偵察部隊と敵の監視の任務を交代して、後方に下がったミハエル達は別の任務を言い渡された。
 その任務は、敵の騎馬隊の馬たちを逃がすことが目標であった。
 接近中の敵は恐るべきことに騎馬隊のみであるらしい。普通であるならば、歩兵や弓兵などから編成される。


 騎馬隊は突進力はきわめて強いが、馬の育成などに金が掛かるなど、欠点も存在する。また、騎馬隊に対する戦法も存在するため、バランスよく編成するのだ。


 しかし、今回の敵はそのようなことも気にせずにこのような部隊を編成した。つまり、戦闘とは別の任務を担っていることは間違いない。
 ならば、我々はその目標を頓挫させるために敵の馬を逃がすことは、一般将兵のミハエルですら考えることであった。
 この作戦を行うために、一時的に味方敵の変装をするため攻撃しないよう厳重に注意されていた。これらの見分け方は、敵の野営地にいるかいないかで見分けが付く。
 ミハエル達はトーチカの一つに身を潜めている。
 全ては、敵をだましきれるかの一点に掛かっていた。




 司馬懿は、今まで負けることなど考えたことはなかった。負けたとしても、致命的な負けは絶対にしないようにしていたし、しなかった。


 理由は簡単。


 自分は常に敵より優勢な兵力を使い、敵を上回る策を出していた。
 それは軍師として当然の行いである。
 軍師というのは、仕える国をどんな手を使ってでも勝たせるのが役目だ。
 その任務を遂行する上で、万が一という言葉は極力なくさなくてはならない。万が一があっては、国が滅びるのだ。
 そんな言葉を昔の自分なら言ってのけたであろう。
 しかし、今は敵より圧倒的に少ない兵力で、ここで負ければ自分の主達は滅びる。
 それは、今までに経験したことのない次元の戦いであった。


 しかも、この作戦は当たれば勝利間違い無しだが、外れれば負けが確定するという大博打な作戦であった。できることなら避けたい作戦だが、これ以上の策を司馬懿は見つけることができなかった。
 兵力の他にも司馬懿を心配させる要因がある。


 それは、魔法であった。


 前世の世界では魔法なんてものは存在していなかった。
 しかし、この世界には存在する。
我々の世界では飛び道具として弓や弩、攻城兵器の霹靂車ぐらいしか無かった。
 しかし、この世界には魔法による飛び道具も多く存在する。つまり、様々な戦術を行えると言うことだ。それがどこまで行えるのか検討が全く着かないために司馬懿は不安なのだ。
 その不安をバレないよう、感情を押し殺しながら司馬懿は森を抜けた敵の騎馬隊を見つめていた。


 そして、時は戻り、マック達が寝た頃の時間帯にまで進む。


 味方から相変わらず無線連絡が逐一入ってくる。
 ミハエルは作戦開始の一報を待っている。喉がひどく渇き、水筒が手放せない。
 これは、ミハエルに限った話ではなく、誰もが戦闘の直前というのは極度の緊張に達するために、洗面器の水ですら飲んでしまうそうだ。
 そんなミハエル達の無線機にさらなる一報が入った。


「熊は巣穴に入った。繰り返す、熊は巣穴に入った」


 これは作戦開始命令の暗号であった。
 ミハエル達は直ちに装備を担いで、トーチカを静かに出て行った。


 敵の陣地は全体的に丸く設置されており、味方がいると信じて疑っていないのか歩哨すら立っていない状況であった。
 司馬懿の策は見事に当たった。
 しかし、ミハエル達にとってここからが本番である。
 敵の兵士に見つからないよう草むらに隠れつつ、敵が馬を止めている場所にまで移動した。
 馬の場所はもともと、味方の偵察隊から連絡が入っており、敵の陣からそう離れていないそうだ。
 言われた地点まで行くと今までに見たことのないような数の敵の馬が並んでいた。
 そこで、ミハエル達は直ちに馬を繋いでいる縄の切り離しに掛かる。


 丁寧に馬に暴れられないよう静かに一頭一頭の縄を切り離していくミハエル達。
 この時、200人近い兵士が作業をしていた。
 敵の馬は兵士と同じ数。つまり2万頭いるため、想像以上に時間が掛かる。
 作業をしていた兵士達はバレた時に起こる最悪の事態を考えて、手を震わせながら切っていく。






 ようやく、作業を終えたとき、どこからか重々しくも頼りあるエンジン音が聞こえてきた。
 それは、敵にあの世への片道切符を渡しに来たグデーリアン戦車隊のエンジン音であった。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品