陽光の黒鉄

spring snow

第51話 急降下爆撃

 マイケル達の機体の周囲に黒煙が吹き出し始める。敵艦の対空射撃なのであろうが、その激しさは思ったほどではない。そもそも大規模な海上兵力に対し大規模な航空兵力が本格的にぶつかった初の戦闘だ。おそらくは今まで対空射撃なぞ想定したことも無かった艦艇ばかりであろう。
 日本艦隊の対空射撃がそれほど協力ではないのはやむを得ないことであったろう。それでも日本海軍の対空砲火に捕らわれ火を噴かずとも白煙を上げながら高度を落としていく機体が何機いた。


「ドック二番機、被弾! 離脱する!」


「イーグル三番機、敵機撃墜!」


「おい、そっちはだめだ!」


「助けてくれ! 完全に背後を取られた!」


 無線機からは様々な会話が聞こえてくる。中には味方の機体が落とされたと思われる爆発音や敵機の機銃弾を被弾したのか会話途中で途切れるものもある。
 上空というのは逃げ場がない。一度火を噴き消火できないと燃えさかる棺桶に閉じ込めれたも同然だ。助けなどない。助かりたければ自分で一機でも多くの敵を落とし、生き残る確率を高めるしかない孤独な戦闘だ。
 ある意味その点では海上の艦艇の方が恵まれているかもしれない。
 そんなことを考えながらもマイケルは周囲への警戒を怠らない。ジョンはまもなく急降下軌道に入るために操縦に集中している。敵の発見が一秒でも遅れれば、火を噴くのはマイケル達の番だ。


「敵機!」


 自分たちの機体の五時上空だ。敵機はこちらめがけて真一文字に突っ込んでくる。


「落ちろ!」


 敵機に標準を合わせ、旋回機銃の引き金を引き続ける。ドンドンと頼りがいのある発射音が響き、薬莢が機外へと飛び出していく。装備しているのは7,62ミリブローニング重機関銃だ。機関銃では決して大きくは無いが、敵の牽制程度にはなる。
 しかし、敵機はヒラリヒラリと蝶のように華麗に躱していく。
 周囲の機体も敵機に気づいたようで何本かの射線が一機を目指し、伸びていく。だが、敵は一向にひるむ気配は無い。まっすぐにマイケル達の機体めざし突っ込んでくる。
 最初こそ遠くであったため、詳細までは分からなかったが急速に距離を縮めることでパイロットの顔まで認識できるほど近づいてきた。
 戦闘機と言うにはあまりにも華奢なその機体はどちらかというと偵察機といった方がしっくりくる。アメリカの戦闘機はどれもがいかにも頑丈そうな機体でまさに戦闘を意識したボクサーのような構造をしている。だが、日本軍機は全体的にほっそりとした機体で機関銃の一連射で落とせそうなほどだ。しかし、この機体が先の戦闘で合衆国の数多の機体をたたき落としたのだ。
 パイロットは口元をマフラーのような物で覆っており表情は伺うことはできない。逆にそれがどこか人間離れした恐ろしさを醸し出していた。


「く、来る!」


 彼は思わず叫んだ。
 しかし、彼が思い描いたような未来は起きなかった。味方の射線が敵機を絡みとり、瞬く間に火を噴いて落ちていったのだ。おそらくはエンジンないしは燃料タンクに被弾したのであろう。それにしてもあまりにもあっけない最後に彼はしばらくの間、落ちていく敵機を見ていた。


「マイケル! 急降下を始める、舌をかむなよ!」


 ジョンから声をかけられ、はっと我に返り周囲を慌てて見渡した。最初は周りにいた5機の機体が、今では3機にまでその数を減らしている。
 仲間の死を悼む暇は無い。ここで自分たちが落とされれば彼らの思いが無駄になる。


「はい!」


 マイケルの返事を待っていたかのように機体は急降下を始めた。体に浮遊感を感じ、内臓が持ち上げれる感覚がする。機体の速度計はぐんぐんと上がっていき、時速600キロを超えんとしていた。見る見る海面が迫ってきて敵艦の姿もふくれあがっていく。


「まだだ、まだだ!」


 ジョンは自分に言い聞かせるように呟く。マイケルの目線は後ろを向けないため、どんな艦を狙っているのかは分からない。しかし、周囲におこる対空砲火の黒煙の量から見て大型艦であることが予測できた。そのうちの何発かは機体のすぐ近くで炸裂し、機体を激しく揺らす。機体内に激しい金属音が響き、今にも落とされるのでは無いかという思いが頭をよぎる。


「投下!」


 そんな思いはそこで途切れた。ジョンの言葉を聞いて身構えた。この後やってくる衝撃に備えているのだ。
 機体が急激に引き起こされることで体にものすごいGがかかる。まるで体を万力で締め付けられるようだ。視界の端にブラックアウトの兆候である黒い影が迫るがなんとか気を保たせ、自機が放った爆弾の機動を見る。
 狙ったのは戦艦のようだ。巨大な砲塔が前と後ろに二基ずつ付いているのが見えた。艦上構造物の周囲から猛烈な対空砲火を打ち上げている。
 自機の放った爆弾は敵艦の全部にあった砲塔脇に命中。周囲にいた多数の兵士を吹き飛ばすのが見えた。


「命中!」


 体に押しかかるGに耐えながら怒鳴った。だが、脳内ではあれで敵船艦に致命的なダメージを与えられたとは思えなかった。


「よし。マイケル、帰る……」


 ジョンがそこまで言ったときのことだ。
 マイケルは何が起きたのかは理解できなかった。目の前が急に真っ赤に染まり、視界は急速に漆黒に塗りつぶされていった。
 秋月型が放った高10センチ砲弾がマイケルの機体に命中。これを爆散した瞬間であった。

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