陽光の黒鉄

spring snow

第16話 日米戦艦の激戦①

「っ! 敵の増援ね!」


 思わず長門は唸った。彼女は頭や脇腹から血を流してはいるものの戦闘に直接的な支障が出るような場所への被弾はない。強いていえば後部艦橋を失ったくらいだ。


 しかし、敵に増援が来たのはあまり嬉しくは思えない。


(ただ、あの作戦のためだもの)


 長門はそう心中で呟き、ぐっと拳銃を握り敵を見据えた。敵戦艦ももう少しで戦闘力は失われるとみた。


「撃て!」


 そう叫び、撃鉄を下ろす。


 四十一センチの巨弾が八発、敵戦艦目掛けて飛翔していく。
 長門が撃った直後、敵戦艦も発砲し戦場に互いの砲弾の飛翔音が奇妙な調和した音を奏でつつ、飛翔する。


 先に着弾したのは長門の砲弾だ。
 敵戦艦の周囲に白い壁を作り出す。


 直後、今度は長門の周囲に水柱が出現する。


「ぐあっ!」


 長門の足に鋭い痛みが走る。


 見ると艦尾付近から真っ赤な火炎が出現し、黒い煙を上げている。


「航行関連に支障は無いわ……」


 足が動くことから戦闘航行に支障の出る部分に被弾はしていないことを確認し、一安心してから自分の敵艦の様子を確認する。
 しかし、その視界もまた白い壁でふさがれる。


 どうやら敵の増援は長門を狙ってきているようだ。


「敵の増援は二隻。艦種は……、メリーランド級か」


 陸奥からの通信で敵情がはっきりと分かった。


「それにしても主力艦をこちらに向けるとは敵は相当、こちらを警戒していると見うる」


「そっちの方がありがたいわね。向こうに戦力が多いと困るもの」


 そう言いつつ、主砲を放つ。


「あ、そうそう敵艦の速力が落ちてきているわ。おそらくは機関室か煙路にでも砲弾が命中したのだろう」


 長門に念話で伝えてくる陸奥の声に雑音交じりに聞こえてくる。
 おそらくは砲撃をしながら連絡を行っているのだろう。


 器用なものだと感心しながら、返答しようとすると観測機から連絡が来る。


「命中弾は四ね。かなり当たったわね」


 命中弾と視界で捕らえた敵艦の様子を見て今後の戦闘を考える。
 敵艦アリゾナの様子は艦上には火の海が広がり、艦橋は辛うじて原形をとどめているものの気息奄々といった状況であった。誰の目に見ても戦闘力は無いことは明らかであった。


「分かったわ。ならば、それ以上攻撃する必要は無いわ。陸奥、あなたは敵の増援の二番艦を狙いなさい。私は一番艦を狙うわ」


「最初の目標はどうするの?」


「あの様子では近いうちに沈むわ。そんなことよりも早く狙わないと敵艦から報復を喰らうわ」


 この会話の間にも敵艦の砲撃は降り注ぐ。今のところ、有効弾は出ていない。しかし、弾着は明らかに近づいてきている。もたもたしている時間は無い。


「了解」


 直後、後方が光る。陸奥が測的を完了させ、砲撃を行ったのだ。おそらくは長門の砲撃と最初の敵艦の様子を見て、増援艦に砲撃を行った方が良いと踏んで測距を終わらせていたのだろう。


「私も負けていられないわね」


 そう言って、長門も測距を開始する。


 艦橋最上部にある測距儀がレール上を旋回して敵艦の方向を向いて、静かに止まる。


「敵一番艦、測的開始します」


 砲術長が艦長の命を復唱してから、じっと目の前にある双眼鏡に張り付く。その間に、動揺手や旋回手が調整を行い、目標を補足する。


「撃ち方用意!」


 その声で射手が静かに手を引き金に掛ける。


「撃て!」


 引き金を静かに引く。するとその電気信号を受け取った主砲が装薬を引火させ、轟音と共に四十一センチの巨弾を敵艦目掛けて撃ち出す。


 そして主砲の砲身は天を睨んだ状態から一転し、残心を取るかのように静かに下ろす。


 砲員達はその主砲の大きな尾栓を開き、下から上がってきた砲弾を装填。その後、すぐに装薬を装填し、尾栓を閉める。
 直後、敵弾が落下したのであろう。至近弾の衝撃に艦が武者震いするかのように震える。それは着々と大きくなっており、もう直撃まではそう長くはないだろう。


「何となくだが、次は当たる気がするわ」


 長門は訓練を通じて20年以上、この主砲を撃ち続けている。そして15年過ぎた頃から、何となく当たりそうな瞬間というのが分かる頻度が増えてきた。
 その勘が今、働いたのだ。


「我が砲撃を受けてみよ!」


 長門がそう叫んで拳銃の引き金を引くと同時に、主砲が火を噴いた。


















「アリゾナ、応答して、アリゾナ!」


 アリゾナの姉であるペンシルバニアは必至になって念話をアリゾナに繋ごうと試みていた。
 戦闘が始まってから、通信を定期的に送ってきており、途中までは長門型二隻を相手に互角の展開を見せていた。しかし、被弾してからは急激に戦闘力を失っていき、ついに先ほど通信が途絶したのだ。
 沈没したのか、それとも通信設備に被害を受けただけで大きな被害はないのか。戦場から遠く離れたペンシルバニアには何も分からない。
 もう、増援のメリーランド達が到着した頃合いだが、連絡が無い。


 気持ちばかりが焦っていた。


 そんなとき、不意に視界の端に何かが映った。それは水平線の向こうからゆったりと近づいてくる。
 日本海軍特有の仏塔パコダ型の艦橋を持つ艦だ。周囲には重巡のような艦艇も確認できる。
 日本海軍が持つ戦艦は長門型だけではない。
 金剛型、扶桑型、伊勢型。こうした数多くの戦艦がいるのだ。また、日本海軍は近年、未確認の巨大な戦艦を建造中との噂もある。その他の艦は未だ姿を現していない。
 そう考えた直後、敵艦の艦上にパッと光が見えた。どう考えても35.6センチ砲の最大射程にすら届いていない。


「まさか……」


 その言葉の続きの声は聞こえなかった。


 周囲を巨大な飛翔音が圧していたらだ。それは金剛型や他の型が持つ主砲のそれではない。もっと巨大な飛翔音だ。


 そしてその音が耐えがたいまでに大きくなった直後、周囲の海が割れた。


 本当に割れたわけではない。しかし、そう感じさせるような巨大な水柱が周囲を囲む。


「嘘……」


 この時、敵戦艦が35.6センチ砲搭載艦ではないことがはっきりする。と言うことは、自分が重巡だと思っていた艦が35.6センチ砲搭載艦となるとその中央にいる艦はどれほど大きな艦になるのか。


 絶望感に苛まれたペンシルバニアの目に、二回目の敵戦艦の発砲炎が映った。

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