陽光の黒鉄

spring snow

第11話 米艦隊、渦中へ

 米駆逐艦のシムスは戦艦の護衛を行うために爆撃機へ向け対空戦闘を行っていた。


「え~い! 落ちろ~!」


 しかし、その言葉とは裏腹に爆撃機はなかなか落ちない。
 その間にも敵機は徐々に近づいてくる。


「早く、早く!」


 だんだんと言葉に焦りが見え始める。
 他の味方艦も対空砲火を打ち上げるがなかなか当たらない。


(だめなの?)


 そう思いかけた直後、敵機の一機に対空砲火が命中。あっという間に火だるまになり、糸の切れたたこのように落ちていった。


「やった!」


 しかし、他の爆撃機は爆撃進路に入り、次々に爆弾倉を開き何発もの250キロ爆弾をばらまいていった。


「取り舵10度!」


 すぐに指示が出てシムスは左へと艦首を向け始める。その直後、右舷側に着水した爆弾が轟音と共に水しぶきを上げる。


 しかし、交わしたからと言って安心は出来ない。未だ250キロ爆弾は落下中であり、全弾回避に成功したわけではないのだ。


「舵戻せ!」


 右へと曲がっていた艦首が回頭を止め、直進を始める。
 周囲の艦も同様に全力で回避行動をとっており、周囲に激しい水柱を乱立させている。




 やがて全艦が回避に成功したとの知らせが入り、シムスはほっと一息を着いた。敵は恐らく、防御の堅い戦艦よりも防御の薄い駆逐艦の方が被害を与えやすいと考え、こちらに目標を変えたのであろう。


「馬鹿ね、こちらに攻撃を変えれば被害を与えられると思ったんでしょうけど、駆逐艦は小回りがきくからあんた達のように鈍重な爆撃機に仕留められるはずがないでしょう」


 シムスはそんな言葉を帰投していく敵機に向けて放った。


「艦隊旗艦より通達。各艦、隊列を至急組み直し進撃を開始せよ。繰り返す。各艦、隊列を至急組み直し進撃を開始せよ」


 旗艦のペンシルバニアから通達があり、シムスを含めた駆逐隊も隊列を組もうと速力を落としつつ、元の位置に戻り始めた時、突然、後方から腹に響くようなズーンと重い音が聞こえた。
 シムスが驚いて振り返ると後ろにいた妹のヒューズが右舷から膨大な水柱を上げ、傾いている。その直後、巨大な火柱を上げ中央から真っ二つに裂け、急速に沈んでいった。


 あまりに唐突な出来事に唖然として何も言えないシムスに事は起きた。
 艦に衝撃が走り、右腹部に激しい痛みが走ったのだ。とっさに手で押さえたシムスは艦が傾いていくのを感じる。


「ぎょ……魚雷……だ」


 シムスは反射的に自分の身に何が起こったのかを悟った。
 敵が発射した魚雷がシムスの右舷に命中。激しい浸水を引き起こし、艦を傾斜させているのだ。


 右脇腹からは出血が激しく続いており、止まる気配はない。恐らく回復の見込みは絶望的であろう。


「私、ここで死ぬんだ……」


 明確に迫った死という感覚に改めて恐怖を抱いた。ある意味、先に逝った妹のヒューズがうらやましく思えた。
 彼女は恐怖という感覚すら抱かずに死んでいけたであろうが、自分はその恐怖の感覚に苛まれながら死んでいくことになる。


「怖いよ……」


 痛みと恐怖から来る涙をこぼすが、誰もその声に応えてはくれない。聞こえてくるのは乗員の悲鳴と怒鳴り声だけだ。


 しかし、その間隔も長くは続かなかった。
 急速に艦が傾いていき、シムスの意識も徐々に遠のいていく。


「さよなら」


 誰に向けたのか分からないその言葉だけを呟き、シムスは粒子となって消えた。
 直後、艦が大きく傾き水面下へと姿を消した。


 一挙に二隻の駆逐艦を米艦隊は失ったのである。
 しかし、この惨劇はほんの序章に過ぎなかった。




 この時、駆逐隊から離れること5海里ほど戦艦部隊は艦隊陣形を整えようと集まりつつあるときに二隻の訃報が入った。
 直後、キンメルは対潜警戒を厳となすよう各艦に通達する。
 しかし、爆撃を受けた直後であり、米艦隊は陣形すらまともにできあがっていない。さらに失われた二隻の駆逐艦への救助の連絡も入り乱れ情報が錯綜し、現場は大混乱と化していた。


 その時、ペンシルバニアは混乱をどうにか鎮めようとと試みていた。


「第三駆逐隊は直ちにシムスとヒューズの乗員の救助に向かいなさい! 良いわね、これ以上のことを言わないわ。これを最優先に動きなさい! 他の駆逐隊は隊列をまずは組んで、それから対潜行動に移りなさい!」


 そんな努力が功を奏してか混乱は落ち着きつつあった。


 その時、突如見張り員が叫んだ。


「本艦、右舷3ポイント30ヤード付近に魚雷4本! 放射線状に広がりながら向かってきます!」


 その絶叫にも似た声を聞いた瞬間、ペンシルバニアは確実に艦の回頭が間に合わないことを悟った。


「総員衝撃に備えよ!」


 艦長も間に合わないことを確信し、被害を押さえることを選択した。


 ペンシルバニアはぎゅっと目をつぶり、来るであろう衝撃を待つ。




 そして今までに経験したことのない衝撃が立て続けに襲ってきた。

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