紫陽花の咲く庭で

ラテリ

ある梅雨の日


ザーーーー

雨の音がする。
少し暑い梅雨のある日。

(うーん)

眠い目を擦りながら時計を見る。
目覚ましをセットした
時間よりも少し早い。

妙に目が冴えていた。
二度寝も考えたが、できそうにない。
仕方なく起きて、学校に行く準備をする。

紫陽花の花が咲き誇る季節。
傘を差しながら学校に向かう俺。

(そういえばもう1年か)

初めて咲に触れた日。
柔らかくて頭がどうにか
なりそうだったあの日。

あの時は絶望しかなかったけど。
今も咲は生きている。

(ほんとによかった)

余命を乗り越え、幸せな日々。
同級生たちにいじられながらも
関係は上手くいってる。

今日も咲と会えて、話せる。
それだけでもう最高だ。

「おはよう」

そう言いながら、教室のドアを開ける。
いつもなら咲の返事が
返ってくるのだが・・・。

(だれもいない)

教室には咲や他の同級生が
いなかった。

そういえば、
いつもより早く起きたんだった。
そりゃあ、だれも来てないか。

適当な席に座って携帯ゲームの
スイッチをオン。
咲から借りてる本も読みたいが、
今はこっちをやりたい。

ゲームをしてると徐々に教室が
騒がしくなっていく。
ホームルームが近づいてる証拠だ。
だがしかし。

(咲が来ない)

普段なら早めの時間に来てて、
読書している。

俺はスマホを取り出し、電車が
遅れてないか見る。
・・・別にいつも通りのようだ。

(どうしたんだろうか)

今日休むとは聞いてない。

「おはよう。大丈夫?」

と、咲にメッセージを送る。
ひょっとしたら、寝坊とかしたのかも。
あ。

「彩、咲しらない?」

ちょうど、彩が通りかかった。
何か知ってるかもしれない。

「知らないよ。
いないってことは休みじゃない?」
「なんも連絡ないんだよな・・・」

彩は少し笑いながら

「そんな何日も音信不通とかじゃ
ないんだから。心配しすぎ」

そう言って、俺の肩をポンと叩いた。
いや、たしかにそうだ。
病院とかにいってるのかもしれない。

「それもそうか」

不安ではあるものの。
今は返事を待とう。


午前の授業中。
珍しく彩がスマホをいじってた。
そしていきなり立ち上がった。

「先生。急用ができたので帰ります」
「え?あ、ああ」

優等生のいきなりの帰宅宣言に
教室はざわつく。
もちろん俺も少し動揺してる。

ひょっとして誰かに身内に不幸でも?
スマホ見てたってことはそんな気がする。
そんなことを考えてると
いきなり腕を引っ張られる。

「いこう、切」
「え?俺?」

なんでかはわからない。
だけど彩はかなり慌ててる。

「いいから!
駅に向かいながら話すから!」

彩がこんなに動揺してるのは
初めてみた。
俺は軽く荷物をまとめ、
後ろ髪をひかれる気分で教室を後にした。


「で、どうしたんだよ」

雨が降る中、俺と彩は駅まで
早歩きで向かってた。

「咲が危ないって」

その一言に耳を疑った。
危ない?いまさら?
昨日までいつも通りだったのに?

「咲の母親から連絡があって、
もしかしたら・・・。
だから来てほしいと」

絶句。
もしかしたらってなんだよ。
そんないきなり。

とにかく今は咲の近くにいたい。
信号がうざい。
電車の待ち時間が長い。
早く茅ヶ崎へ。
あの病院へ。
雨が降る中、濡れながら走った。
なにかの映画の主人公みたいに。
ただただ、大丈夫って言い聞かせながら。

病院についた。
入口にいた知らない女性に
話しかけられた。

彩と知り合いのようだ。
何か話して、すぐに歩きだす。
よく見たら咲に似てる気がする。
ああ、もしかして、咲の母親か。

一緒に階段を登る。
病院の匂いがする。
あの日、奇跡が起きた日と同じ匂い。
ある部屋で前を歩いてた2人が止まる。
彩が部屋のドアを開けると、
咲がベッドで横になってた。

「咲・・・」
「切くん・・・」

咲の声は小さかった。
少し苦しそうだ。

「だ・・・」

大丈夫?って聞こうとしてやめた。
大丈夫なわけないだろって。

「ごめんね・・・。
急に悪くなって・・・」

咲が謝ることなんてないのに。

「なんか、もう・・・
ダメ・・・かなって」

泣きながら咲はそう言う。
諦めてほしくなんかない。
あの日、約束したように。

「そんなこと言うなよ」
「わかるんだ。ああ、私・・・、し」
「やめろ!」

死ぬんだなんて言ってほしくない。
例えそうだとしても。
最後の最後まで。
生きる前提でいてほしい。
咲の手を握る。
温かい。

「大丈夫だって。
俺がそばにいるから」
「ありがとう。
・・・あのね」

咲は深呼吸して言葉を続ける。

「紫陽花、もう1回見たかった。
切くんと・・・もう1度・・・」

咲は目をつぶった。
冗談だと思った。
いや、思いたかった。
でも、手が冷たくなっていく気がした。
言葉が出なかった。
泣く以外のことができない。
もう、それ以外何もない。

咲は、死んだんだ。

・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・

ハッと目が覚める。
そこは病室ではなくて、俺の部屋。
見慣れた景色にいつもの匂い。
徐々に頭がはっきりとしてくる。
さっきのは夢?
今日は少し暑い梅雨のある日。
外は雨が降っていた。

(さっきと同じだ・・・)

怖くなった。
現実がわからなくなってる。
俺はすぐ学校に行く準備をした。
駅まで走って電車に乗る。
早く二宮に着けと思いながら。
スマホで連絡をとればきっとすぐ
夢ってわかるんだろうけど。
怖かった。
もし返ってこなかったらと思うと。

二宮から学校までもダッシュ。
学校に着いたらすぐに教室に向かう。
・・・さすがに早く
着いたから誰もいない。

ここまで同じだ。
怖い。
もし咲が来なかったら?
あれが夢ではなかったら?
俺、震えてる。
余命のことを知った時も怖かったけど。
それ以上に。

気が狂いそうだ。
咲を失うのは嫌だ。
もう、
あの笑顔が
あの声が。
無くなるなんて耐えられない。
どうか、どうか。
夢であるように。

その時、ドアが開く音がした。
すぐにドアの方を向く。
そこには、咲がいた。
立ってる!
動いてる!!
笑ってる!!!

「私より早いなんて珍しい!
おはよう~切くん」
「お、おはよう」

嬉しかった。
嬉しすぎて咲に抱きついた。

「え?え!?
ど、どうしたの?」
「嬉しくて・・・」

俺、泣いてる。
あれは夢だったのに。

事情を話すと咲は笑いながら
俺の頭を撫でた。

「嬉しい。
そんなに私のこと想ってたんだって」
「そりゃあ・・・」

大切な人だから。
でも、そうなんだ。

余命が無くなったといっても。
明日、咲が生きてるなんて保証はない。
仁みたいに恩返しする前にいなくなる
事もあり得るんだ。

失った後にそれに気づいても絶対遅い。
そう考えると、
あの夢は悪夢ではないのかもしれない。

どんなに頑張っても。
「その日」はいつかやってくる。
1日1日大切に・・・というより。
後悔しないようにしよう。
余命と戦ってた日の想いを
忘れないようにしよう。

咲の笑顔を見ながら、
強く強く決意した。

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