化学の女先生。

アビコさん。

化学の女先生。



ああ、いつ見ても胸が高鳴ってしまう。


高校3年の夏。もう受験に向け、同級生たちは志望大学への勉強で必死こいている。しかし、自分はといえば、学内の定期テストをくぐり抜ける事に必死でそれどころではない。残念ながら、僕の目標は学校の卒業だ。尾崎豊ではないが、この支配からの卒業を今最も望んでいるのだ。


しかし、僕はそのことすらままならない。化学のテスト成績はいつも最下位近辺。幾ら、範囲を習おうとも、なかなかに僕の軟弱な記憶力は役立ってくれない。頭の隅に元素記号を並べておくことがとてもツラい。
しかしだ。僕はそれでもあまりへこんではいない。なぜなら化学の教師がとても美しく、いつも見とれてしまう程だからだ。周囲のものはそのことにあまり気がついていないのだが、まだ十七年ほどしか生きていないが僕の最高の理想の女性像であった。汚い話ではあるが、その女性教諭のことを若干性的倒錯を含んだ目で見てしまうことも多少あった。
ある日、その彼女が学校の近辺で変質者に、その身につけている黒のストッキングを売ってくれないかと言われたという話を聞いた時は、胸が高鳴り頭が熱くなった。僕の大切な先生にそんな事を言った輩がいるのかという苛立ちと、その瞬間に立ち会い、彼女の表情をじっと見つめていたかったという歪んだ欲望が渦巻いた。
いや、正直なところ、羨ましかった。自分も先生にそのような事を言ってみたかった。しょうがないわね、ともしかすると脱いで渡してくれたかもしれない。もしかすると、なら脱がせて、と自分に身を委ねてくれたかもしれない。真夏の冷房機器がガンガンに聞いている教室の角の席で、講義も聞かずにずっとそのことを考えていた。そんな奴とは自分は友達になりたくないなと感じる。しかし、しょうがない。それが自分であり、また、高校生の男というものはそんなものなのだ。


そんな事ばかり考えているものだから、またしても化学の定期テストはかなり芳しくない結果となった。
テストの点はクラスの誰にもとても見せられない。だが、いつもの事なので大して気にもとめてはいなかった。むしろ、そのことにより、嬉しい事態となった。


先生が特別に、最下層の点数を叩き出した数名に向けて、放課後、講義を行ってくれるそうな。
これほどまでに嬉しいイベントはなかった。僕を含め6名ほどしかいない。先生と多く話せるチャンスではないか。日頃、控えめな性格であり、また、勉学も運動も出来ない自分には何も自信が無かったために、気配を消して生活していた。しかし、ここぞとばかりに、たくさん話してやるぞと、もう、それはそれは楽しみであった。
放課後になると、誰よりも先に教室へと向かい、先生を独占してやろうと考えた。
急いで教室に入り、中を見回すと先生の姿はなかった。その教室は実験室で、奥の扉の方に実験機材やら薬品やらが並べてある、倉庫のような部屋が併設されている。
そちらにいるのかもしれないと、入ってみると、僕の予想通りであった。


先生はこちらに背を向け、椅子に腰掛け、何やら書物をしていた。
その後姿に僕は大変な満足を得た。誰にも見せる予定ではなかった、その後姿を僕だけ早く来たことにより見ることが出来た。そしてまた、その日は黒のストッキングを履いていた。あの日の話を思い出し、ここで、僕にそのストッキングをくださいという衝動にかられた。
「次のテスト頑張るって約束してくれたらあげてもいいよ」そう言ってくれるのではないかと、妄想に耽った。


そんな事を考え、話しかけずにぼーっと立っていると、先生は僕の気配に気が付き振り返った。
「あ、早いね。ちょっと待っててね。」
そういい、ニコリと僕に微笑みを投げかけてくれた。


それだけで僕は満足であった。
先生と結婚したいと僕は思った。





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