転生者よ、契約せよ。3 『かぐや姫の世界にて』

ソリィ

転生者よ、契約せよ。3 『かぐや姫の世界にて』

「【門よ、開け。我らを別世界に誘う門を――】」
リアの詠唱で、現れた門。月を連想する薄い黄色のナニカで出来た門で、ぴっちりと閉まった門扉には、十二単の女性と満月が彫られていた。
「かっこいいー!かっこいいぞリアねぇ!」
「まあ、演出が凝ったやつになるようにアレンジしたからね」
説子の賞賛に、当然よ、といった風情で平然とした様子を見せるリア。
「魔術の改変は、私の出身世界では伝説というか御伽噺というか、そんなレベルのものだったわ。それを片手間で済ませるリア姉さんは凄いわよね…」
「あ、クーねぇが令嬢モードになってる」
「し、指摘しないでよ~! ちょっと緊張――ごほん、練習してるだけなんだから!」
「うんうん、練習してるんだな」←信じてない顔


「セツ、クー、そろそろ行くわよ」
「分かった、リアねぇ」
「はーい! かぐや姫の世界、楽しみだねー」
ずずずず…と音を立てて扉が開き、3人は光に包まれた。


***


視界が回復し、まず目に入ったのは大きな屋敷。
その屋敷の庭で、十二単の女性が月を見上げてはらはらと涙を溢していた。


「かぐや姫か?」
「かな?でもなんか、少し様子が変だね」
「そうなのか?」
「涙を綺麗な容器に入れてる。体内には魔力が無いけれど、涙の雫に少し魔力を感じる。特殊体質っぽいけど、立派な魔術師だね、彼女」
「え!?」


「リアねぇ?どうしたんだ?」
「あの子がかぐや姫…。……月の名を与えた眷族が、こんな所で血を繋いでいたなんて」
「????」
どこか寂しげに呟くアンリーアに、説子は意味が判らず、魔法で頭の上に疑問符を浮かばせる。
「リア姉さんは、眷属…子供のような部下のような、誓約で結ばれた関係性のヒトは数人居たみたいなの。私がリア姉さんの妹になった時には、皆命を落としてしまっていたから、会った事は無いんだけどね」
「そうなのか…」


「あの子…かぐや姫は、ルナリィ――私の眷属で、珍しい属性を持っていた子の、遠い子孫ね。中途半端に先祖返りして、あんな感じの体質になったようね。魔力は髪や涙にしか宿らないけれど、ルナリィも持っていたあの属性はしっかりと受け継いで、血の本能か間違った使い方をしている様子も無い」
「やっぱりあの子がかぐや姫なのか!」
「シッ!声が大きいわよ。あの子には遮音ぐらいの簡単な魔術は効かないと思うわ」
「えっ…」


「あの…誰かいらっしゃるんですか?」
「ほら、気付かれた」
「リア姉さん、折角だし挨拶してみたら?」
「そうね…」


「隠れて見ていてごめんなさい」
まず、アンリーアがかぐや姫へ姿を現し、月明かりの中でオーロラのような自らの髪をさらした。
「私はコハク…貴女の先祖、ルナリィにコハクと名乗っていた者よ」
「コハク……偉大なる先祖琥珀月こはくづき様が仕えた不思議な色彩の主ですか!?」
「…あの子、そんな風に名乗ってたのね」
「わたくし、つき様が見守ってくださっているというあの月に行きたいのです!」
「え…」
「わたしの家に伝わるの琥珀月様の伝承には、見た目がずっと変わらない月様を恐れた時の権力者が煽動した結果、月様は月に逃げるように移動し、連れて行けなかったわたしたち一族を見守ってくれている、とあるのです!だから、涙を貯めて材料を集めて、絶対に月に行って琥珀月様に会うため、色々奔走しているのですっ」
必死に訴えるかぐや姫。


「リア姉さん、わたし、ルナリィさんに会えるなら会ってみたい」
「私もだ。リアねぇ、この人と協力して、会いに行ってみたらどうだ?」
「そうね…。そうしましょう」
「ほ…本当ですか!? ありがとうございます!」
目尻に涙を浮かべ、かぐや姫は感激した様子を見せる。
「私…コハクとルナリィ…月はね、強固な主従関係にあったわ。まだ私が未熟だったから、世界を超えた絆を結ぶのは難しかったのだけれど、」
「逆に言えば、同じ世界に居れば絆が作用する、という事だね」
クーがリアの話を引き継ぐように話し、同意を求めるようにリアを見上げる。
「ええ、そうよ」


「ちょっと良いか?」
「どうしたの?セツ」
「絆とは何だ?多分だけど、魔術的な単語なのだろう?」
「絆って言うのは、眷属とその主の間で結ばれるパスの事。主が眷族の大まかな位置を探れたりするの。同一の世界に居れば位置を探れるようなパスを結べるのは、私の世界では一握り。一流の中の一流と言われる人にしか出来ない事なんだけどね」
「なるほど! クーねぇ、解説してくれてありがとう」
「ふふ、どういたしまして」


「…と、言う事は、りあ様には月様の大まかな居場所が解るという事ですか!?」
「そういうことね。あ、言い難ければ琥珀様か虹様か、言い易い呼び名でも良いわよ。どうしてもと言うならアンリーア様でお願い」
「あんりーあ様。…ちょっと言い辛いので、琥珀様と呼ばせてください」
「ん、了解」


「それでリアねぇ、ルナリィ、さん?はどこに居るんだ?やっぱり月か?」
「…月では、無いわね」
「え、ええ?」
「うーん…。貴女、何か先祖代々伝わるモノ、持ってたりしない?」
「月様が子供の中で最も能力に長けた方に渡し、代々、一番月様の力を受け継げた者に引き継がせていくようにと命じたペンダントを、首から下げていますが…」
「それね」
「はい?」
「まさか、そのペンダントにルナリィさんが居るのか?」
「ええ。当主…かぐや姫が言っていた「ルナリィの力を一番受け継げた者」の事ね、その子の危機に反応して、一時的に肉体に憑依し、ルナリィの能力を貸し与えるようね。それ以外の時には眠りに就いて居るわ。でも、冬眠とも言える方法だけれど、ちゃんと生きているわ」
リアが微笑みを浮かべてそう話すと――
「じゃあ、私が良い感じの危機になれば…」
良い事思いついた!といった様子でかぐや姫が馬鹿な事を言い出す。
「この子突然阿呆な事を言い始めたわよ」
「何馬鹿な事宣たまってるんです、この子?」
「かぐや姫、あんたは馬鹿なのか?リアねぇ、どう思う?」
「馬鹿ね」
「なんで私いきなり罵倒されてるんですか?」
「阿呆な事を言い始めたからに決まってるじゃない」
「リアねぇにかかればルナリィさんは目覚めるに決まってるからだろう」
「リア姉さんにかかればそのルナリィさんは目覚めるに決まってるじゃないですか」
「息ピッタリ!?」
「あと、前に話を聞いた感じ、その人、重いぐらいの忠誠を向けて来る忠犬ちゃんだったみたいですし、リア姉さんが呼べば飛び出してくるんじゃないですか?」
「周辺状況の把握とかは寝てるんだし働いてないはずなんだけど…、確かにそうかも」
「リアねぇも認める忠犬、か…」
「多分子孫を見守ってるのも過去の私の発言のせいね」
「へえ、そうなのか。というか、お陰じゃなくてせいなのか?」
「ええ。そうじゃなかったら命を削ってでも私の元へ帰るか迎えに来てもらうかする手段を実行するでしょうからね。死ぬなとも言ってあったはずだから…あ、もしや一石二鳥って感じのノリでああ石の中に意識だけにああなってるのかしら。思いついて小躍りしてる風景が目に浮かぶのがなんともアレだけれど」
昔を懐かしむような表情でリアは語る。


「月様に会いたいんです!月様に会えるのならなんでもします!だから月様を目覚めさせて!」
必死な様子でかぐや姫はアンリーアに縋りつく。
「なんか質問したい事でもあるの?」
「…あ、はい。そうなんです」
リアの平然とした様子に釣られたのか、落ち着いた様子を取り戻したかぐや姫。
その返答を聞いたリアの脳裏に、選択肢が浮かんだ。


〈返答、この場合はどれが良いかしら。
1.「なら私に聞いた方が早いわよ」と言う。
2.「なら納得するまで質問出来たら、って言った方が良いわよ」と忠告する
3.「ああ、そうなの」で終わらせ、言質もあるしとがっつり毟り取る〉
念話(テレパシー的な、声に出さずに特定の相手と遣り取りする手段)でリアが問い掛けた。
〈1が良いと思うぞ〉
〈わたしは2かな。1だとまた長引いて変な方向に会話が突っ走って行きそうだし〉
〈あ、それがあった。やっぱり2で〉
2人とも『2.「なら納得するまで質問出来たら、って言った方が良いわよ」と忠告する』を選んだ。
〈そっか。2人とも有難う〉
それを聞いて、リアは念話を終了した。


「月様に、会わせては、くれないのですか…?」
「ううん? 納得するまで質問出来たら、という条件を追加しとかないと、『なんでもする』っていう言葉を言質に取って悪用するような悪い奴らが居るんだから、って注意するべきかと迷っちゃって。貴女、見た目からして成人しているでしょう?だから怒らないかと悩んでいたの」
「そうなんですか…!断られそうな訳じゃなくて、良かったー…!」
「そう。じゃあ呼ぶわねー」
「あ、はい!」
期待する様子でそわそわと待つかぐや姫。


「ルナリィ!主が来たわよー!起きなさいー!」
『主様!? 本物の主様だー!会いたかったよー!』
ぶわっと光が舞い散り、飛び出して来たのは、美しい月色の髪と瞳の小柄な少女。耳が尖っていて、森色の髪と瞳が特徴であり、数百年生きると言われるエルフである事が窺える。
「…うわ、本当に飛び出して来たぞ」
「…提案したわたしもビックリです。――っていうか、少なくともわたしの出身世界だとエルフって森っぽい色と髪と瞳のはずなんだけど…」
「クーねぇが産まれた世界とは別の世界で眷属にしたのか?」
「――いいえ、違うわよ。クーの出身世界と同じ世界出身のエルフよ。特殊な体質で、それが髪と瞳の色に反映されているだけの、ね」
「それ、もしかしてリアねぇのせいか?」
「違うわ。彼女は産まれた時からあの色だったの。それで親に捨てられてしまってね…。あちこち放浪してた私がその特異性に目を付けて眷属にしたのよ」
「へえー…」


リアがルナリィについての説明をしている一方。
かぐや姫はキラキラとした眼差しでルナリィへ質問をしていた。
「琥珀月様の真の名はるなりぃ様とおっしゃったのですね!」
「そうだね。主様に聞いたの?」
「ええ、琥珀様のお仲間の方が月様をそう呼んでいらしたので。代々の当主に伝わる家宝に宿られ、危機を救ってくださるなんて、とても素敵です!」
「そう?」
「ところで、私のこの体質は――」
「私の子孫だから」
「あ、やっぱりそうなんですか…」
「…?」
「私、他の妖術師とは全然違って。月様の子孫にも、こんなに濃く血が出た者はもうらず、腫れ物に触るような、珍獣を見るような扱いを受けていたんです」
「そうなんだ」
「だから、この体質を治す、いえ、普通の妖術師と同じように振舞えるようには、どうすればなれるのでしょうか」
「無理」
「なれるなら、どんな事でも…って、え?」
「主様に、似た様な事を言った事がある。でも、それは無理ね、って即答された」
「そ、そんなぁ…」
項垂れ、意気消沈といった様子のかぐや姫。
「いや、ルナリィの状況とかぐや姫の状況は別よ?」
アンリーアが現れ、呆れたように話す。
「ほ…本当ですか!?」
「そうね…。仏の御石の鉢と、蓬莱の玉の枝と、火鼠の皮衣と、竜の頸の玉と、燕の子安貝があれば、体質を中和して普通の魔術師となれるブレスレットを作れるわ」
「ええ!?」
「(ひそひそ声で)なあ、クーねぇ。今リアねぇが言ったのって、物語のかぐや姫が5人の子息に要求したお宝だよな?」
「(ひそひそ声で)そうねー…。リア姉さんも無茶言うわよねー。あれって確か、外国の品…現代日本でいう高級ブランドのものとか、伝説上の誰も見た事が無いものとかを要求して、死亡者も出るよのね、確か」
「(ひそひそ声で)そーだったなー…。リアねぇ、ホント無茶苦茶言ってるなー」
「(ひそひそ声で)そーねー…。あれは面白がってるわよね。リア姉さんなら魔術であんな腕輪ぐらい、作れるでしょうに」
脇でクーと説子がひそひそと話しているのに気付かず、かぐや姫は驚き、アンリーアに言い募りました。
が、アンリーアは折れず、『その美貌で男を誘惑して取ってこさせれば良いじゃない』などと反論…反論?――もとい、提案をします。
2人は大いに揉めましたが、結局はかぐや姫が折れ、5つの素材を集める事になりました。


*****


半年後。
クーも説子も、そろそろこの大昔の日本に飽きてきた頃。
つまり、リアがそろそろ別の世界に行こうか、と提案をする頃。
ルナリィが主の様子を見極め、そろそろこの場所を離れてしまいそうだ、とかぐや姫に伝えていたのもあり、かぐや姫は焦っていました。
「何も、1つもまだ集まっていないのに…」
その切羽詰った様子に、説子が同情し、リアにおねだりした。
「リアねぇ、かぐや姫さんが可哀想だ。面白がるのはそろそろ止めにして、ぱぱっと腕輪、作ってあげたらどうだ? ――いい加減、この世界、風景にも飽きて来たし、そろそろ別の場所に行きたいんだよなぁ」
最後に小さく呟かれた本音もあってか、それからのリアの行動は迅速だった。
「創造、転換、付与、条件、固定」
リズム良く呟かれた単語に合わせ、御椀のような形にした手に、鉢が、枝が、皮が、玉が、貝が、ぽんぽんと生まれ、光と共に一体化し、腕輪と化す。条件の一言で腕輪の周囲に青白い光の文字が飛び交い、固定の一言でその文字がすぅーっと腕輪に吸い込まれていく。
「わぁ…!」
かぐや姫が感嘆の声を上げ、頬を上気させる。
「――はい、出来たわよ。これで普通の魔術師っぽい感じになる、はず。着脱も可能だから、状況に合わせて使い分ける事」
「凄い!すごいですね琥珀さん!」
半年経った事で、アンリーアの呼び方が少し砕けたものになっているかぐや姫。
幸い、わざわざ集めさせようとした意味は無かった事に気付いた様子は無く…。


「よし、もうやんなきゃいけない事は無いよね?」
「うん、無いはずだぞ、クーねぇ、リアねぇ」
「「だから、今度はSFな世界に!」」
「はいはい。じゃあ、早速行くとしましょうかね。あ、ルナリィは来る?」
「もちろんですとも!」
「じゃあ、行くわよ――【門よ、開け。我らを別世界に誘う門を――】」
そうして、3人――いや、4人は、門の向こうに消えて行き、かぐや姫だけが、その場に残っていたのでした。


つづく?



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