マーブルピッチ
第22話【ピッチャーの味方】
1
御柳は、辻本の打球の行方を見送る。辻本の打球はレフトとサード定位置の間あたりに詰まりながらも落ちて行った。
――9人制野球だったら、レフトフライだったな。
そのまま辻本は余裕で二塁を踏んだ。続く5番打者・石神は一塁線に火の出るような当たりを放って辻本をホームインさせる。これで1-0。
「フォームや球種で緩急つけようと色々工夫してるけど、ストレートの最速が120中盤程度じゃ辻本や石神から空振りを取るのはしんどいか」
1人試合に参加せずにベンチからゲームを眺める御柳のその言葉に、隣に腰かける花緑マネージャーの五十鈴が反応する。
「でも宮道は、春の大会では柊光の下位打線や代打からあのストレートで空振りや見逃しを取っていますよ? というかうちの試合見てたんですね」
「見てたのは花緑じゃなくて柊光だけどね。――あのときは球持ちがよかったからな」
「球持ちって」と3年生マネージャーの木山。「あれですよね。ベースの近くで球を離すっていう」
「その通り。普通の投手よりベースの近くで球をリリースできる投手を球持ちのいい投手っていうな。宮道っていうあのピッチャーはあの試合の終盤、それまでとは明らかに違う球持ちのいいストレートを投げていた。
だけど今は全然だめだ。それに球持ちを腕の振りで生み出そうと、無理してフォームを崩してる。おそらくあいつストレートの制球に苦しんでるんじゃないか?」
木山と五十鈴は押し黙る。御柳の推測は正にその通りだったからだ。実際小田原北条との練習試合はそのせいで十分に的を散らすことができなかったせいで敗北した。
ゲームはちょうど宮道が1・2・3番に三連続の四球を出したところだった。
「球持ちってのは腕でやるもんじゃないんだよ」
そう呟きながら御柳は立ち上がると、打席に入ろうとする辻本を呼び止める。
「辻本、代打。俺と交代だ」
「ヤナさん」辻本は小声になりながら続ける。「やめたほうがいいですよ。こいつ球荒れてるし当たりでもしたら」
「心配ねえよ。避けれないほどのスピードでもねえし」
そう言って御柳は打席に立った。
一球目。ストレートが低めに外れる。それを見て御柳は嘆息する。
「本格的に崩れてやがんな。おい」と御柳は宮道に呼びかける。
「なんですか?」
「柊光戦のときのストレートが投げたいんだろう?」
御柳はマウンド上に歩み寄りながらそう言う。瞬間、宮道の表情がなぜそれを、という風に変化した。
「どんなイメージで投げてる?」
「なんていうか。あのときはマウンドがいつもより近くに感じて。実際バッターも球速以上に感じてるみたいでした。バットがボールの下をくぐって、あれ? みたいな顔する人もいたし。
だから目いっぱい腕をマウンドに近づけてそこでボールを離してます」
「なるほど、やっぱりか」
「やっぱり?」
「結論から言えば腕の振りは変えないほうがいい。まあじっくりフォームを変えるならそれもありだが、今はそんな余裕ないだろ。夏大も近いし」
宮道は小さく頷いた。
「球持ちは下半身の粘りで出すんだ。いつもより深く沈み込め。いつもより深く沈み込めばその分時間の余裕が生まれるし、より前傾姿勢になるから同じ腕の振りでもリリース時の腕の位置は自然と前になる。
踏みこみはあくまで大きくじゃなく、深くを意識しろ。無暗に歩幅を大きくすると力が入らなくなって踏みこみが浅くなるからかえってマウンドとリリースポイントの距離は遠くなる。
1球投げてみろ」
宮道は言われた通りのことを意識してストレートを投じる。水戸はそのストレートを取り損ねホームベース上に弾いた。
「キャッチャー君、今の1球どうだった!?」
「は、速いです!」
それを聞いて御柳は微笑する。
「やっぱ。お前半端ないセンスしてるよ。ちょっとアドバイスするだけでこれだもんな」
そう言って御柳は打席へとかけていった。
再び構え直す御柳を横目に水戸は尋ねる。
「あの、なんで他校のピッチャーにこんなアドバイスしてくれるんですか?」
「ん? 何か裏があるとでも?」
「まあ正直」
「俺もピッチャーだからな。ピッチャーの味方ってだけさ。こんな面白いピッチャーがここで潰れるのは勿体ないしな」
ストレートを主体としたピッチングで宮道はなんとかその後を0に抑えた。
2
水戸の振るうバットが宙を泳いだ。山本はネクストバッターでバットの動きをまじまじと見ていた。
キャッチャーの宇田川がセルフジャッジで三振を宣告する。これで2連続三振ツーアウト。1点差が着いた時点で試合終了と約束したので次の打者である山本が打ち取られればゲームセットだった。
「マジでピンポン玉みたいだ」
打席から戻ってくる水戸がすれ違う瞬間そんなことを言った。
山本は打席に入るとマウンド上に立つ男を見据える。横浜学舎の御柳。関東No1投手の呼び声高い右腕だ。
1球目、弾丸のようなストレートがインローに突き刺さった。
――確かストレートの最速は145だったっけ。今まで対戦した投手のなかじゃ一番速いかもしれない。
今度はインハイに速球が投じられる。捉えたと思った山本だったが、手元で曲がったカットボールはバットを潜り抜けていく。
――ボールゾーンのカットボール。今のはファールさせるような配球だよな。それなのに掠りもしないなんて。
山本は相手の配球に思考をめぐらす。御柳の持ち球で主なものはストレート、縦横のスライダー、カットボール、遅いスライダーの5つ。決め球によく用いられるのは縦横のスライダーだが、左の山本には縦のスライダーが来る可能性が高い。
3球目、低目のボールゾーンはっきりしたところに遅いスライダーが決まる。そのボールに手を出すほど精神的に追い込まれてはいなかった。
――この球はヤマもわかりやすいし、実質カーブと同じ感覚でよさそうだ。多分、次が勝負球だ。
4球目、真ん中付近にボールが飛んでくる。
――甘い。でもここから落ちるはず。
そう思って山本はボールの下を振るが、スライダーはそのさらに下を潜り抜けていった。
御柳は、辻本の打球の行方を見送る。辻本の打球はレフトとサード定位置の間あたりに詰まりながらも落ちて行った。
――9人制野球だったら、レフトフライだったな。
そのまま辻本は余裕で二塁を踏んだ。続く5番打者・石神は一塁線に火の出るような当たりを放って辻本をホームインさせる。これで1-0。
「フォームや球種で緩急つけようと色々工夫してるけど、ストレートの最速が120中盤程度じゃ辻本や石神から空振りを取るのはしんどいか」
1人試合に参加せずにベンチからゲームを眺める御柳のその言葉に、隣に腰かける花緑マネージャーの五十鈴が反応する。
「でも宮道は、春の大会では柊光の下位打線や代打からあのストレートで空振りや見逃しを取っていますよ? というかうちの試合見てたんですね」
「見てたのは花緑じゃなくて柊光だけどね。――あのときは球持ちがよかったからな」
「球持ちって」と3年生マネージャーの木山。「あれですよね。ベースの近くで球を離すっていう」
「その通り。普通の投手よりベースの近くで球をリリースできる投手を球持ちのいい投手っていうな。宮道っていうあのピッチャーはあの試合の終盤、それまでとは明らかに違う球持ちのいいストレートを投げていた。
だけど今は全然だめだ。それに球持ちを腕の振りで生み出そうと、無理してフォームを崩してる。おそらくあいつストレートの制球に苦しんでるんじゃないか?」
木山と五十鈴は押し黙る。御柳の推測は正にその通りだったからだ。実際小田原北条との練習試合はそのせいで十分に的を散らすことができなかったせいで敗北した。
ゲームはちょうど宮道が1・2・3番に三連続の四球を出したところだった。
「球持ちってのは腕でやるもんじゃないんだよ」
そう呟きながら御柳は立ち上がると、打席に入ろうとする辻本を呼び止める。
「辻本、代打。俺と交代だ」
「ヤナさん」辻本は小声になりながら続ける。「やめたほうがいいですよ。こいつ球荒れてるし当たりでもしたら」
「心配ねえよ。避けれないほどのスピードでもねえし」
そう言って御柳は打席に立った。
一球目。ストレートが低めに外れる。それを見て御柳は嘆息する。
「本格的に崩れてやがんな。おい」と御柳は宮道に呼びかける。
「なんですか?」
「柊光戦のときのストレートが投げたいんだろう?」
御柳はマウンド上に歩み寄りながらそう言う。瞬間、宮道の表情がなぜそれを、という風に変化した。
「どんなイメージで投げてる?」
「なんていうか。あのときはマウンドがいつもより近くに感じて。実際バッターも球速以上に感じてるみたいでした。バットがボールの下をくぐって、あれ? みたいな顔する人もいたし。
だから目いっぱい腕をマウンドに近づけてそこでボールを離してます」
「なるほど、やっぱりか」
「やっぱり?」
「結論から言えば腕の振りは変えないほうがいい。まあじっくりフォームを変えるならそれもありだが、今はそんな余裕ないだろ。夏大も近いし」
宮道は小さく頷いた。
「球持ちは下半身の粘りで出すんだ。いつもより深く沈み込め。いつもより深く沈み込めばその分時間の余裕が生まれるし、より前傾姿勢になるから同じ腕の振りでもリリース時の腕の位置は自然と前になる。
踏みこみはあくまで大きくじゃなく、深くを意識しろ。無暗に歩幅を大きくすると力が入らなくなって踏みこみが浅くなるからかえってマウンドとリリースポイントの距離は遠くなる。
1球投げてみろ」
宮道は言われた通りのことを意識してストレートを投じる。水戸はそのストレートを取り損ねホームベース上に弾いた。
「キャッチャー君、今の1球どうだった!?」
「は、速いです!」
それを聞いて御柳は微笑する。
「やっぱ。お前半端ないセンスしてるよ。ちょっとアドバイスするだけでこれだもんな」
そう言って御柳は打席へとかけていった。
再び構え直す御柳を横目に水戸は尋ねる。
「あの、なんで他校のピッチャーにこんなアドバイスしてくれるんですか?」
「ん? 何か裏があるとでも?」
「まあ正直」
「俺もピッチャーだからな。ピッチャーの味方ってだけさ。こんな面白いピッチャーがここで潰れるのは勿体ないしな」
ストレートを主体としたピッチングで宮道はなんとかその後を0に抑えた。
2
水戸の振るうバットが宙を泳いだ。山本はネクストバッターでバットの動きをまじまじと見ていた。
キャッチャーの宇田川がセルフジャッジで三振を宣告する。これで2連続三振ツーアウト。1点差が着いた時点で試合終了と約束したので次の打者である山本が打ち取られればゲームセットだった。
「マジでピンポン玉みたいだ」
打席から戻ってくる水戸がすれ違う瞬間そんなことを言った。
山本は打席に入るとマウンド上に立つ男を見据える。横浜学舎の御柳。関東No1投手の呼び声高い右腕だ。
1球目、弾丸のようなストレートがインローに突き刺さった。
――確かストレートの最速は145だったっけ。今まで対戦した投手のなかじゃ一番速いかもしれない。
今度はインハイに速球が投じられる。捉えたと思った山本だったが、手元で曲がったカットボールはバットを潜り抜けていく。
――ボールゾーンのカットボール。今のはファールさせるような配球だよな。それなのに掠りもしないなんて。
山本は相手の配球に思考をめぐらす。御柳の持ち球で主なものはストレート、縦横のスライダー、カットボール、遅いスライダーの5つ。決め球によく用いられるのは縦横のスライダーだが、左の山本には縦のスライダーが来る可能性が高い。
3球目、低目のボールゾーンはっきりしたところに遅いスライダーが決まる。そのボールに手を出すほど精神的に追い込まれてはいなかった。
――この球はヤマもわかりやすいし、実質カーブと同じ感覚でよさそうだ。多分、次が勝負球だ。
4球目、真ん中付近にボールが飛んでくる。
――甘い。でもここから落ちるはず。
そう思って山本はボールの下を振るが、スライダーはそのさらに下を潜り抜けていった。
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