マーブルピッチ
第20話【横浜学舎】
春の県大会は勁草義塾が2回戦で敗れるなどの波乱もあったが決勝は横浜学舎対柊光学園となった。
柊光は御柳から柘榴塚の足をからめて取った2点を含め、のべ3点を挙げた。しかし横浜学舎の強力打線の前に灰縄をはじめとする柊光投手陣は粘り切ることができずに合計7点を失う。
関東大会には横浜学舎と柊光学園の2校が出場する。
++
それはゴールデンウィーク最終日のことだった。連休中猛練習をした花禄学院野球部も大事を取ってこの日ばかりは午前中で練習が終わりとなった。
宮道たちはチーム事情から三塁を守ることの多い山本が三塁手用のグラブを購入したいということから、一年生数人でスポーツショップを訪れていた。
「山本って中学時代からサードだったわけじゃないんだな」と水戸。
「ああ」と山本。「サードももちろん守ったことはあるけど、中1の秋からはずっとショートだったな。
そもそもサード、セカンド、ショートでそんなに適したグラブに違いがあるなんて思ってなかったけど、合宿中大津さんに教えてもらってさ」
大津はサードのレギュラーを務める3年生だ。打順は主に8番か、9番。最近の練習試合では山本と併用されている。守備の正確性は大津が優れているが、打力では山本が優れている。
大津にとっては最後の夏ということもあり、監督にとっても悩ましいだろう、と宮道は考えていた。
「大津さんすげえな」と高坂。「レギュラーを争うライバルなのに」
「ああ。すごい人だよ。打者に合わせてポジショニング変えたりとかすごい色々なこと考えて守備してる。ショートの中森さんとセカンドの高田さんがうますぎるけど、あの人だって普通のチームならセンターラインだろうな。
打撃だってもっと思い切りがよくなれば結果も伴ってくるはずだよ。ってそれは生意気すぎるか」
「それでサードのグラブとショートのグラブって何が違うんだ」と高校から野球を始めた葉山。
「ああ。セカンドやショートのグラブが素早い握り替えができるように割とポケットが浅めに作られているのに対し、サード用のグラブは速い打球を止められるようポケットが深めに作られているらしい」
「ん?」と何かに気付いた様子の梶尾。「あれうちのマネージャーじゃないか」
梶尾が指差した方を見ると、そこには3年生の木山藤花と2年生の五十鈴律がいた。
「買い出しじゃないか」と宮道。「合宿中色々な消耗品を滅茶苦茶な勢いで消費したからな」
「でもなんか揉めてない?」と葉山。
よく見れば2人と会話するあちらも二人組の男子高校生がいた。木山たちの表情は迷惑そうにしているように見えた。
しばらく見ていると1人が五十鈴の肩に手を回そうとしてそれを払いのけられる。突如として一触即発な空気になる。
「なんかやばそうだな」
宮道たちはぞろぞろと木山たちの元に向かう。
それを見て、長身のほうが言った。
「なんだ。アンタたち。彼女らの知り合いか?」
「こいつ。宇田川正巳だ」と列の後のほうで高坂が隣にいる宮道に小さく呟いた。
「誰だ?」
「横浜の強豪シニアの4番捕手。最後の大会では全国ベスト8まで行ったチームだ」
その小声に気付いたのか、宇田川がぴくりと眉を反応させる。
「お、その顔は高坂と山本じゃねーか。久しぶりだなあ。高坂とは、去年の大会の準決勝以来か? ほら俺がサヨナラツーランホームラン打った試合」
「ちっ、一言余計なんだよ」と高坂。
「それにボーイズでやってた梶尾君だよね。あとの3人は知らないなあ」
宇田川は値踏みするような目で宮道たちを見ながら言う。
――ああ、俺もこいつなんか苦手だ。
そんなやり取りをしていると宇田川と隣にいる選手の脳天にゲンコツが振り下ろされる。
「てめえら、他校の人に絡んでんじゃねえ」
宇田川ともう一人の選手はうめき声をあげながら、その場で脳天を押さえてしゃがみこんだ。
そこには典型的な野球部焼けの男がいた。
「どうも。自分横浜学舎の2年。辻本いいます。皆さんは見たところ市内の花禄学院の出身ですね。どうもうちの1年どもが絡んでたみたいで申し訳ない」
辻本がそう一気呵成にしゃべる間に後から同じ制服を着た生徒が1人、2人、3人とやってくる。
すると一番奥にいた涼しげな目元の男が辻本に耳打ちする。2回ほどこくこくと頷くと辻本はくるりとこちらを向いた。
「――あの、すいません。よかったらお近づきの印にミニゲームでもしませんか」
++
辻本から提案されたのは5対5のミニゲームだった。守備は投手と捕手以外はどこを守ってもいいというルールだ。
彼らのうち何人かは横浜学舎の主力選手らしく戦力偵察ができるかもしれないという水戸の進言でぜひよろしくお願いします、と受けることになった。
しかし向こうにすれば県内中堅以下の高校の1年生と試合するメリットはないような気がするが、どういうわけなのだろう。
横浜学舎のピッチャーは石神という2年生が務めている。高坂の話では、春の選抜や春の県大会では2年生ながら2番センターを務めており、横浜学舎の主力選手の1人であるという。
今は外野手を務めているが、中学時代は埼玉の強豪チームでエースを務めていたほどの投手だった。
その評判通り130キロを超える直球が外角低めギリギリに突き刺さった。
キャッチャーマスクは先程絡んできた1年生の宇田川が被っている。宇田川はストライクと叫ぶ。ジャッジはキャッチャーのセルフジャッジで行うことになっていた。
ファーストとセカンドの間、セカンド寄りに辻本が守り、サードとショートの間サード寄りに先程絡んできたうちのもう一人深沼が守っている。
センター浅めには寡黙な雰囲気の一年生――織田というらしい――が守っている。
花禄チームの1番打者には俊足の梶尾が立った。
続いて2球目も同じコースのストレート。梶尾は打ちに行くが空振りする。
3球目、どろんという音が聞こえそうなほどブレーキの聞いたカーブを梶尾のスイングは捉えることができなかった。三球三振。
2番打者は小技の使える高坂。1球目インハイのストレート。2球目外角低めのスライダーを当てるがファール。3球目真ん中低めのボールゾーンにカーブ。これを見送る。
4球目高めに投じられた力強いまっすぐに手が出ず見逃し三振。
++
水戸は軽く二度バットを振るって打席へ向かう。バッターボックスからは見逃し三振に終わった高坂が歩いてきてすれ違う形になる。
「すげえ、コントロールだ」と高坂。
「見事に対角線を使ってるな」
「ああ、でも相変わらず基本に忠実すぎるぜ。宇田川のリードは」
3球目のカーブを見送った水戸に対して石神は4球目を投じようとする。
水戸はタイミングを計りながら高坂のアドバイスを思い出す。宇田川のリードは単調なおかつセオリー通り。
――それならここは、内角高めの直球。
水戸は狙い通りのボールを誰もいないレフト方向にはじき返した。
柊光は御柳から柘榴塚の足をからめて取った2点を含め、のべ3点を挙げた。しかし横浜学舎の強力打線の前に灰縄をはじめとする柊光投手陣は粘り切ることができずに合計7点を失う。
関東大会には横浜学舎と柊光学園の2校が出場する。
++
それはゴールデンウィーク最終日のことだった。連休中猛練習をした花禄学院野球部も大事を取ってこの日ばかりは午前中で練習が終わりとなった。
宮道たちはチーム事情から三塁を守ることの多い山本が三塁手用のグラブを購入したいということから、一年生数人でスポーツショップを訪れていた。
「山本って中学時代からサードだったわけじゃないんだな」と水戸。
「ああ」と山本。「サードももちろん守ったことはあるけど、中1の秋からはずっとショートだったな。
そもそもサード、セカンド、ショートでそんなに適したグラブに違いがあるなんて思ってなかったけど、合宿中大津さんに教えてもらってさ」
大津はサードのレギュラーを務める3年生だ。打順は主に8番か、9番。最近の練習試合では山本と併用されている。守備の正確性は大津が優れているが、打力では山本が優れている。
大津にとっては最後の夏ということもあり、監督にとっても悩ましいだろう、と宮道は考えていた。
「大津さんすげえな」と高坂。「レギュラーを争うライバルなのに」
「ああ。すごい人だよ。打者に合わせてポジショニング変えたりとかすごい色々なこと考えて守備してる。ショートの中森さんとセカンドの高田さんがうますぎるけど、あの人だって普通のチームならセンターラインだろうな。
打撃だってもっと思い切りがよくなれば結果も伴ってくるはずだよ。ってそれは生意気すぎるか」
「それでサードのグラブとショートのグラブって何が違うんだ」と高校から野球を始めた葉山。
「ああ。セカンドやショートのグラブが素早い握り替えができるように割とポケットが浅めに作られているのに対し、サード用のグラブは速い打球を止められるようポケットが深めに作られているらしい」
「ん?」と何かに気付いた様子の梶尾。「あれうちのマネージャーじゃないか」
梶尾が指差した方を見ると、そこには3年生の木山藤花と2年生の五十鈴律がいた。
「買い出しじゃないか」と宮道。「合宿中色々な消耗品を滅茶苦茶な勢いで消費したからな」
「でもなんか揉めてない?」と葉山。
よく見れば2人と会話するあちらも二人組の男子高校生がいた。木山たちの表情は迷惑そうにしているように見えた。
しばらく見ていると1人が五十鈴の肩に手を回そうとしてそれを払いのけられる。突如として一触即発な空気になる。
「なんかやばそうだな」
宮道たちはぞろぞろと木山たちの元に向かう。
それを見て、長身のほうが言った。
「なんだ。アンタたち。彼女らの知り合いか?」
「こいつ。宇田川正巳だ」と列の後のほうで高坂が隣にいる宮道に小さく呟いた。
「誰だ?」
「横浜の強豪シニアの4番捕手。最後の大会では全国ベスト8まで行ったチームだ」
その小声に気付いたのか、宇田川がぴくりと眉を反応させる。
「お、その顔は高坂と山本じゃねーか。久しぶりだなあ。高坂とは、去年の大会の準決勝以来か? ほら俺がサヨナラツーランホームラン打った試合」
「ちっ、一言余計なんだよ」と高坂。
「それにボーイズでやってた梶尾君だよね。あとの3人は知らないなあ」
宇田川は値踏みするような目で宮道たちを見ながら言う。
――ああ、俺もこいつなんか苦手だ。
そんなやり取りをしていると宇田川と隣にいる選手の脳天にゲンコツが振り下ろされる。
「てめえら、他校の人に絡んでんじゃねえ」
宇田川ともう一人の選手はうめき声をあげながら、その場で脳天を押さえてしゃがみこんだ。
そこには典型的な野球部焼けの男がいた。
「どうも。自分横浜学舎の2年。辻本いいます。皆さんは見たところ市内の花禄学院の出身ですね。どうもうちの1年どもが絡んでたみたいで申し訳ない」
辻本がそう一気呵成にしゃべる間に後から同じ制服を着た生徒が1人、2人、3人とやってくる。
すると一番奥にいた涼しげな目元の男が辻本に耳打ちする。2回ほどこくこくと頷くと辻本はくるりとこちらを向いた。
「――あの、すいません。よかったらお近づきの印にミニゲームでもしませんか」
++
辻本から提案されたのは5対5のミニゲームだった。守備は投手と捕手以外はどこを守ってもいいというルールだ。
彼らのうち何人かは横浜学舎の主力選手らしく戦力偵察ができるかもしれないという水戸の進言でぜひよろしくお願いします、と受けることになった。
しかし向こうにすれば県内中堅以下の高校の1年生と試合するメリットはないような気がするが、どういうわけなのだろう。
横浜学舎のピッチャーは石神という2年生が務めている。高坂の話では、春の選抜や春の県大会では2年生ながら2番センターを務めており、横浜学舎の主力選手の1人であるという。
今は外野手を務めているが、中学時代は埼玉の強豪チームでエースを務めていたほどの投手だった。
その評判通り130キロを超える直球が外角低めギリギリに突き刺さった。
キャッチャーマスクは先程絡んできた1年生の宇田川が被っている。宇田川はストライクと叫ぶ。ジャッジはキャッチャーのセルフジャッジで行うことになっていた。
ファーストとセカンドの間、セカンド寄りに辻本が守り、サードとショートの間サード寄りに先程絡んできたうちのもう一人深沼が守っている。
センター浅めには寡黙な雰囲気の一年生――織田というらしい――が守っている。
花禄チームの1番打者には俊足の梶尾が立った。
続いて2球目も同じコースのストレート。梶尾は打ちに行くが空振りする。
3球目、どろんという音が聞こえそうなほどブレーキの聞いたカーブを梶尾のスイングは捉えることができなかった。三球三振。
2番打者は小技の使える高坂。1球目インハイのストレート。2球目外角低めのスライダーを当てるがファール。3球目真ん中低めのボールゾーンにカーブ。これを見送る。
4球目高めに投じられた力強いまっすぐに手が出ず見逃し三振。
++
水戸は軽く二度バットを振るって打席へ向かう。バッターボックスからは見逃し三振に終わった高坂が歩いてきてすれ違う形になる。
「すげえ、コントロールだ」と高坂。
「見事に対角線を使ってるな」
「ああ、でも相変わらず基本に忠実すぎるぜ。宇田川のリードは」
3球目のカーブを見送った水戸に対して石神は4球目を投じようとする。
水戸はタイミングを計りながら高坂のアドバイスを思い出す。宇田川のリードは単調なおかつセオリー通り。
――それならここは、内角高めの直球。
水戸は狙い通りのボールを誰もいないレフト方向にはじき返した。
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