マーブルピッチ
第19話【決着】
4回裏 2死 平和学園VS花禄学院 0-3
大した強い打球ではなかった。しかしどういうわけか名手で知られる平和学園のセカンドがキャッチした筈の打球をグラブの上でわずかにお手玉する。
そのわずかが命取りであった。花禄学院随一の俊足打者・清野が一塁を駆け抜ける。
三者凡退であっさりベンチに帰れるところを不意にされた平和学園投手・岩波は思わず唖然とする。
先輩であるセカンドの選手がすまん、と言っているところに嫌味の一つでも言ってやろうかという気も起こったが、なんとか飲みこんだ。
寸でのところで彼が何度自分が打たれたヒットをアウトにしてくれたかということに思い至ったからである。
その後、清野があっさりと盗塁を決めると、岩波の外角に外れた変化球――バッテリーとしては見せ球のつもりであった――を一年生山本の活躍でレギュラーが安泰ではなくなった9番大津が何とか内野の頭を超えさせる。どん詰まりではあったが、清野はここでもあっさり本塁へと生還する。
これで4-0。
++
5回表 無死 平和学園VS花禄学院 0-4
初夏の空に澄んだ金属音が鳴り響いた。高めに抜けたスライダーを弾き返した平和学園2番の打球はそのままフェンスの向こうへと叩きこまれる。ホームランだった。
「大丈夫か」と石田はマウンド上の赤沢に声をかける。
「大丈夫です。スライダーが浮くのは練習中にもよくあったことじゃないですか。むしろこれまでができすぎでした」
石田は少し驚いた。あの短気な赤沢が打たれた直後にここまで冷静な返しができるとは思わなかったからである。
大石は5回に臨む直前この回までは赤沢で行くと言っていた。とにもかくにもここからのクリーンナップ赤沢に何とかしてもらわなくてはいけないが、これは期待できるかもしれない。
++
平和学園3番打者桐木はバッターボックスに向かう途中、赤沢のストレートをイメージしてバットを二回ほど軽くスイングしてみる。
この回で、おそらく赤沢が投げるのはラストということからカウントを気にせず打っていいという指示が出ていた。この回が始まるまで赤沢は平和学園を0封してきたが、それは平和学園打線が待球策を取っていたのと打球がたまたま野手の正面を突いたからにすぎない。
――とはいえ結果的に1失点でマウンドを降りられるってのは癪だからな。まだまだ燃えてもらうぜ。
と思ってバッターボックスに立った第一球目、真ん中高めに凄まじい威力の直球が叩き込まれる。唖然とした審判は数秒の間ストライコールをするのを忘れていたほどだ。
――なんだこれ。
桐木が唖然としている間にツーストライク目が叩き込まれる。
――あの御柳だってこんなストレートは投げてねえぞ。それともストレートだけならこいつがあの御柳を超えてるってのか。
三球目がゆったりとしたフォームから投じられる。
――外角低め。低い。
そう判断したボールは手元で浮き上がる様な伸びを見せ、低め一杯に収まる。審判の判定はストライクであった。
続く4番、5番をも赤沢はストレートだけで三振に打ち取る。平和学園打線においてもっともバットコントロールに優れた3番・桐木ともっともスイングスピードに優れた4番・須賀をストレートだけで立て続けに三振に打ち取った。
このことは平和学園のベンチを唖然とさせるには十分すぎる出来事であった。
++
石田はベンチに帰りながら赤沢が投じたボール、そしてそれを捕球したキャッチャーミットに包まれる自分の左手を見つめる。
今の回のボールの感触は痛いほどに掌に残っていた。
すでに100球以上投げているにもかかわらず今の回の赤沢の投球は、この試合最高のものだった。いやそればかりか。この1年あまり石田が受けてきたなかでも最高の投球だったといっても過言ではない。
――身体が疲労していくなかで意識が朦朧としてかえって集中力が増したり、いい具合に力が抜けたりして、普段以上のパフォーマンスが引き出せることがあると聞く。それが赤沢の身にも起きたのか。いや、昔のあいつならそれでもスピードを出そうと力任せに投球していたはずだ。
++
9回表 2死1塁 花禄学院VS小田原北条 2-2
同点で迎えた最終回、これは練習試合であるため同点で最終回が終了すればそのまま引き分けとなる。
宮道と投手交代し、その後外野の守備についた3番徳山は何とか粘り勝ちして自らが自軍最後の打者になるのを避けた。
次の打者は小田原北条の捕手明坂をしてものが違うと言わしめた4番山本である。マウンドには未だ小田原北条のエース柏木。
その3球目、カウントを取りに来たストレートを山本のバットが捉える。打球は外野奥深くあわやホームランというところまで飛翔するが直前で失速するとセンターのグラブに収まった。
同時にああ、という声が花禄ベンチ内から漏れる。これで花禄の勝ちはなくなった。
++
9回表 2死1・2塁 平和学園VS花禄学院 2-6
平和学園の3番打者桐木の放った打球は外野に深々と飛んでいくがスライスしてファールゾーンに消えていく。
桐木は苛立ちの余り歯噛みした。
――この投手なんかやりにくい。
そう感じながら花禄学院の2番手谷口を睨みつける。サイドスロー。変化球はスライダーとシュート、ときどきカーブも投げてるが無視してよい程度の割合。球速は大したことはないけど、コントロールはまあそこそこ。
――こいつに何かあるとしたらフォームだろう。体格の割には腕とか指が長い。これが俺が思っている以上に効いているんだ。実際左打者にはかなり打たれてるのに、俺を含む右打者はほとんど抑えられてる。
と考えている間に次の一球。インコースのボールゾーン。
――いやスライダーならここから入ってくる。
そう思って桐木はスイングを始動する。しかしそれはむしろ真逆、シュート方向へと変化する。捉えそこなった打球はあえなくサードゴロ。
大石の進退をかけたこの試合、花禄学院は快勝することとなった。
++
9回裏 2死2塁 花禄学院VS小田原北条 2-2
宮道は汗をぬぐう。彼は苦戦していた。今日も宮道のストレートは落ち着かない。あっちに行ったりこっちに行ったりである。そのため今日の試合では勝つためにストレートを封印していた。
しかし宮道の本来の持ち味は多彩な球種で相手を翻弄することだ。最も速い球を封印するということは彼の力を大きく削ぐことになる。
このイニングも送りバントでもらったアウトと牽制で何とか2つのアウトを取ったところだった。
そして迎えるは3番打者の主将岡崎。彼もまた山本と同じように打線のなかでは図抜けた打者である。
1球目、《速いクイック》からのカーブ。フォームとのギャップに面食らったのか岡崎はあっさりとそれを空振る。
2球目、今度は《遅いスロウ》から低めのボールゾーンにカーブを投じる。岡崎のスイングはタイミングを外し気味にはなるものの、ボールを上から叩いた。打球はボテボテのゴロになり、宮道の足元をくぐる。
打球はセカンドかショートのどちらかが捕るかと思われたが、2人ともわずかに届かなかった打球はしぶとくセンターへと抜けていく。
その間2塁ランナーの明坂は三塁をも蹴り、本塁へと向かって行く。
センターの返球は明坂がホームを踏んだあと少ししてようやく水戸のところにやってきた。水戸がそれをスルーするとボールは二度ほどはねてバックネットの辺りを転がっていった。
大した強い打球ではなかった。しかしどういうわけか名手で知られる平和学園のセカンドがキャッチした筈の打球をグラブの上でわずかにお手玉する。
そのわずかが命取りであった。花禄学院随一の俊足打者・清野が一塁を駆け抜ける。
三者凡退であっさりベンチに帰れるところを不意にされた平和学園投手・岩波は思わず唖然とする。
先輩であるセカンドの選手がすまん、と言っているところに嫌味の一つでも言ってやろうかという気も起こったが、なんとか飲みこんだ。
寸でのところで彼が何度自分が打たれたヒットをアウトにしてくれたかということに思い至ったからである。
その後、清野があっさりと盗塁を決めると、岩波の外角に外れた変化球――バッテリーとしては見せ球のつもりであった――を一年生山本の活躍でレギュラーが安泰ではなくなった9番大津が何とか内野の頭を超えさせる。どん詰まりではあったが、清野はここでもあっさり本塁へと生還する。
これで4-0。
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5回表 無死 平和学園VS花禄学院 0-4
初夏の空に澄んだ金属音が鳴り響いた。高めに抜けたスライダーを弾き返した平和学園2番の打球はそのままフェンスの向こうへと叩きこまれる。ホームランだった。
「大丈夫か」と石田はマウンド上の赤沢に声をかける。
「大丈夫です。スライダーが浮くのは練習中にもよくあったことじゃないですか。むしろこれまでができすぎでした」
石田は少し驚いた。あの短気な赤沢が打たれた直後にここまで冷静な返しができるとは思わなかったからである。
大石は5回に臨む直前この回までは赤沢で行くと言っていた。とにもかくにもここからのクリーンナップ赤沢に何とかしてもらわなくてはいけないが、これは期待できるかもしれない。
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平和学園3番打者桐木はバッターボックスに向かう途中、赤沢のストレートをイメージしてバットを二回ほど軽くスイングしてみる。
この回で、おそらく赤沢が投げるのはラストということからカウントを気にせず打っていいという指示が出ていた。この回が始まるまで赤沢は平和学園を0封してきたが、それは平和学園打線が待球策を取っていたのと打球がたまたま野手の正面を突いたからにすぎない。
――とはいえ結果的に1失点でマウンドを降りられるってのは癪だからな。まだまだ燃えてもらうぜ。
と思ってバッターボックスに立った第一球目、真ん中高めに凄まじい威力の直球が叩き込まれる。唖然とした審判は数秒の間ストライコールをするのを忘れていたほどだ。
――なんだこれ。
桐木が唖然としている間にツーストライク目が叩き込まれる。
――あの御柳だってこんなストレートは投げてねえぞ。それともストレートだけならこいつがあの御柳を超えてるってのか。
三球目がゆったりとしたフォームから投じられる。
――外角低め。低い。
そう判断したボールは手元で浮き上がる様な伸びを見せ、低め一杯に収まる。審判の判定はストライクであった。
続く4番、5番をも赤沢はストレートだけで三振に打ち取る。平和学園打線においてもっともバットコントロールに優れた3番・桐木ともっともスイングスピードに優れた4番・須賀をストレートだけで立て続けに三振に打ち取った。
このことは平和学園のベンチを唖然とさせるには十分すぎる出来事であった。
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石田はベンチに帰りながら赤沢が投じたボール、そしてそれを捕球したキャッチャーミットに包まれる自分の左手を見つめる。
今の回のボールの感触は痛いほどに掌に残っていた。
すでに100球以上投げているにもかかわらず今の回の赤沢の投球は、この試合最高のものだった。いやそればかりか。この1年あまり石田が受けてきたなかでも最高の投球だったといっても過言ではない。
――身体が疲労していくなかで意識が朦朧としてかえって集中力が増したり、いい具合に力が抜けたりして、普段以上のパフォーマンスが引き出せることがあると聞く。それが赤沢の身にも起きたのか。いや、昔のあいつならそれでもスピードを出そうと力任せに投球していたはずだ。
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9回表 2死1塁 花禄学院VS小田原北条 2-2
同点で迎えた最終回、これは練習試合であるため同点で最終回が終了すればそのまま引き分けとなる。
宮道と投手交代し、その後外野の守備についた3番徳山は何とか粘り勝ちして自らが自軍最後の打者になるのを避けた。
次の打者は小田原北条の捕手明坂をしてものが違うと言わしめた4番山本である。マウンドには未だ小田原北条のエース柏木。
その3球目、カウントを取りに来たストレートを山本のバットが捉える。打球は外野奥深くあわやホームランというところまで飛翔するが直前で失速するとセンターのグラブに収まった。
同時にああ、という声が花禄ベンチ内から漏れる。これで花禄の勝ちはなくなった。
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9回表 2死1・2塁 平和学園VS花禄学院 2-6
平和学園の3番打者桐木の放った打球は外野に深々と飛んでいくがスライスしてファールゾーンに消えていく。
桐木は苛立ちの余り歯噛みした。
――この投手なんかやりにくい。
そう感じながら花禄学院の2番手谷口を睨みつける。サイドスロー。変化球はスライダーとシュート、ときどきカーブも投げてるが無視してよい程度の割合。球速は大したことはないけど、コントロールはまあそこそこ。
――こいつに何かあるとしたらフォームだろう。体格の割には腕とか指が長い。これが俺が思っている以上に効いているんだ。実際左打者にはかなり打たれてるのに、俺を含む右打者はほとんど抑えられてる。
と考えている間に次の一球。インコースのボールゾーン。
――いやスライダーならここから入ってくる。
そう思って桐木はスイングを始動する。しかしそれはむしろ真逆、シュート方向へと変化する。捉えそこなった打球はあえなくサードゴロ。
大石の進退をかけたこの試合、花禄学院は快勝することとなった。
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9回裏 2死2塁 花禄学院VS小田原北条 2-2
宮道は汗をぬぐう。彼は苦戦していた。今日も宮道のストレートは落ち着かない。あっちに行ったりこっちに行ったりである。そのため今日の試合では勝つためにストレートを封印していた。
しかし宮道の本来の持ち味は多彩な球種で相手を翻弄することだ。最も速い球を封印するということは彼の力を大きく削ぐことになる。
このイニングも送りバントでもらったアウトと牽制で何とか2つのアウトを取ったところだった。
そして迎えるは3番打者の主将岡崎。彼もまた山本と同じように打線のなかでは図抜けた打者である。
1球目、《速いクイック》からのカーブ。フォームとのギャップに面食らったのか岡崎はあっさりとそれを空振る。
2球目、今度は《遅いスロウ》から低めのボールゾーンにカーブを投じる。岡崎のスイングはタイミングを外し気味にはなるものの、ボールを上から叩いた。打球はボテボテのゴロになり、宮道の足元をくぐる。
打球はセカンドかショートのどちらかが捕るかと思われたが、2人ともわずかに届かなかった打球はしぶとくセンターへと抜けていく。
その間2塁ランナーの明坂は三塁をも蹴り、本塁へと向かって行く。
センターの返球は明坂がホームを踏んだあと少ししてようやく水戸のところにやってきた。水戸がそれをスルーするとボールは二度ほどはねてバックネットの辺りを転がっていった。
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