マーブルピッチ
第15話【宝刀、再び】
3試合で43四球。この土日に行われた3試合分の練習試合だけで花緑学院の投手陣が相手に与えた四球の数だった。水戸としてはここまでのノーコンぶりを発揮されると勝負にならないというのが本音である。
赤沢や徳山のコントロールが悪いのは今に始まった話ではないが、この3試合のなかでは、高校球児全体でも比較的高い制球力を持っていると思われる宮道や谷口もその制球を大きく乱していた。
どうやら彼らは何かを試みているようだが、こんな調子で夏の大会が大丈夫なのかと思うのも無理からぬ話だろう。
そんな地獄のような3試合を切り抜けた次の週末だった。花緑学院はダブルヘッダーを迎えていた。一方の試合は花緑学院グラウンドで行われる。市内の強豪校横浜商学館との練習試合である。
これは理事長のツテで組むことができた練習試合であり、大石監督の復帰がかかった試合だと1年生たちは聞いている。一方で水戸たち1年生は常木の引率で校外へと遠征に出かけていた。
相手は春の大会の一回戦で戦った小田原北条高校だった。校門の辺りに着くと、顧問と思しきスーツ姿の男性とユニフォーム姿の選手が出迎えてくれた。水戸の記憶によれば、選手のほうは確か3番サードでキャプテンの選手だったはずだ。
選手のほうは主将の岡崎と名乗った。水戸の記憶は正しかったらしい。顧問のほうは信楽というらしい。
「いやうちの学校坂の上にあるから大変だったでしょ。すいませんね。ホントは坂の下から車かなんかでお出迎えできればよかったんですが」と言いながら信楽が頭を下げる。
「いえいえお気になさらないでください。ウチの選手もいいウォーミングアップになったでしょうから」
小田原北条高校から練習試合の連絡が来たのは2週間ほど前のことだったという。その日は2,3年生が別の学校と練習試合をすることになっているため1年生しか出せないと思われるので、別の日にしないかと常木は提案したらしい。
しかし小田原北条のほうも色々予定があるらしく互いの予定は噛み合わなかったため、結局1年生のみで試合をすることになったというのが事の顛末だ。
「俺たちは春の大会でぼろ負けしてて、いわば挑戦者だからね。1年生だけだからって油断する気は毛頭ないよ」と主将の岡崎は言う。少しぐらいは油断してくれるとありがたいのだが。
++
投球練習、マウンド上ではエースの柏木が腕を振るっている。右打者の頭上辺りに投げ出されたボールはそのまま斜め下へと切り込んでいく。春の大会でも猛威を振るった柏木の宝刀、ナックルカーブだ。今日もその調子は悪くないらしい。というか、投球練習で変化球とは挑発のつもりなのだろうか。
1回表花緑学院の1番打者梶尾はそんなことを考える。そして小田原北条と1年生だけで戦うと聞かされてから何度も頭に描いたナックルカーブの軌道を頭の中にもう一度再現してバットを二度振るう。
――さてと1番打者の役目は出塁することもそうだが、初回に限っては相手投手の調子や持ち球なんかを調べる探り役としての役目も重要だ。チームとしては一度対戦した投手だが俺ら1年はあのときほとんどベンチだったし、初球ぐらいは様子見していくかな。
そう思いながらバットを構えると、1球目が投じられる。ストレートだった。おまけに甘いコース。もっとも見逃すと決めていたのだからそれを悔いることはない。
2球目。梶尾は追い込まれたらナックルカーブが来ると考えていた。ナックルカーブを捉える自信はないためここで打っておく必要がある。スイングの途中でナックルカーブだと気付くがスイングを止めることはできず、審判はストライクを宣告した。
普通のカーブは投げられた瞬間浮き上がるような軌道を描くが、このナックルカーブは途中までストレートのような軌道を描くのが特徴と言われている。そのため真ん中より低めに投げられるとストレートとの見極めは困難だ。
そして3球目追い込まれると見逃せばボールといえどナックルカーブのような変化球を見送るのは難しい。もしストレートであれば見逃し三振は確実だからだ。結局梶尾は3球目のナックルカーブを打ちにいってあえなく三振に喫す。
++
続く2番打者はショートの高坂が務めている。梶尾は高坂とすれ違うと、ナックルカーブ2ストライクじゃなくても低めに来るぞ、と伝えてくる。もっともそれは見ればわかる話だが。
――確か春の試合では高めのナックルカーブで無理にストライクを取りに行こうとして、それを痛打されるシーンが何度かあったな。それでストレートでカウントを取りに行くようにしてから抑え始めたんだっけか。
追い込まれたら圧倒的に不利とわかりながらも、あっさりと高坂は2ストライク1ボールに追い込まれる。その原因は追い込まれたら不利になるため2ストライクまでに打たなくてはならないという強迫観念である。追い込まれないようにと思うがゆえにギリギリのクサい球まで打ちにいかなくてはならない。
そして4球目、自分ならここでナックルカーブを投げて打ち取ると考えた高坂はとりあえず真ん中より低めに来たボールは見逃そうと決意する。そして真ん中付近に来たボール。ナックルカーブだと思って高坂はバットを静止する。しかしそんな高坂をあざ笑うかのようにボールは直進し、キャッチャーミットに収まった。
続く3番打者徳山も凡打に打ち取られ花緑学院1年生対小田原北条の試合は花緑学院の三者凡退で幕を開けることとなった。
++
花緑学院グラウンド
1回表 平和学園VS花緑学院
平和学園の3番打者が赤沢の速球を空振る。これでスリーアウト、あっさりと三者凡退。相手バッテリーも手ごたえを感じていることだろう。赤沢の放る予想以上の直球に平和学園監督を務める平沢はまいったな、という風に顎から生える髭を触った。
――初回は打者3人で16球か。まあぼちぼちってところだな。
そんなことを考えながら平沢は手帳に16と現在の赤沢の球数を書き込む。
続く花緑学院の攻撃では1番打者の野上が内野安打で出塁すると、2番打者の高田がセンター前に綺麗なヒットを打つ。3番打者の寒河江をなんとか外野フライに打ち取るものの得点圏にランナーを背負った状態で4番打者青木を迎えることになる。
++
平和学園の投手沢城は汗をぬぐった。初回からいきなりのひりつくような展開である。無理もないだろう。監督からこの4番打者青木は打撃に関しては全国区レベルだと聞いている。
――それにしてもなんなんだ、向こうのチームは。どいつもこいつも練習試合の気迫じゃないだろ。
青木はバットを頭の上で揺らしながら真直ぐにこちらを見据えている。キャッチャーも迷った末にサインを出す。アウトローに変化球。
――まあどんな打者か。この打席では何を狙っているのか、とりあえず様子見をするには一番手堅いボールだよな。
そう思いながら沢城はアウトローにスライダーを投じる。ボールゾーンでもいいぐらいのつもりで投げたスライダーだったが、少し内に入ったか左打者のアウトローのボールゾーンからストライクゾーンに侵入していく。
カウントも稼げるし結果オーライ。そう思った瞬間の出来事だった。青木の左中間へと白球を流し打つ。白球はそのままフェンスへと転々と転がっていった。2塁ランナーの野上はもちろん、1塁ランナーの高田もその快速を活かしてホームを踏む。早速2点を先制する結果となった。
赤沢や徳山のコントロールが悪いのは今に始まった話ではないが、この3試合のなかでは、高校球児全体でも比較的高い制球力を持っていると思われる宮道や谷口もその制球を大きく乱していた。
どうやら彼らは何かを試みているようだが、こんな調子で夏の大会が大丈夫なのかと思うのも無理からぬ話だろう。
そんな地獄のような3試合を切り抜けた次の週末だった。花緑学院はダブルヘッダーを迎えていた。一方の試合は花緑学院グラウンドで行われる。市内の強豪校横浜商学館との練習試合である。
これは理事長のツテで組むことができた練習試合であり、大石監督の復帰がかかった試合だと1年生たちは聞いている。一方で水戸たち1年生は常木の引率で校外へと遠征に出かけていた。
相手は春の大会の一回戦で戦った小田原北条高校だった。校門の辺りに着くと、顧問と思しきスーツ姿の男性とユニフォーム姿の選手が出迎えてくれた。水戸の記憶によれば、選手のほうは確か3番サードでキャプテンの選手だったはずだ。
選手のほうは主将の岡崎と名乗った。水戸の記憶は正しかったらしい。顧問のほうは信楽というらしい。
「いやうちの学校坂の上にあるから大変だったでしょ。すいませんね。ホントは坂の下から車かなんかでお出迎えできればよかったんですが」と言いながら信楽が頭を下げる。
「いえいえお気になさらないでください。ウチの選手もいいウォーミングアップになったでしょうから」
小田原北条高校から練習試合の連絡が来たのは2週間ほど前のことだったという。その日は2,3年生が別の学校と練習試合をすることになっているため1年生しか出せないと思われるので、別の日にしないかと常木は提案したらしい。
しかし小田原北条のほうも色々予定があるらしく互いの予定は噛み合わなかったため、結局1年生のみで試合をすることになったというのが事の顛末だ。
「俺たちは春の大会でぼろ負けしてて、いわば挑戦者だからね。1年生だけだからって油断する気は毛頭ないよ」と主将の岡崎は言う。少しぐらいは油断してくれるとありがたいのだが。
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投球練習、マウンド上ではエースの柏木が腕を振るっている。右打者の頭上辺りに投げ出されたボールはそのまま斜め下へと切り込んでいく。春の大会でも猛威を振るった柏木の宝刀、ナックルカーブだ。今日もその調子は悪くないらしい。というか、投球練習で変化球とは挑発のつもりなのだろうか。
1回表花緑学院の1番打者梶尾はそんなことを考える。そして小田原北条と1年生だけで戦うと聞かされてから何度も頭に描いたナックルカーブの軌道を頭の中にもう一度再現してバットを二度振るう。
――さてと1番打者の役目は出塁することもそうだが、初回に限っては相手投手の調子や持ち球なんかを調べる探り役としての役目も重要だ。チームとしては一度対戦した投手だが俺ら1年はあのときほとんどベンチだったし、初球ぐらいは様子見していくかな。
そう思いながらバットを構えると、1球目が投じられる。ストレートだった。おまけに甘いコース。もっとも見逃すと決めていたのだからそれを悔いることはない。
2球目。梶尾は追い込まれたらナックルカーブが来ると考えていた。ナックルカーブを捉える自信はないためここで打っておく必要がある。スイングの途中でナックルカーブだと気付くがスイングを止めることはできず、審判はストライクを宣告した。
普通のカーブは投げられた瞬間浮き上がるような軌道を描くが、このナックルカーブは途中までストレートのような軌道を描くのが特徴と言われている。そのため真ん中より低めに投げられるとストレートとの見極めは困難だ。
そして3球目追い込まれると見逃せばボールといえどナックルカーブのような変化球を見送るのは難しい。もしストレートであれば見逃し三振は確実だからだ。結局梶尾は3球目のナックルカーブを打ちにいってあえなく三振に喫す。
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続く2番打者はショートの高坂が務めている。梶尾は高坂とすれ違うと、ナックルカーブ2ストライクじゃなくても低めに来るぞ、と伝えてくる。もっともそれは見ればわかる話だが。
――確か春の試合では高めのナックルカーブで無理にストライクを取りに行こうとして、それを痛打されるシーンが何度かあったな。それでストレートでカウントを取りに行くようにしてから抑え始めたんだっけか。
追い込まれたら圧倒的に不利とわかりながらも、あっさりと高坂は2ストライク1ボールに追い込まれる。その原因は追い込まれたら不利になるため2ストライクまでに打たなくてはならないという強迫観念である。追い込まれないようにと思うがゆえにギリギリのクサい球まで打ちにいかなくてはならない。
そして4球目、自分ならここでナックルカーブを投げて打ち取ると考えた高坂はとりあえず真ん中より低めに来たボールは見逃そうと決意する。そして真ん中付近に来たボール。ナックルカーブだと思って高坂はバットを静止する。しかしそんな高坂をあざ笑うかのようにボールは直進し、キャッチャーミットに収まった。
続く3番打者徳山も凡打に打ち取られ花緑学院1年生対小田原北条の試合は花緑学院の三者凡退で幕を開けることとなった。
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花緑学院グラウンド
1回表 平和学園VS花緑学院
平和学園の3番打者が赤沢の速球を空振る。これでスリーアウト、あっさりと三者凡退。相手バッテリーも手ごたえを感じていることだろう。赤沢の放る予想以上の直球に平和学園監督を務める平沢はまいったな、という風に顎から生える髭を触った。
――初回は打者3人で16球か。まあぼちぼちってところだな。
そんなことを考えながら平沢は手帳に16と現在の赤沢の球数を書き込む。
続く花緑学院の攻撃では1番打者の野上が内野安打で出塁すると、2番打者の高田がセンター前に綺麗なヒットを打つ。3番打者の寒河江をなんとか外野フライに打ち取るものの得点圏にランナーを背負った状態で4番打者青木を迎えることになる。
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平和学園の投手沢城は汗をぬぐった。初回からいきなりのひりつくような展開である。無理もないだろう。監督からこの4番打者青木は打撃に関しては全国区レベルだと聞いている。
――それにしてもなんなんだ、向こうのチームは。どいつもこいつも練習試合の気迫じゃないだろ。
青木はバットを頭の上で揺らしながら真直ぐにこちらを見据えている。キャッチャーも迷った末にサインを出す。アウトローに変化球。
――まあどんな打者か。この打席では何を狙っているのか、とりあえず様子見をするには一番手堅いボールだよな。
そう思いながら沢城はアウトローにスライダーを投じる。ボールゾーンでもいいぐらいのつもりで投げたスライダーだったが、少し内に入ったか左打者のアウトローのボールゾーンからストライクゾーンに侵入していく。
カウントも稼げるし結果オーライ。そう思った瞬間の出来事だった。青木の左中間へと白球を流し打つ。白球はそのままフェンスへと転々と転がっていった。2塁ランナーの野上はもちろん、1塁ランナーの高田もその快速を活かしてホームを踏む。早速2点を先制する結果となった。
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