マーブルピッチ

大葺道生

第13話【不審者】

花緑学院野球部メンバー紹介(覚えなくてもいいです)
3年
・石田祐一郎……主将。主に6番捕手。中学時代軟式野球県大会ベストナインに選ばれたこともある実力者。
・青木優斗……副主将。主に4番一塁手。打撃力だけなら強豪校クリンナップクラス。
・寒河江豪……副主将。主に3番右翼手。強肩強打の外野手
・大津俊介……主に9番三塁手。
・中森隆……主に7番遊撃手。チーム一の守備職人。打撃は大雑把。
・谷口涼真……右投げのサイドスロー。
・木山藤花……女子マネージャー。実家が整体院を経営している。
2年
・赤沢陣……エース。主に5番投手。ノーコン剛腕投手
・高田慎吾……主に2番二塁手。
・野上拓……主に1番左翼手。
・清野浩之……主に8番中堅手。チーム一の俊足だが、打撃センスはない。高校野球オタク。
・水野康平……パンチ力のある控え外野手。
・井之口俊……控え捕手。赤沢とは同じ中学の野球部だった。
・堀大輔……控え内野手。
・黒部遼太郎……控え内野手。守備に自信あり。
・五十鈴律……女子マネージャー。数学を得意としており、SABRメトリクスなどに興味があって入部。
1年生
・宮道大理……スカウト組。特待生。5つのタイミングのフォームから多彩な球種を操る。
・山本銀二……スカウト組。中学時代は地元横浜のシニアチームで3番を打っていた実力者。大理以外のスカウト組4人は元々知り合いで、誘い合わせて実績はないが設備の整ってる花緑に進学を決めた。
・徳山達也……スカウト組。中学時代は地元横浜のボーイズチームでエースで4番を務める。赤沢ほどではないがノーコン気味。
・梶尾健……スカウト組。中学時代は達也と同じチームで1番中堅手を務めていた。
・高坂剛……スカウト組。3人と同じく地元横浜の硬式チームで2番遊撃手。
・水戸蓮……1年生捕手。
・葉山陽二……1年生内野手。
・沖倉太一……1年生外野手。
・鹿川勇介……1年生内野手。
・藍沢孝彦……1年生。中学時代野球経験なし。
監督
・常木……新任監督。前年は別の学校で女子ソフトボール部の監督をしていた。


++
4月10日。不審者が校内に出たなどという話が朝のホームルームであったりしたが基本的には春の陽気うららかな平和な日であった。
野球部にとっては、柊光との激戦を終えた翌日でもあった。花緑学院野球部の主将石田と副主将の寒河江、青木の3人は休み時間に集まって話している。
「どっと疲れた」と青木が呟いた。
「確かに今日は布団から出るのに苦労したぜ。冬だったら確実に出てこれなかった」と寒河江が言った。
「上に行けば行くほど試合間隔は詰まるからな。これで明日試合だったらと思うと。それに安打数の割に思ったように得点できなかったし、俺たちの経験不足が改めて露見した気がするな」と石田が見解を述べた。
「ここから夏までの練習試合がものを言うと思うぜ。だがどうすんだよ。あの監督じゃ質も量も全然練習試合組めねえんじゃないか」と寒河江。彼は3人のなかでは唯一現監督である常木に対して不信感を持っていた。
しかしただ不信感から難癖をつけているわけでもなかった。実際練習試合を組むにあたってコネは重要だ。高校野球の監督としては1年目の常木にそれが望めないのは間違いないことだった。
「確かに真剣に考える必要があるな」と石田も賛意を示す。対して青木は楽観的にこの前柊光とそこそこいい試合したからどこか声をかけてくれるのではないか、などと言う。


++
三年生首脳陣が話し合っていたときと同時刻のことであった。同じクラスであった宮道、水戸、梶尾も昼食を共にしていた。
「どういうことだ」と梶尾は驚愕しながら言う。それに対して水戸が何がだよと尋ねる。
「もう昼休みなのに。誰も俺たちに声をかけてこないじゃないか」
何言ってるんだこいつ、という顔をして水戸は梶尾を見る。そばで聞いている宮道にも梶尾が何を言っているかわからなかった。
「だってそうだろ。俺達は昨日あの柊光相手に大健闘したんだぞ。普通ならクラスの注目の的だろうが」
「大健闘っていうけどな。いやまあ俺も正直ベンチで見てて手に汗握ったわけだが。とはいえ数字だけで見れば7点差。しかも8回コールドだぜ。クラスのやつらにとって見ればウチの野球部がなんか強いところと戦ってぼろ負けしたらしいぐらいのもんなんだろ」
まあそもそも高校野球における春の県大会なんて外野から見ればそんなに興味もないんじゃないか、とも水戸は付け加えた。
「やっぱり本番は夏だぜ」という水戸の言葉に梶尾も真剣な表情になる。
「ああ、結局春の大会では出番がなかったからな。夏までアピールして次は代打とか代走とかワンポイント起用を目指すぜ」
「そこはレギュラーじゃないのかよ」「うるせえ、俺は現実的なんだよ」


++
午後最初の授業が移動教室だったため当該教室へと赴こうとする宮道たち3人を呼び止める声があった。振り向くとそこには1人の女生徒が立っていた。宮道は女性との顔をじっと見る。どこかで見たような気がするが思い出すことができなかった。宮道がピンと来ていないのを察してか水戸が同じクラスの倉田だ、と教えてくれる。
宮道は改めて倉田の顔をうかがった。女子の割には背が高く、色素が薄いのか染めているのか肩口で切り揃えられた亜麻色の髪が日光を吸ってうっすらと輝いていた。目鼻立ちはきりりとしていて勝気な印象を受ける。10人いれば8人か9人はまず美人と称するのではないだろうか。こんな人が自分たちに何の用なのだろうか、と宮道は疑問に思った
「昨日の試合見てたわ。宮道、あなたのピッチングに感動したの。まさか同じクラスだとは思わなかったけど」
覚えていなかったのはどうやら向こうも同じらしかった。
「私は倉田晶。吹奏楽部でフルート奏者」
そう言って晶は握手を求め手のひらを差し出してくる。宮道はよくわからなかったが、なんとなくその手のひらを握り返した。
「そっちの2人も野球部?」
ああ、と宮道が返すとよろしく、と晶が2人に言った。梶尾は女子に注目されたいみたいなことを言ってた割には「お、おう」と緊張しているのか、どもっている。
「それじゃあね」
晶はそう言って、女子の友達の元へと走り去っていた。水戸が変な女だなと言うので、宮道も相槌を打った。梶尾が悔しそうに宮道の脇腹に肘を当ててくる。


++
徳山のストレートは思い切り逆球だったが、水戸が何とか自らのミットへそれを収めるとともに小気味のいい音が鳴る。キャッチャーにとって大きな音を出して取ることができるというのは優秀さを図る上での1つの指標であるように思う。いい音が出たほうがピッチャーは自分の球のスピードが出ているような気がして、気をよくすると言われている。逆にあまりよい音が出ないと、ピッチャーはもっと速い球を投げないとと考え、余計な力が入ってしまうと言われている。アメリカのように手元で動くストレートが主体の環境では、あまりいい音を立てると捕りやすい――同時に打ちやすいということでもある――と考え気を悪くするということもあるようである。
水戸はキャッチング技術には比較的自信があったが、このチームの捕手3人のなかではもっとも技術力がないことを入部してからのこの数日で自覚しはじめていた。そのことに水戸は少なからぬ焦燥を感じている。
現在投手・捕手組はピッチャーの投球練習をしているところだったが、それぞれのピッチャーの相方をエースの赤沢・1年の宮道の捕手を主将の石田が、3年の谷口の捕手を2年の井之口が、1年の徳山の捕手を同じく1年の水戸が務めていた。水戸は現在の花緑学院のバッテリーの戦力状況に思いを馳せてみる。
エースの赤沢は極度のノーコンである。おまけに打たれ出すとより速い球を投げようとして力が入るのか、とても試合にならないぐらいに制球を乱し始める。しかし最高144キロらしいストレートを考慮すればポテンシャルは間違いなくチーム1だろう。そんなことを考えていると赤沢の球を捕球した石田のミットからまた轟音が聞こえてくる。なんなら数字以上に速く見える球だ。今日は昨日の今日ということで、軽めに投げ込んでいるはずなのだが。
2番手は昨日の試合の活躍を考えると、1年生の宮道大理かもしれないと水戸は考えていた。この前の試合は終わってみれば3イニング3失点とあまりよくない成績だったが、試合終盤にかけて驚異的な成長を見せた。球速はいいときで120キロちょっとだが、5つのタイミングのフォームから4種類の球種を操る。コントロールも割といいほうだ。加えて昨日の試合ではサイドスローから大きく曲がるシンカーを披露してみせた。
今日に限ってはストレートの制球が悪いのか、赤沢以上の乱調ぶりを見せており、先ほどから石田は何度もボールを後に逸らしている。この前の試合でも途端にストレートで打者を圧倒しだしたが、その前に少しストレートの制球が定まらないときがあったな、と水戸は思い出す。結局あのときの宮道のストレートには何が起きていたのだろうか。
3番手は右のサイドスロー谷口だ。球速は120キロもなさそうだが、コントロールに関しては宮道より上だろう。変化球はカーブとスライダーを操る。昨日の試合ではあまり振るわなかったが、あの変化球を低目のコーナーに投げ切ることができれば十分通用するのではないかと水戸は考える。
最後は1年生の徳山達也である。花緑学院のピッチャーとしては唯一の左腕である。変化球はカーブのみで、赤沢ほどではないがこちらもかなりのノーコンだ。球威のある130キロを超えるストレートを投げ込めるのが武器である。
捕手はどうだろうか。主将の石田は攻守両面、加えて精神的な面でもチームの要と言っていいだろう。守備に関しては中学時代軟式野球ながら県大会でベストナインに選出されたほどの選手である。実際、キャッチング、肩、リードと全てにおいて高水準である。攻撃においても、そこそこの長打力もあれば、ケースバッティングもできる万能タイプの打者だ。打率だけ見ても青木に次ぐチームナンバー2を誇る。
2番手捕手の井之口はことキャッチングに関しては石田にも劣っていないように見える。中学時代から赤沢と組んでいたためだろうか。少なくとも今現在花緑学院で投手をやっている4人の球はどれも難なく取れるようだ。一方で打撃センスには欠けており、これは水戸のほうにやや分があるように思った。
そんななか自分はどの立ち位置をめざすべきだろうか。
と、水戸は考えていた。石田から夏までにレギュラーを奪うのは非現実的としか思えない。それならばとりあえず今年の秋までは次期レギュラーに向けて井之口を超えることを目標にするべきだろうか。肩は同程度、打撃はやや水戸の方に分があるように思う。しかしキャッチングは圧倒的に井之口のほうが上だった。少なくとも水戸はまだ赤沢の速球を上手く捕球することができていなかった。
――せめて少しでもあの速球を練習中に捕らせてもらって慣れないと。
水戸がそんなことを考えていると、同じ1年の梶尾がこちらへ歩いてきた。
「水戸、監督が投球練習中止だってさ」
そう梶尾が小声で言うと、水戸は返事をする代わりに怪訝そうな目を梶尾に向ける。
「さりげなく右後ろ見てみろ」
そう言われた水戸はマスクを外し汗を拭うふりをして梶尾が示唆した方向を盗み見る。その方向には、黒いパーカーを着て、マスクとサングラスを装備したいかにも怪しい男がいた。パーカーのフードをかぶっており、深夜のコンビニなら入店拒否をされること受けあいだろう。他校の偵察だろうか。変装のつもりなのかもしれないが、かえって目立ち、逆効果にしか思えなかった。それに偵察の割には映像機器を回していないのも不自然である。
ひょっとして朝のホームルームで連絡のあった不審者だろうか。だとしたらなんで野球部の練習など見ているのだろうか。
「なあ、怪しいだろ。監督がわざわざピッチャーの球を見せてやることはないってさ」


++
監督の常木と野上はこっそりと件の怪しい人物の背後に回り込んでいた。常木はその人物の肩を叩くと「失礼、父兄の片ではありませんよね」と尋ねる。男はその場で飛び上がるように驚くと、常木たちから逃れようと走り出す。
次の瞬間、チーム上位の俊足を誇る野上があっさりと追いつき、男の腰目がけてタックルを食らわした。2人はその場でもんどりうって倒れる。やりすぎです、と言って常木が駆け寄った。
清野は男の顔からマスクとサングラスを無理矢理に剥いだ。

「現代ドラマ」の人気作品

コメント

コメントを書く