マーブルピッチ

大葺道生

第11話【マーブルピッチ】

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6回表、柊光学園のマウンドには2年生右腕登戸が登板する。Max141キロの速球とチェンジアップを使った緩急が武器の投手である。
「登戸さんは三振も多く取りますが、それと同じぐらい四球も出します。特に立ち上がりはストライクとボールがはっきりしています」と五十鈴がデータを見ながら述べる。
「よし、点取ってくぞ」と石田が激を飛ばす。
花緑学院の攻撃は2死から青木が2塁打を放つも後続の赤沢が三振に切って取られスリーアウトとなる。


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6回裏、先頭の9番星の打球は鋭く二遊間を抜けていく。続く1番柘榴塚は三遊間を狙ってゴロを打つ。サード野上がそれを捕球し1塁目がけて送球するが、とてつもない速度で1塁を駆け抜けた柘榴塚は余裕のセーフとなる。これで無死1・2塁。
石田は当たりは打ち取ってたぞと宮道に声をかけつつミットを構える。
――当たりはアウトだった。しかしまるで狙って内野ゴロを打ったかのようなスイングだった。一体こいつはどうしたら抑えられるんだ。しかし怪我の巧妙だな。星に安打を打たれたおかげで、柘榴塚の前には星がいる。前の塁にランナーがいれば盗塁はないし、星に本塁盗塁ができるほどの能力はない。3塁は盗まれるかもしれないが、それまでだ――
2番打者の森本が打席に立つ。
――森本はここまで3打数1安打。凡退2つのうち1つは危うく長打の危ない打球だった――
1球目のストレートは低めのボールかと思われたが、ギリギリストライクゾーンに入り、審判もストライクを宣告した。森本もボールだと思っていたのか、驚いたような表情をする。前の回の途中から宮道のストレートは見違えたようになった。速さだけではなく、キレが増し浮き上がるような軌道を描いている。今の投球も森本の目には直前まで低めのボール球に見えたのだろう。その代償なのかはわからないが、宮道のストレートはまるで構えたところに来なくなっていた。ボール球も多くなり、コントロールに相当苦しんでいるように見える。
9球目のストレートが高めに外れる。森本はこれを見送った。あの後森本は低めのカーブを空振り、あっさり追い込まれたがその後驚異的な粘りを見せ、ついにフルカウントまで持ち込む。しかもその間に星と柘榴塚がダブルスチールを敢行し、成功させている。無死2・3塁の大ピンチとなっていた。
10球目のサインを石田が出そうとしたところで、宮道のほうからサインが出た。それを見て石田は驚愕する。
――あの球を投げる気か。先日の練習でもほとんど成功してなかったが。……よし。投げてみろ。実践こそが最高の練習環境だ――
宮道の球はど真ん中より少し低めの絶好球だった。森本は照準を合わせスイングする。しかし宮道の球は途中で糸が切れたかのように打者から逃げながら滑り落ちベースの横でバウンドする。予想外の軌道を見せた球だったが、石田は何とか左手を当てて後逸を阻止する。三振に取られた森本が呆気に取られた顔をしながらベンチに帰っていく。


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ベンチに帰った森本はチームメンバーから質問攻めに会った。主に最後に投げられた落ちるボールのことだった。投手の利き腕と反対方向に曲がりながら鋭く落ちるボール。
「シンカーだった、多分」
「なんで今まで投げなかったんだろうな」と黒田が疑問を口にする。
「自身の無い球なんじゃないか。捕手の捕球も捕りなれてるって感じではなかったぜ」と諏訪が推論を述べる。
「結構落ち幅あったよな。対応すんのは時間かかるかも」と焦るのは加藤だった。
「大丈夫だと思いますよ」と森本はつぶやく。
「あいつ投げる瞬間サイドスローだったんですよ。まあ普通ならそこまで気にしなかったと思うし、コロコロフォームいじってくる投手だから普段より相手のフォーム気にしてて気付いたんすけどね。最初は疲労とか緊張のあまり腕が下がったのかなって思ったんです。それならボールにしてもストライクにしてもまともな球は来ないだろうなって身構えました。そしたら案の定絶好球が来たと思ったら落ちたんですが」
「なるほどなあ。シンカーといえばサイドスローやアンダースローのお家芸だからな。上から投げるより横から投げるほうがシンカーを投げる上では適してるってわけだ。だが」と諏訪がほくそ笑みながら言う。
「ああ、変化球を投げる上でフォームが違うなんて論外だ。フォームの時点で球種がわかっちまうからな。あんなのは一回しか通じねえ小細工だよ」
「お前、それ松原と有馬に伝えたのか」と加藤が尋ねる。
「もちろんです」
「向こうのバッテリーは気付いてんのかな」「流石に気付いてるんじゃねえのかな」
黒田と諏訪が会話している。
「いずれにせよウチのクリンナップ相手にフォームの変わる変化球なんて通用しないってところをあの人たちが見せてくれますよ」


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「いやあ見せてくれるねえ宮道大理。この正念場でこの試合初披露の変化球とは」と倉田幸一郎が興奮した様子で呟く。
「何興奮してんの?」「なんだよ。見てなかったのか、今の変化球」「確かに結構落ちたようには見えたけど、父さんよく言ってるじゃない。変化球と直球のフォームが違うのはダメだって」
「うーん、まあその通りなんだがな」
例えばチェンジアップなんかは球速を抑えようと思って腕の振りをちょっと弱くするだけでも見破られてしまう。メジャーリーグなんかでは握りが違うだけで球種を見破ってくるような打者もいるという。
宮道は何事もなかったかのようにいつも通りのフォームでストレートを投じている。松原はそれを豪快に空振る。
「普通あんな何種類もの投球フォームを使い分けたらそれぞれのフォームが崩れちまうと思うんだ。でも彼は何の影響もなく投げている。あのセンスは素晴らしいよ」
ふうん、と晶はわかったのかわかってないのか判然としない相槌を打つ。
「昔中学のころ宮道くんにインタビューしてみたことがあってさ。なんでも彼の親御さん競技ダンスの業界ではかなり名の知れた人らしくて、彼も小学生のころはやらされてたらしいんだよ。野球をやる条件が、競技ダンスの方も頑張ること、だったらしい」
「競技ダンスってあの男女2人で踊るやつ?」
「そう。あの世界ってのは自分の身体の一挙手一投足を気にするスポーツなんだとさ。彼の話では、そのおかげで自分の身体をどう動かしたらそれが実際どういう風に動くのか、そういう判断能力が磨かれたらしい。子供のころは面倒臭いと思ってたけど、今となっては感謝してますね、なんて彼は言ってたね」
なるほど。晶は父親が自分を今日ここに連れてきた考えがわかったような気がした。
「俺はそのとき衝撃を受けたね。それからは気の向かない仕事でもいつかなんかに役に立つかもって楽しく取り組めるようになったよ。結局その記事はお蔵入りになったけどな。当時の宮道くんはそのチームの補欠だったし仕方ないけどね」と父親はため息を吐く。確かに補欠なのに雑誌に載ったりして妙な注目をされるのは自分だったら居たたまれないだろう、と晶は思った。
「だがどうする、宮道くん。それを支えるだけの技術とセンスには敬意を表するが、所詮は小細工。同じ手は通用しないんじゃないか?」


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松原は4球目、インハイのストレートに振り遅れながらも当てる。打球は1塁側、ファールゾーンへ転がっていく。ストライクカウントが1つ増えて、これで2ストライク2ボール。
松原はフォームの変化を見極めようと、宮道を凝視する。
――来た。腕低い。サイドスロー。そういや打つか、見送るか決めてなかった。あの球は見送ればボールじゃないか。よし高めに来たら打ちに行く。真ん中より低めなら見逃そう――
投じられた球は外角低めに向かってくる。
――よし落ちろ。……まだ落ちねえのか――
松原が球が落ちるのを待っていると、ボールはそのままキャッチャーミットに吸い込まれていく。審判はストライクを宣告した。
――マジかよ。なんだ今のは。普通のストレート? ここまで出し惜しみするほど未完成の球だから落ちなかったのか――
松原はマウンド上の宮道を見て、自分の推測が間違っていたことを確信する。宮道はかかったな、と言わんばかりの薄ら笑いを浮かべていた。
――クソ。やっぱり今のはストレートだ。こっちがシンカーのときサイドスローになったのに気付いていることに、こいつはさらに気付いてサイドスローでストレートを投げやがったのか――
花緑学院バッテリーは続く4番打者有馬には3球目にサイドスローからのストレート、6球目の決め球にサイドスローからのシンカーを使ったピッチングで三振を奪った。


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晶が横を見ると父親は案の定大興奮していた。恥ずかしいからあまり騒がないでくれと窘めつつ、晶は父親に一連のプレーの解説を求めた。
「宮道くんはあえてなのか、それでしか投げられないのかわからないけど、とにかく自分がシンカーを投げるときにサイドスローになっているのは気付いていたんだ。さらにそれを相手に気付かせ逆手に取ってストレートで三振を奪ったわけだ。まあ相手が気付いてなかったら絶好のホームランボールだっただろうが、森本君が三振したあとやたら長く松原君、有馬君と話していたし、成功する確信は十分にあったんだろう。フォームの弱点すら武器に変えたんだ。続く有馬君にはもちろん松原君がその話を伝えただろうが、さっきからやたら空振りと見逃しを取ってるストレート、急に増えた新球種、サイドスローを含め6種類のフォーム。1打席で対応しろってのは無理がある話だろうな」
幸一郎は興奮気味にまくしたてた。
「マーブルピッチ」「え?」
幸一郎が突然呟いた謎の単語に対して、晶は聞き返す。
「いやその特集を組んだときに考えた彼のキャッチコピーだよ」「ピッチってのは投球のこと? マーブルってあのチョコレートのやつ?」
「いやマーブルってのは元々大理石のことだ。お前が言っているマーブル、いわゆるマーブル模様ってのは大理石の模様や色むらから連想ゲーム的に生まれた概念だ。大理石ってのは宝石のカテゴリには入らないけど、その色彩や模様の多様さが特徴でその組み合わせ如何によってはすごい高級品になったりするんだ。そういうところがなんか彼のピッチングっぽいだろ。1つ1つの球は驚くほどすごい球じゃないんだけど、色々組み合わせて勝負するところがさ。ちょうど彼の下の名前大理だし。まあでも昔より似合うようになったな」
「ふーん、別にどうでもいいけど、ダサいね」と自分のネーミングセンスに悦に耽っているような幸一郎に晶は釘を刺した。
晶はベンチで自チームの打者に声をかけている宮道を一瞥すると荷物をまとめ始めた。
「なんだよ。もう帰るのか。これからいいところだぞ」「学校行ってくる」
晶がそう言うと、幸一郎は微笑する。
「お、そうか。そうか。頑張れよ。希望のパートじゃないからってきっとそれは将来的に本来のパートにも活かせる」
「何言ってんの。ホルンなんてやらない。フルートやらせてもらうように顧問と部長に直談判するの」
「お前俺の話聞いてたの?」「聞いてたわよ。要は何をしてでも欲しいものは勝ち取れってことでしょ」
そういって晶は立ち上がると、速足で球場の出口へと向かっていく。
――宮道大理。負けてたまるか――

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