マーブルピッチ

大葺道生

第8話【2番手】

2回表 花緑学院対柊光学園 0-1
2回表花緑学院の先頭打者青木は詰まらせながらも灰縄のストレートをライト前に運んだ。ふらふらと上がってファースト、セカンド、ライトの間に落ちたヒット。綺麗なヒットとは言えないがヒットはヒットである。この試合初めてのヒットに花緑学院ベンチが沸き立つ。
と同時にウグイス嬢が選手の交代を告げた。ピッチャーが交代するらしい。どこか痛めたのだろうか、と花緑ベンチはざわつく。灰縄はあんなのまぐれ当たりだろうが、とかなんとかごちゃごちゃとマウンド上で騒いでいる。
続くピッチャーは2番手の3年生左腕、林崎。ストレートはMaxで130キロ台後半。コントロールが武器で、ウイニングショットは縦のスライダー。カウントを取るためにカーブとシュートを投げることもあるが、精度に難があるのか、ほとんど使用しない。さながら赤沢を左にして技巧派にしたピッチャーという感じだ。


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星は5番打者の赤沢を観察する。赤沢は星とピッチャーの林崎を睨みつけるようにしながら打席に入る。
「おい」と赤沢が話しかけてくる。
「なんすか」
「なんであのエースは降板しやがった。俺達相手なら2番手で十分ってことか?」
なんだそんなことか。
「……うちはあんたらのことそれなりに警戒してますよ。1回戦もコールド勝ちでしたしね。ま、詳しいことは言えませんが、うちのエースが降板したのはアホだからです。ただね、正直ストレートだけで舐めたプレーしてくれたエースより、この林崎さんのほうが厄介だと思いますよ。まあおたくらがうちを舐めずにしっかり研究してきてくれてんのならわかると思いますが」
「言ってくれるじゃねえか」
星の言葉通り林崎は赤沢をあっさり三球三振に打ち取る。
続く6番打者石田が打席に入る。
――全球ホームラン狙いって感じの赤沢よりこの石田のほうが俺は厄介に思える。状況に応じて適切なバッティングをしてくるタイプ。打率も4番の青木に次ぐチームナンバー2だ――
1球目、アウトローストライクにストレート。これに石田は反応しない。2球目、ストライクから低めのボールになるスライダー。これにも石田は反応せず。1ストライク1ボール。
――スライダーは捨てるってか。でも端からボールになるスライダーを捨てる気でいたら低めのストレートは打てねえだろ――
3球目、案の定低めのストレートがストライクに決まり、2ストライク1ボール。
――さて次も低めのストレートで行くべきか。だがもう石田にはこの打席2球低めのストレートを放ってるしな。追い込んだし、ボールになるスライダーで空振りを取る――
4球目、ボールゾーンのスライダーをなんとかバットを止め、石田は見送る。これで2ストライク、2ボール。バッティングカウントだ。
――まだ見送ってるのかよ。ここまで4球低めの球だ。セオリー通り、そろそろ高めに放ってみるか。――
5球目、インハイのストレート。石田がなんとか流し打ちしたバッティングはつまりながらもライト前に落ちる。青木はその隙に3塁まで進塁し、1死1・3塁。
――くそ、まだ高めを狙ってやがったな。徹底すべきだったか。1死1・3塁。絶好のスクイズのチャンスだ。監督からの指示はなし。さてどうするか――
星は最初の2球をウエストさせるが、どちらもスクイズを試みてくることはなく、3球目に縦スラを投げさせるもこれを見送られる。仕方なく4球目にストライクを投げたところに7番打者中森はスクイズを試み、青木が生還する。星は仕方なくバッタランナーをアウトにし、2死2塁。続く8番打者の清野も徹底して低めのボールゾーンに手を出してこなかったが、なんとかセカンドフライに打ち取る。これでスリーアウト。
2回裏。この回の柊光の先頭打者は5番打者の諏訪からである。ベンチに帰った星は真っ先に監督に報告しに向かう。
「監督、今の回6番打者と8番打者は徹底して低めの球に手を出して来ませんでした」
「スライダーを捨てたいってわけか。しかし替わりっぱなの林崎にもうそんな対応をしてくるってことは、向こうはこっちを随分研究してるわけだな」と監督は言う。
「俺も気になることがあります」と森本。
「初回の攻撃ですけど、向こうのバッテリーはスクイズも盗塁もまるで警戒していない風でした」
「なるほど。確かにそれは俺もベンチから見てて感じたな。うちの機動力を封じようとしてエラーが増えたり、カウントを悪くするぐらいならってことか。こういうスタンスのチームは今まで何度かやったことあるな。まあ結局のところウチのやりたい放題にさせちまった時点でそのチームは自滅しちまったが」
「でも松原がストライクコースのボールをフライにしちまうほどキレのあるストレートってことでしょ。少なくとも機動力をあえて無視したところで、好き放題させない程度の力はあるってことになる」と有馬が呟いた。それを聞いて松原が反論する。
「次にチャンスをくれれば成功してやるよ。っていうか向こうのキャッチャーのフィールディングがよかったんだよ。そんなに悪いバントじゃなかっただろうが。というか次はヒッティングさせてくださいよ。スタンドまでぶち込んでやる」
「おう、がんばれ」と監督は笑いながら激励する。


++
3回裏 花緑学院対柊光学園 1-1
柊光は2死から1番打者の柘榴塚が11球を投げさせる超絶的な粘りを見せ、再び四球で出塁する。
赤沢は2番打者森本に2球を投げ、1ストライク1ボール。しかしその2球の間に柘榴塚は3塁まで盗塁する。これでこの試合柘榴塚は計4盗塁を記録する。初回の盗塁で柘榴塚が完全に赤沢のタイミングを盗んでいると判断したためか、森本はアシストの空振りは行わなかった。
柘榴塚は3塁上から赤沢を観察しながら思案する。
――もうこの人のタイミングは完全に掴んだ。どうやらクイックする気もないみたいだし、本盗させてもらいますかね――
柘榴塚がリードを取るために身体を動かそうとした瞬間のことだった。彼の思考に割って入るかのようにウグイス嬢のアナウンスが球場内に響く。
『花緑学院シートの変更をお知らせいたします。ピッチャーの赤沢君がレフト。レフトの谷口君がピッチャー……』
――なるほど。10番の控えピッチャーがレフトで出場してるのはそのためか――
思わず柘榴塚は相手ベンチにいる宮道を見る。
――こりゃお前の入れ知恵か? だとしたらなかなかやってくれるじゃねえの――


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2日前のことだった。柘榴塚の本塁盗塁を防ぐためのアイデアを思い付いた宮道はそれをチームの面々に発表していた。
「いかに柘榴塚はとてつもないスピード持ってますが、本塁盗塁はそれだけで決まるわけじゃない。絶妙なタイミングでスタートを切る必要があるんです。多分万全を期すためなら塁上から数球は見たいと思います」
「だがそれはつまり、例えばやつが四球などで出塁したとして、2盗、3盗をするなかで、タイミングを図ってしまうってことにならないか」
「そうですね。だからあいつが3塁に進んだ時点でピッチャーを変えるんです。1死か無死の状態で3塁にランナーがいるならどのみち犠牲フライやスクイズで1点取られますからね。あいつも積極的に本塁盗塁はしてこないでしょう。この作戦を使うのは2死3塁の場面だけ。せっかく2死まで追いつめたのにあいつの単独スチールなんかで点を取られちゃ溜まったもんじゃない」
なるほど、と誰かが呟いた。
「その役割を俺と谷口さん、徳山で分担すれば多分なんとか1試合はしのぎ切れるんじゃないかと思うんです」
「ちょっと待ってくれよ」と谷口が口をはさむ。
「ってことは俺が柊光相手に投げるってことかよ。自信ないぜ」
「谷口君、いきなりピッチャーが変わるのはランナーにとってだけではありません。打者にとってもです。それに野球というのは好打者がようやく3割打てるようなゲームです。柊光打線とはいえ半分はアウトにできると思っていい」と常木は言う。


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谷口は投球練習を終えて、ボールの握りを確認する。
――とはいっても俺は右の変則投手だぜ。相手は左打者、相性的にも不利じゃねえか。――
谷口は初球はインローのスライダーを投げる。右ピッチャーの投げるスライダーは急角度で左打者のインコースに侵入する。クロスファイヤーというやつだ。瞬間、狙い通りとばかりにほくそ笑んだ森本はスライダーを思いっきり振り抜いた。ボールはセンターの定位置を大きく超えて、飛んでいく。


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森本の大飛球に対してセンターの清野は猛然と追いすがる。バットにボールが当たった瞬間、センター後方へと走り出していたため思ったよりは余裕がある。
清野は守備力を買われてレギュラーになった選手だった。打撃力だけで言えば同じく2年生の控え外野手水野のほうが上だろう。チームで2番目に速い足のため内野安打での出塁を期待されて8番打者に置かれているが、今大会での打率は今のところレギュラーの中では最も低い。打球はフェンス手前で落下しようとしている。
――ただでさえ攻撃で足引っ張ってるんだ。守備で取り戻さねえといけねんだよ。この辺で追うのをやめてクッションボールを処理すれば2塁打か。ダイレクトでキャッチしようとして失敗すれば3塁打は確定。でもどの道落ちれば3塁ランナー生還は確実なんだ。ここはダイレクトで取る。あと少し、俺の腕伸びろぉぉお――
ボールはグラブの先端に収まる。と同時に清野はフェンスに直撃する。一瞬視界が真っ暗になるものの、自分がボールを放していないことを確認し、グラブを頭上に掲げた。瞬間、球場中から拍手喝さいが起こる。

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