マーブルピッチ

大葺道生

第7話【VS柊光】

スターティングラインナップ 〈〉内は学年、()内は背番号、[]内は投げる腕と打席
先攻 花緑学院
1 三 野上〈2〉(7)[左左]
2 二 高田〈2〉(4)[右両]
3 右 寒河江〈3〉(9)[右右]
4 一 青木〈3〉(3)[右左]
5 投 赤沢〈2〉(1)[右右]
6 捕 石田〈3〉(2)[右右]
7 遊 中森〈3〉(6)[右右]
8 中 清野〈2〉(8)[右右]
9 左 谷口〈3〉(10)[右右]


後攻 柊光学園
1 二 柘榴塚〈1〉(19)[右左]
2 遊 森本〈2〉(6)[右左]
3 三 松原〈3〉(5)[右右]
4 右 有馬〈3〉(9)[右右]
5 中 諏訪〈2〉(8)[左左]
6 一 黒田〈2〉(3)[右右]
7 左 加藤〈3〉(7)[右左]
8 投 灰縄〈3〉(1)[右左]
9 捕 星〈2〉(2)[右右]


今日のスタメンはサードのレギュラー大津が控えに入り、サードにはレフトのレギュラー野上が入っている。野上が本来入っているレフトには控え投手の谷口が入っている。
間近で見ると想像以上に低いな。誰かがそう呟いた。投球練習をしている柊光学園のエース灰縄仙太郎を見てのことだろう。灰縄は右のアンダースロ―、最高球速は134キロで、曲がりの大きいスライダーとシンカーで左右のコーナーを突いてくる。アンダースローだが1回戦で戦った柏木よりは平均10キロ程度速いことになる。
「プレイ」審判の掛け声とともに試合が始まる。


++
野上はバットを寝かせてピッチャーの投球を待つ。
――アンダースローのピッチャーと対戦するのは初めてだ。それはほかの皆もほとんどそうだろう。少しでも粘ってできるだけ高田に球筋を見せてやるか――
外角低め当たりにストレートが入ってくる。
――低い。外れる――
しかしアウトロー一杯にボールが突き刺さる。審判はストライクを宣告した。
――思ったより手元で伸びたな。これは対応するのは時間がかかるかも――
2球目はインローギリギリに入る。これも野上は見逃して、ノーボール2ストライク。3球目はインハイに来る。
――3球勝負かよ。振らなきゃ三振――
野上はインハイのボールにバットを合わせに行く。しかし手元で伸びたボールはバットの上、高めのボールゾーンを通っていく。その後、2番の高田、3番の寒河江もアンダースローに対応することができず、三者凡退となる。相手ピッチャー灰縄の投げた球は全てストレートだった。


++
柊光のキャッチャー星はベンチに帰ろうとする灰縄に駆け寄っていく。
「仙さんちゃんとサイン通りに投げてくださいよ」
今の回、灰縄はキャッチャーのサインをすべて無視して自分の投げたいコースにストレートを投げていた。
「いいじゃねえか。捕れたんだから」
「そういうことじゃなくて。いやそういうこともありますけど。打たれたらどうすんですか」
「打たれるかよ。あいつら見た感じアンダースローと対戦するのは初めてだ。俺ならストレート1本でもうしばらく押せると思うけどね」
瞬間、灰縄は周囲から見えないように星の脇腹をつねる。星は思わず顔をしかめた。
「星、お前何度も言ってるだろ。野球も喧嘩も一緒だ。萎縮させたもんがちなんだよ。見ろよ。花緑のやつらの顔を。ストレートだけですら全く打てなくて、本当に勝てるかって、絶望してるような顔してるだろ」
星はそう言われて花緑のベンチにいる選手たちの顔を見る。灰縄が言っているような感情は星の目では読み取ることができなかった。しかしどうやら自分が何を言っても無駄だということは星も悟った。
「俺はいいですけどね。でも監督に何言われても知りませんよ」
ベンチに帰ると早速腕組をした監督に星と灰縄は睨みつけられる。
「灰、ベンチから見てた限りでは、お前が星のサイン無視してたように見えたが」
「いやあいつらアンダースローに慣れてないだろうし、ストレートだけでもいけるかなって」
「相手を舐めるなとは言わねえ。ただし相手を自分の中で勝手に過小評価すんのはよくねえ。1本でもヒット打たれたら代えるからな」
「いやそれはちょっと」「文句あんのか」「うす」
渋々といった感じで灰縄はうなずいた。
――ざまあ見ろ。仙さんもこれで少しはおとなしくなってくれればいいが――


++
1回裏 0対0 無死1塁
柊光学園の先頭打者柘榴塚が早速四球で出塁する。石田は赤沢に気にするなと、声をかけると続く2番打者の森本を観察する。
――2番遊撃手の森本。秋季大会のときはこいつが1番打者だった。打率、出塁率ともに高く足も速い。典型的な1番打者タイプだが、油断すると長打を打てるような怖さもある。2番打者に回ったのは柘榴塚の足を活かすためかもしれないが、こいつのパンチ力を活かす目的もあるかもしれないな――
赤沢のストレートが高めのボールゾーンに外れる。ウエストボールのサインを出したわけではないので、たまたま外れたのだろう。はっきりしたボール球にもかかわらず森本はスイングする。キャッチャーの視界を塞ぎ、盗塁を援助する目的だろう。案の定柘榴塚は2盗を試みており、石田は2塁に送球しようとしてやめる。送球するだけ無駄だと思えるほどの完璧な盗塁だった。2球目、同じように柘榴塚は3盗を成功させる。
――無死3塁。しかしこれで2ストライクノーボール。柘榴塚に出塁された時点でここまでは予想通りだ。ノーボールで追い込めただけありがたいと考えよう――
3球目、石田は縦スラのサインを出す。ここまで1球も見せてない球だ。うまくいけばボール球でも空振り三振を取れるだろう。赤沢の投じた球はベルトの高さ――バッターにとっては絶好球の位置――から低めのボールゾーンに滑り落ちる。しかし森本は無理な態勢ながらも低めのボールをあっさりとレフト前に運ぶ。当然ながら3塁ランナーの柘榴塚が生還し、柊光学園が1点を先制する。


++
柊光学園の2番打者森本は塁上でほくそ笑んだ。すでに試合は柊光の勝ちパターンに入っていた。もう1点もやれないと考えた相手チームはこちらの機動力を阻止しようと躍起になって自滅していくことだろう。
――柘榴塚のやつが妙に気にしてたけど。やっぱりこんなもんか――
続く3番打者松原への1球目、低めに外れたスライダーを松原は見送るが、その隙に森本はあっさりと2塁を陥れる。
――なんか妙だな。ここまで柘榴塚が盗塁2つ、俺が盗塁1つしているが、キャッチャーは一度も盗塁阻止を試みてない。そもそもこれだけ盗塁してるのにもかかわらずピッチャーの牽制球すら1度もないとは――
さらに森本は2球目でさらに3塁を盗む。キャッチャーの石田は3塁へ送球をするが、ゆうゆうセーフとなった。ボール球だったが松原が盗塁補助のためにわざと空振りをしたためストライクがコールされる。カウントは1ストライク1ボール。
――今の送球も違和感あるな。予選のビデオを見た限りじゃ、このキャッチは送球までの動作も肩の強さもかなりのもんだった。それなのに今のはどっちも平凡すぎるぜ。そういや相手のサードは背番号7。本職はレフトなのか? だから手加減してるってことか?――
松原が森本に向かってサインを出す。
――今のサインはスクイズを装い、本塁突入の振りをしろ、か。多分松原さんもこいつらの妙な感じに気付いてるんだろう。これで確かめる気だ――
3球目を赤沢が投じる瞬間、森本はこれ見よがしに音を立てて、本塁へ突入するフリをする。同時に松原はバントの構えをする。最終的には森本は3塁へと踵を返し、松原もバットを引いて、バントの構えを取りやめた。低めのストライクコースに直球が突き刺さる。
――押さえの効いたいい直球じゃねえか。いかにも頭に血が上りそうなタイプなのに俺のスタートを見ても、松原さんのバントを見ても動じていない、風に見える――
森本が自チームベンチの方向に視線を向けると監督はスクイズのサインを出していた。それを見て森本と松原は了解した旨の合図を送る。
4球目のストレートはストライクゾーンに向かって走っていく。それを見た森本と松原はスクイズの成功を確信する。しかし松原がバントした打球は球威に押され、少しフライ気味にキャッチャーの前へ上がる。キャッチャーの石田は済んでのところで膝から滑り込みそれをノーバウンドでキャッチすると、3塁へ素早く送球する。森本は慌てて戻ろうとするが間に合わずダブルプレーとなった。
――スリーバントでファールゾーンには転がせば三振扱いな分、難しかっただろう。それでもストライクコースのボールを松原さんがバント失敗かよ。こいつら思ったより油断できねえ――
勢いに乗った花緑バッテリーは続く4番打者ドラフト候補のスラッガー有馬をも三振に打ち取り、1回の裏が終了する。

コメント

コメントを書く

「現代ドラマ」の人気作品

書籍化作品