マーブルピッチ
第6話【宝刀】
先攻 小田原北条
1 捕 明坂
2 二 新島
3 三 岡崎
4 左 浅葉
5 右 石渡
6 一 海老塚
7 遊 門倉
8 中 岸名
9 投 柏木
後攻 花緑学院
1 左 野上
2 二 高田
3 右 寒河江
4 一 青木
5 投 赤沢
6 捕 石田
7 遊 中森
8 中 清野
9 三 大津
3回裏 0-0
唸りを上げる豪速球が石田のミットに突き刺さる。北条の4番打者浅葉が三振した。ここまで赤沢は三振を5つ取っている。しかし同時に四球も4つ出していた。スコアリングポジションまでランナーを進められてしまったことも一度あった。とはいえ安打も1本も打たれておらず十分なピッチングと言っていいだろう。
しかし一方で北条のピッチャー柏木は3回をパーフェクト、3振6つを取っている。得点こそどちらもあげることができておらずイーブン状態であるが、今どちらが試合のペースを握っているかは明らかだった。
4回表の花緑学院の攻撃は1番打者の野上から始まる。3イニングをパーフェクトで抑えられているため当然のことであるが。
野上への一球目、ボールが一瞬ふわりと浮いたと思うと柏木の利き腕と反対方向に曲がりながら鋭く落ちていく。野上は見逃したがストライクになった。
「またあの球だ」と清野が言う。
「カーブかな。縦スラかな」と井ノ口が反応する。
それに対して「なんでもいいさ。どう攻略するかだ」と清野。
清野の言った通りこの縦に大きく変化するカーブのような球が花緑学院をここまで沈黙させている理由だった。その鋭い変化から決め球に使えるのはもちろんのこと、柏木はそれをストライクゾーンの中でうまくコントロールをしカウントを整えることもしてくる。
「しかしあんなすげー球、噂になってねえってことはこのオフの間に習得したってことか? だとしたら夏まで隠しとけばいいのに。アホだぜ」と高田が毒づく。
「だからって相手がアホだから負けましたってのはダサすぎるぜ」と青木。
++
横須賀市営スタジアムの観客席でビデオを回しながら試合を観戦している4人組がいた。1人は花緑学院と北条、この試合の勝者が次に対戦する柊光学園野球部の選手で、宮道の元チームメイト柘榴塚祐であった。筋骨隆々というわけではないがしなやかな強さを感じさせるその肉体はさながら豹を思わせるようだった。
「いいカーブっすね」と柘榴塚は呟く。
「ああ。でも残念だったな、柘榴塚。せっかく元チームメイトと戦えることを楽しみにしてたのに。こりゃおそらく北条の勝ちだぜ」と柘榴塚の隣で試合を観戦する男が言う。男の名前は森本信作と言って、柊光学園の正ショートである。
「あの縦スラ。確かにいい球ですけど、俺なら徹底的に低めのボールゾーンに投げさせますね。あんな風にカウントを取ることを意識しすぎないほうがいい。さっきからちょくちょく高めに決まってますからね」
「まあ確かに変化球は低めにが一応のセオリーだわな。変化球、とくに北条のピッチャーが投げてるような上から下に落ちる変化球は放物線が直球とはまるで違うからな。高めに投げると見切られやすい。それにストライクゾーンの高めに上から下にボールが落ちてくるんだからバットが当てやすいのも事実だわな」
「あれだけのカーブとのコンビネーションならストレートの威力は格段に増す。もっと直球でカウントを取りに行ってもいいと思うんですけどね」
「まあその辺はピッチャーかキャッチャー、あるいはその両方がストレートに自信がねえんだろうな。実際120も出てねえし、無理はないと思うが。あとあの球は多分ナックルカーブなんじゃねえかな」
森本はビデオ班の回しているビデオとは別に映像を撮影し、手元を拡大し判断しているようだ。
「ナックルカーブですか」
「昔仙太郎先輩がクレイグ・キンブレルの物まねして遊びでナックルカーブ投げてたんだけどそれに握りも軌道もそっくりだ」
ナックルカーブとは、指をナックルのように立てて投げるカーブだ。強烈な回転をかけてするどく曲げるカーブであり、要は回転量の高いカーブだ。パワーカーブと呼ばれることもある。
「いずれにせよ、まだ流れはどちらにも傾ききっていない。勝負はこれからですよ」
――宮道、このピッチャーに苦戦してるようじゃ、俺達とは勝負にならないぜ――
++
野上はボールを打ち上げてしまい内野フライでアウトになる。続く高田は低めストライクゾーンのナックルカーブをグラウンドに叩き付け内野安打で出塁する。
そこからは花緑学院の猛攻となった寒河江、青木、赤沢、石田が4者連続で安打を放つ。結局、花緑学院は打者一巡の猛攻で4点を挙げる結果となった。
ベンチに引き上げた柏木は足早にベンチに腰掛け、息を整えようとする。キャッチャーを務める明坂が隣に腰掛ける。どうやら何か話があるような顔だ。
「さっきの回で打たれたヒットのほとんどは高めのナックルカーブを狙い打ったものだ。先頭打者の野上の内野フライも高めのナックルカーブを打ち上げたものだった」
「狙われてるってことか」と柏木は息を切らしながら言う。
「間違いないだろう」
「やっぱり付け焼刃の変化球1本でどうなるものでもないな。結局どんないい変化球でもそれを活かすのはストレート。ツーストライクまでは積極的にストレートを使ってカウントを取っていこう」
ナックルカーブは柏木が今オフに習得した変化球だった。柏木は春の大会前に春はナックルカーブを投げないということを提案した。高校野球と言えばあくまで夏が本番、何より3年生の先輩たちにとってはその大会が最後の大会だからである。しかし3年生たちには春大会から使っていこうと説得されたのだ。
『俺たちは正直全国大会に出れるなんてとても想像つかないし、1回々々の大会に全力かけるだけだよ。温存するとかそういうこと気にしすぎて、高校野球楽しめないのが一番損だろ。むしろ春の大会で積極的に使ってレベルアップしてくれよ』
柏木は主将の岡崎の言葉を思い出していた。
++
7回裏 花緑学院対小田原北条 8-1
小田原北条最後の打者が三振に喫す。7回終了時点で7点差、試合はコールドとなった。あのあと柏木は5,6、7回に計4点を取られたものの7回に1点取られてからは3,4,5番のクリンナップを連続三振に打ち取り一矢報いた。
一方で花緑学院は赤沢が途中四球から送りバントとスクイズで1点を失うものの、5回1失点の好投。続く6回を宮道、7回を谷口が無失点に抑えた。
「終わってみれば花緑の大勝、それも7回コールドか」と森本はしみじみとつぶやく。
「でも北条のピッチャーも最後の連続三振は素晴らしかったですね」
「まあ確かに。でもそこに行くまでがなあ。やっぱり使いなれてない武器ってのは怖いねえ。それが強力であればあるほど視野を、選択肢を曇らせる」
森本はしみじみと呟いた。
「まあ今は負けた北条より花緑だろ。お前の元チームメイトなかなかおもしれえじゃねえの」
「でしょう」と少し誇らしげに柘榴塚は言う。
「まさかクイックを打者のタイミング外しに使うとはな。しかも普段より遅いフォームも合わせて3種類のタイミングのフォームを使えるとは。だがまだ俺の感覚では赤沢のほうが警戒すべきだな。今日は1失点してたが」
「そうですね。俺も同意見です。ただ今日の試合だけを見るなら宮道は中学の夏からほとんど成長していないように見える。俺は何か出し惜しみしてるんじゃないかと思いますね」
「ふうん、なるほどね。ま、いいや。とにかく学校行こうぜ。練習まにあわなくなっちまう」
森本はビデオ班の2人からテープを受け取ると立ち上がって出口へ向かっていった。ビデオ班2人はここに残りこの後行われる試合を引き続き撮影するらしい。
柘榴塚は森本の後を追おうと立ち上がると、ふとグラウンドの方に首を向ける。瞬間、宮道と目があったような気がしたが、気のせいだろうか。整列する宮道を後手に見ながら思う。
――まさかこんなに早く戦えるとはな。明日を楽しみにしてるぜ――
1 捕 明坂
2 二 新島
3 三 岡崎
4 左 浅葉
5 右 石渡
6 一 海老塚
7 遊 門倉
8 中 岸名
9 投 柏木
後攻 花緑学院
1 左 野上
2 二 高田
3 右 寒河江
4 一 青木
5 投 赤沢
6 捕 石田
7 遊 中森
8 中 清野
9 三 大津
3回裏 0-0
唸りを上げる豪速球が石田のミットに突き刺さる。北条の4番打者浅葉が三振した。ここまで赤沢は三振を5つ取っている。しかし同時に四球も4つ出していた。スコアリングポジションまでランナーを進められてしまったことも一度あった。とはいえ安打も1本も打たれておらず十分なピッチングと言っていいだろう。
しかし一方で北条のピッチャー柏木は3回をパーフェクト、3振6つを取っている。得点こそどちらもあげることができておらずイーブン状態であるが、今どちらが試合のペースを握っているかは明らかだった。
4回表の花緑学院の攻撃は1番打者の野上から始まる。3イニングをパーフェクトで抑えられているため当然のことであるが。
野上への一球目、ボールが一瞬ふわりと浮いたと思うと柏木の利き腕と反対方向に曲がりながら鋭く落ちていく。野上は見逃したがストライクになった。
「またあの球だ」と清野が言う。
「カーブかな。縦スラかな」と井ノ口が反応する。
それに対して「なんでもいいさ。どう攻略するかだ」と清野。
清野の言った通りこの縦に大きく変化するカーブのような球が花緑学院をここまで沈黙させている理由だった。その鋭い変化から決め球に使えるのはもちろんのこと、柏木はそれをストライクゾーンの中でうまくコントロールをしカウントを整えることもしてくる。
「しかしあんなすげー球、噂になってねえってことはこのオフの間に習得したってことか? だとしたら夏まで隠しとけばいいのに。アホだぜ」と高田が毒づく。
「だからって相手がアホだから負けましたってのはダサすぎるぜ」と青木。
++
横須賀市営スタジアムの観客席でビデオを回しながら試合を観戦している4人組がいた。1人は花緑学院と北条、この試合の勝者が次に対戦する柊光学園野球部の選手で、宮道の元チームメイト柘榴塚祐であった。筋骨隆々というわけではないがしなやかな強さを感じさせるその肉体はさながら豹を思わせるようだった。
「いいカーブっすね」と柘榴塚は呟く。
「ああ。でも残念だったな、柘榴塚。せっかく元チームメイトと戦えることを楽しみにしてたのに。こりゃおそらく北条の勝ちだぜ」と柘榴塚の隣で試合を観戦する男が言う。男の名前は森本信作と言って、柊光学園の正ショートである。
「あの縦スラ。確かにいい球ですけど、俺なら徹底的に低めのボールゾーンに投げさせますね。あんな風にカウントを取ることを意識しすぎないほうがいい。さっきからちょくちょく高めに決まってますからね」
「まあ確かに変化球は低めにが一応のセオリーだわな。変化球、とくに北条のピッチャーが投げてるような上から下に落ちる変化球は放物線が直球とはまるで違うからな。高めに投げると見切られやすい。それにストライクゾーンの高めに上から下にボールが落ちてくるんだからバットが当てやすいのも事実だわな」
「あれだけのカーブとのコンビネーションならストレートの威力は格段に増す。もっと直球でカウントを取りに行ってもいいと思うんですけどね」
「まあその辺はピッチャーかキャッチャー、あるいはその両方がストレートに自信がねえんだろうな。実際120も出てねえし、無理はないと思うが。あとあの球は多分ナックルカーブなんじゃねえかな」
森本はビデオ班の回しているビデオとは別に映像を撮影し、手元を拡大し判断しているようだ。
「ナックルカーブですか」
「昔仙太郎先輩がクレイグ・キンブレルの物まねして遊びでナックルカーブ投げてたんだけどそれに握りも軌道もそっくりだ」
ナックルカーブとは、指をナックルのように立てて投げるカーブだ。強烈な回転をかけてするどく曲げるカーブであり、要は回転量の高いカーブだ。パワーカーブと呼ばれることもある。
「いずれにせよ、まだ流れはどちらにも傾ききっていない。勝負はこれからですよ」
――宮道、このピッチャーに苦戦してるようじゃ、俺達とは勝負にならないぜ――
++
野上はボールを打ち上げてしまい内野フライでアウトになる。続く高田は低めストライクゾーンのナックルカーブをグラウンドに叩き付け内野安打で出塁する。
そこからは花緑学院の猛攻となった寒河江、青木、赤沢、石田が4者連続で安打を放つ。結局、花緑学院は打者一巡の猛攻で4点を挙げる結果となった。
ベンチに引き上げた柏木は足早にベンチに腰掛け、息を整えようとする。キャッチャーを務める明坂が隣に腰掛ける。どうやら何か話があるような顔だ。
「さっきの回で打たれたヒットのほとんどは高めのナックルカーブを狙い打ったものだ。先頭打者の野上の内野フライも高めのナックルカーブを打ち上げたものだった」
「狙われてるってことか」と柏木は息を切らしながら言う。
「間違いないだろう」
「やっぱり付け焼刃の変化球1本でどうなるものでもないな。結局どんないい変化球でもそれを活かすのはストレート。ツーストライクまでは積極的にストレートを使ってカウントを取っていこう」
ナックルカーブは柏木が今オフに習得した変化球だった。柏木は春の大会前に春はナックルカーブを投げないということを提案した。高校野球と言えばあくまで夏が本番、何より3年生の先輩たちにとってはその大会が最後の大会だからである。しかし3年生たちには春大会から使っていこうと説得されたのだ。
『俺たちは正直全国大会に出れるなんてとても想像つかないし、1回々々の大会に全力かけるだけだよ。温存するとかそういうこと気にしすぎて、高校野球楽しめないのが一番損だろ。むしろ春の大会で積極的に使ってレベルアップしてくれよ』
柏木は主将の岡崎の言葉を思い出していた。
++
7回裏 花緑学院対小田原北条 8-1
小田原北条最後の打者が三振に喫す。7回終了時点で7点差、試合はコールドとなった。あのあと柏木は5,6、7回に計4点を取られたものの7回に1点取られてからは3,4,5番のクリンナップを連続三振に打ち取り一矢報いた。
一方で花緑学院は赤沢が途中四球から送りバントとスクイズで1点を失うものの、5回1失点の好投。続く6回を宮道、7回を谷口が無失点に抑えた。
「終わってみれば花緑の大勝、それも7回コールドか」と森本はしみじみとつぶやく。
「でも北条のピッチャーも最後の連続三振は素晴らしかったですね」
「まあ確かに。でもそこに行くまでがなあ。やっぱり使いなれてない武器ってのは怖いねえ。それが強力であればあるほど視野を、選択肢を曇らせる」
森本はしみじみと呟いた。
「まあ今は負けた北条より花緑だろ。お前の元チームメイトなかなかおもしれえじゃねえの」
「でしょう」と少し誇らしげに柘榴塚は言う。
「まさかクイックを打者のタイミング外しに使うとはな。しかも普段より遅いフォームも合わせて3種類のタイミングのフォームを使えるとは。だがまだ俺の感覚では赤沢のほうが警戒すべきだな。今日は1失点してたが」
「そうですね。俺も同意見です。ただ今日の試合だけを見るなら宮道は中学の夏からほとんど成長していないように見える。俺は何か出し惜しみしてるんじゃないかと思いますね」
「ふうん、なるほどね。ま、いいや。とにかく学校行こうぜ。練習まにあわなくなっちまう」
森本はビデオ班の2人からテープを受け取ると立ち上がって出口へ向かっていった。ビデオ班2人はここに残りこの後行われる試合を引き続き撮影するらしい。
柘榴塚は森本の後を追おうと立ち上がると、ふとグラウンドの方に首を向ける。瞬間、宮道と目があったような気がしたが、気のせいだろうか。整列する宮道を後手に見ながら思う。
――まさかこんなに早く戦えるとはな。明日を楽しみにしてるぜ――
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