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マーブルピッチ

大葺道生

第3話【奥の手】

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6回表 下級生チーム対上級生チーム 1対8
「ナイスラン」
ベンチに帰るや否やチームメイトが宮道の走塁を賞賛する。
「けっ、あんなんただの暴走だろうが。うまくいったのはたまたまだっての」
徳山は納得いっていないようだった。スターディングの時点では次の4番は徳山の打順であったが3回に打ち込まれて以降途中交代の選手が代わりに出場している。
「嫉妬かよ、徳山。同じピッチャー候補がいいピッチングして悔しいのか?」
梶尾が徳山に絡みに行く。
「うるせえよ、三タコが」
梶尾と徳山が言い争いをしているのを意にも介さず水戸が発言する。
「宮道くんさ、そろそろ教えてくれよ。君の投球の秘密」
「そいつは俺も気になるな。ほかの球種を交えた上での俺の直球をあんな簡単に打つような先輩たちをなんで俺より球の遅いお前が直球だけで仕留められたんだ」
「タイミングをずらしたんだよ」
「クイックモーションか」
淡々とスコアを付けていた石田がぼそりとつぶやく。
「ええ、俺は一応自分の投球フォームを5段階に分けているつもりです。速い順からとりあえず自分の中では速いクイック、普通のクイック、普通のフォーム、普通のスロウ、遅いスロウって読んでます」
「スロウってのは遅いフォームってことか」と梶尾。
「ああ、多かれ少なかれバッターのタイミングを外すためにどんなピッチャーでもやってることだけどな。俺はそれを、相手を観察しながらやっている。例えば最初の清野さんの打席で言えば1球目は〈普通のフォーム〉で投げる。2球目は清野さんが最初のフォームに合わせてタイミングを計ってたから〈普通のクイック〉でかわす。3球目は〈普通のスロウ〉で投げました」
「いい打者ほど相手の球だけじゃなくてフォームを見てタイミングを作るからな。先輩たちには効くだろうな」と山本が呟く。
「宮道、君は球種は何を持ってるんだ」と石田が尋ねる。
「ちゃんと使いものになるのはカーブ、フォーク、スライダーぐらいですかね。もちろんそれぞれの球種を先の5つのタイミングそれぞれで投げ分けられます」
「5×4」か石田はそう言って考え込む。
「どういう意味ですか」と怪訝そうな徳山が言う。それに答えたのは石田ではなく同じくキャッチャーの水戸だった。
「変化球3個にストレート、合計4球種を5つのタイミングで自在に投げ分けられるってことは実質20種類の球種を投げ分けてるようなものだってことだよ」
1年生たちの誰もが息を呑んだ。
「20パターンの選択肢があるのは事実だけど、そんな大げさなものじゃないさ。どのフォームで投げようが、ボールの軌道が変わったり、ボール自体のスピードが変わるわけじゃないからな。変化球を投げるときだってストレートとできるだけ腕の振りとかを変えないようにって言われるように、投げる前の変化にはバッターはある程度対応できてしまうんだよ。初見ではランナーなしでクイックをしたり、わざわざ普段より遅いフォームで投げたりはしてこないだろうって先入観があるからよくはまるけどな」
「なるほどな。その先入観を利用するために先ほどの回ではより極端な〈速いクイック〉と〈遅いスロウ〉とやらは使わなかったわけか。そろそろ向こうのチームも青木あたりが宮道のピッチングの秘密にも気付くだろう」
「そうかもしれませんね。そうしたらとりあえずその2つを解禁して何とかするしかないでしょうね。どこまで通用するかわかりませんが」
話し終えたところで、ちょうどバッターが三振し、攻守交代となる。1点取られた影響からか赤沢が制球を乱し4番打者に四球を与えるが、その次のバッターを踏んばって三振に抑えたため追加点とはならなかった。
「やべえ、とりあえずサインを決めねえと」と水戸。


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8回裏 下級生チーム対上級生チーム 1対8
その後宮道はヒットを1本与え、味方のエラーで1人を出塁させるものの6,7回を無失点に抑える。一方で上級生チームは7回からピッチャーを3年生のサイドスロー谷口に変える。谷口は赤沢のような圧倒的なピッチングではないが、危なげない安定感のあるピッチングで7,8回を無失点に抑える。公式戦であれば7回に8点差がついた時点でコールドになるが、これは部内の練習試合であるためまだ試合は続いている。しかし裏に逆転できなければこれが下級生チーム最後の守備となる。
宮道は念入りにマウンドを足で整える。
――チームの逆転のためにも、俺が一刻も早く試合に出るためにもこれ以上1点でもやりたくないな――
先頭打者は9番の井ノ口からである。
――この人とは今日2度目の対戦。予想通り前の回あたりから俺のピッチングのことも気付かれてる上級生チームには気づかれてるっぽいし、しんどいな。しかもこの人を抑えても抑えられなくても次からは上位打線につながる――
などと考えながら宮道は低めにカーブを投じる。うまくタイミングを外させたのか。ボールはショートの真上あたりに打ちあがる。宮道は安堵するも風の影響か少し打球が伸びサード、ショート、レフトの間辺りにボールは落下する。結果はシングルヒットとなった。次の打者は1番のピッチャー谷口。スターティングの時点ではレフトの野上が1番打者に入っていたが、投手交代の際野上と谷口が交代し、ピッチャーの赤沢がレフトに入ったため今は谷口が1番打者である。
谷口は打席に立った瞬間送りバントの構えを見せる。
「谷口さん、ここはもっと強気に行きましょうよ」とネクストサークルの高田が声をかける。
「うるさいな、これが僕のスタイルなんだよ」
――アウト1つ献上してくれると思えばありがたいか。でも1点も失いたくないことを考えるとバント成功もさせたくないな――
水戸のサインはインハイのストレート、フォームは〈速いクイック〉。水戸との取り決めでコース、球種、フォームは水戸の方で支持するが、フォームだけはあくまで水戸の意見は参考に直前までの宮道自身の観察で変えていいことになった。
――まあでも今回は俺も同意見だ。多分これが一番バントしにくい球――
そのはずだったが谷口はあっさりと打球を三塁線に転がし、自身はアウトになるも1死2塁のチャンスを作る。
――スコアリングポジションにランナーが進んだか。2番の高田さんはさっきの感じだと抑えられそうなんだが、でもさっきはまだフォームのことに気付いていなかった可能性もあるし。それに……――
宮道はランナーを背負った場面が苦手だった。普段はクイックから遅いフォームまでを自在に投げ分けているが、ランナーを背負った場面では必然的に〈スロウ〉と〈遅いスロウ〉は使えないピッチングのレパートリーは60%程度に減少してしまう。
2番の高田が左中間にヒット性の打球を打つもセンターの梶尾がダイビングキャッチを見せる。しかし2塁ランナーの井ノ口は3塁へのタッチアップを成功させ、2死3塁となる。続く3番寒河江を2ストライク1ボールに追い込むも、粘られフルカウントになる。8球目、水戸のサインは速いクイックでインハイのストレート。7球目に投げた遅いスロウでのカーブとのコンビネーションを狙ったものだろう。
宮道の右腕から放たれたボールは高めに大きく外れる。寒河江は見極め四球が宣告されたため一塁へと歩いていく。
――次の打者は4番打者の青木さん。ここまで4の4本塁打1つ。俺もさっきの打席では右中間に二塁打を打たれてる。さて、どうしたものか――


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寒河江豪はリードを取りながら考える。
――最後の球相当速かったな。あのフォームからのストレートは今日2球見たはずだけど、それに比べても速かった――
グルン。瞬間、素早く反転した宮道が1塁に向かってスナップスローでボールを投球する。寒河江もまた堰を切ったように身体を反転させ、1塁へ帰塁する。しかし時すでに遅くファーストはボールの入ったグラブで寒河江にタッチする。牽制死だった。8回の裏上級生チームの攻撃はここで終了となった。


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部長の石田、副部長の青木、常木はほかの部員が帰った後部室に残っていた。明日の春季地区大会抽選会の前に登録メンバーを決めなければいけなかった。試合の方はあのあと谷口がきっちり三者凡退に仕留め結局8対1で上級生チームの勝利となった。
「仮に2,3年を確定させるとしても14名。残り6名は1年生から選ばなければいけないからな。悩むところだ」と石田。
「そうなだ。とりあえず犠打1つに谷口からの1安打、8回にも好守を見せた梶尾。唯一打点を挙げた山本。……それに宮道か。あの投球フォームは面白れーよな。まあ俺には通じなかったわけだけど。牽制もかなりのもの持ってるみたいだし。正直どこまで通用するかわかんねーけど、リリーフとしてなら十分戦力になると思うね」
青木は椅子を浮かせながらつぶやく。
「先生はどう思いますか?」と石田は常木に尋ねる。
「そうですね。今青木君が言及した選手には僕も目が行きましたが、ほかにも捕手の水戸君なんかは4回まで投手が連打されるなか積極的に声をかけに行ったりしてフォローしていたように思えますね」
「さっさと決めねーとな。抽選会は明日だし」


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赤沢と井ノ口は方向の違う部員たちと別れ夜道を歩いていた。彼らは花緑学院近所の中学から進学しているため2人とも徒歩通学であった。井ノ口は隣を歩く赤沢の口角がゆるんでいることに気付く。
「陣、なんだか嬉しそうじゃん。新しく来る特待生がピッチャーだって知ったときにはあんなに期限悪かったのに」
「別になんでもねえよ。ただアイツとならエース争いするのも悪くねえと思っただけさ。アイツのフォームは今日見た限りじゃどれも著しく制球力が落ちたり、球威が落ちたりしているようには見えなかった。普通ピッチャーってフォームを固めてコントロールをよくしたり、球威を上げたりするだろ。あいつはそれをいくつものフォームでやってるわけだ。変化球だって新しくレパートリーに入れるならそれを投げ込んでコントロールをつけなきゃならねえ。曲がったらそれで終わりってわけじゃねえんだ。しかもあいつはそれをすべてのフォームでやらなくちゃならねえ。あいつがピッチングのレパートリーをあそこまで増やすのに費やした努力はとんでもねえ努力だと思うぜ。まあ元々のセンスもあるんだろうが、それでもな」
「まあ陣、クイック苦手だもんな」
「うるせえ、ぶっ殺すぞ。そういう話じゃねえんだよ。ま、努力もピッチングの幅も認めるが、一球々々の威力があの程度じゃまだまだ俺にはかなわないだろうがな」

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