死神さんは隣にいる。

歯車

78.本題(悪ふざけ)

「さて、シキメ。説明してもらいましょうか?」
「ごめんなさい」


 忘れてたとは言えない。忘れてたけど。


 僕が思わずシオンの部下になったらしい覇王の御旗の面々の訓練とやらを見ていると、後頭部に凄まじい殺気を感じ、慌てて大鎌を出して弾き落とすと、そこには投げつけられた盤骸の亡骸があった。


 出会ってからいつも死んでんなこいつ、いや、それはさておき。


 そう、ガン無視決め込まれてキレた姉さんが投げつけた盤骸が死んだという話だ。シオンとの話に没頭し過ぎてて当初の目的を忘れていた。


 そもそも、最初ここに来た理由はあの訳分らんスキル構成したアホ召喚士に落とし前付けてもらうためだった。すっかり忘れていたが姉さんは覚えていた。流石天才。


 さてさて、そういうわけで、本題に入る……前に。


 そう、重要なことをすっかり忘れていた。


 そもそもこの二人、会ったことないじゃん。


「さて、遅くなったけど、シオン」
「ええ、ご挨拶させていただきます、陛下の姉君。このような無作法な格好で申し訳ございませんが、お許しいただけると幸いです。私の名前はシオン。陛下の側近として、未熟者ながら付き添っていた者です。以後、お見知りおきを」
「こ、これはご丁寧に。私はヨミナです。よろしくね?」
「はい、いろいろと至らぬ点もありましょうが、よろしくお願いします」


 うむ、挨拶は大事。さて、自己紹介も終わったことだし、本題に入るとしようか。


「それで、その外のやつはいったい何処にいるんだ、盤骸?」
「ええ、それなんですが、どうやら『花の配達』に行っていたらしいです。今はその報告もかねてあちらの家の方にいらっしゃるかと」
「へぇ、なるほど」


 『花の配達』とは、なんともまぁ、初心者丸出しなクエストをやってるもんだ。


 一応説明。最早PK入り乱れる戦場が長続きしたせいで覚えていない人もいるかもしれないが、このゲームはあくまでファンタジー物のRPGであって、対人戦専用のバトルゲーがメインではない。ただそういう人種がなぜか集まりやすいというだけの、いたって普通のRPGなのである。


 確かに序盤からあんな戦争が起こったり、妙な派閥に分かれて殴り合ったり、それを見た生産職がストライキを起こしたりと割とアホみたいなことが起こるけども、ちゃんと中身はRPGである。


 それを踏まえて、このジャンルのゲームに共通する、本来真っ先に進めるべきものとは何かを考えてもらいたい。
 ――――そう、ストーリーである。


 このゲームの目的は確かにレイドボスを倒してエリアの開放をしていくことだが、流石にそれだけでは何故エリアを開放するのかという理由がない。


 よって、しっかりとしたストーリーがあるのだが……昨今のゲームにありがちな失敗として、このゲームは悲しい部分を引き継いでいるのだ……。


 即ち、クエストクリアよりも狩りの方が経験値効率がいいのである。


 それは、要するにストーリーをクリアするよりも狩りしたほうがレベルが上がるということであり、さらにこのゲームはストーリークリアによる新機能の開放などという面倒な物はない。そういう新機能は、エリア解放時に行われるものだ。


 そう言った事情が、さらにプレイヤーのストーリークリアへのやる気を削いだ。早く強くなるためには、ストーリーよりも狩りを効率よくやらねばならないのである。


 よって、ほとんどのプレイヤーはストーリーよりもレベリングを重視する。もしくは素材集め。


 しかし、というか、むしろ逆であるはずなんだけど、例外が存在する。物事には例外があるものだが、これは例外が常識であるべき稀有な例である。なんて血なまぐさいゲームなんだ。


 さておき、例外というのは、ストーリーを好んでいるプレイヤー、つまり戦意旺盛な謎集団ではなく、きちんとゲームをしている人間だ。そういう連中はストーリークリアを優先する。


 若しくは、ストーリーに何らかの隠し要素を求める人間。これは設定好きな連中がよくやることでもあるが、隠しスキルの発見とか、隠しシステムの発見とか、隠しアイテムの発見とか。まぁ、そういうことが好きな、例えば研究者気質な人間だ。


 そして最後に、RPGといえばストーリーと考えている、というより先入観を持ってプレイする初心者ニュービー。おそらくこれが彼に当て嵌まるだろう。


 要するに、RPGとかMMOとかをやったことの無い人間がしやすいプレイスタイルだ。斯く言う僕もそうであったし、こういう奴は結構いる。攻略サイトをネタバレになるから見ないという信念を持ってそうな奴のことだ(偏見)。


 そして、そんな彼らのために用意されている、というよりなくてはならないものであるのが、クエストである。


 クエストについて、なんて説明する必要はないだろう。というわけで、このゲームのクエストについて説明すると、これはいくつかに分けられる。


 ストーリークエスト
 オーダークエスト
 イベントクエスト
 シークレットクエスト……etc.


 という風に、いっぱいあるが、まぁ大体は名前で判断できる。


 それで、今回の『花の配達』はこのうちのオーダークエストに入る。オーダークエストはそのまま、NPCやプレイヤーがしてほしいことをクエストにしたものだ。特に、NPCの場合はちょっとしたストーリーや、好感度上げにもつながるから、まぁ悪くはない。プレイヤーが行うクエストはぼったくりが多かったりするから注意が必要だ!


 そして、これまた言うまでもないことだが……序盤のNPCクエストは、軒並みチュートリアル系統の物が多い。まぁ、そこから初心者だという推測になる。……説明して思ったけど、この説明いるかな?


 しかし、不可思議な点は、そんな初心者丸出しのキャラクターがどうしてキーク森林なんてところにいたのかというのと、どうやって初心者風情があんな召喚術を使ったのか、という二つの点だ。


 前者は明らかに怪しいとして、後者はいくら自分を犠牲にするのが前提だからと言って、リーフビッグスライムを倒した程度のレベルであんなモンスターを呼び出せるはずはない。何らかのからくりがあるはずだ。


 しかし、実は職業進化をもう行ってました、とかだったらこんなクエストをする必要はない。いったいどういう目的があってこんなことを……?


「……いや、普通にあんな風に泣いてる女の子がいるなら、話しかけるくらいしなさいよ」


 そこには、道端でぐすん、ぐすんと鼻をすする、村娘の姿があった。時折何かを思い出したようにどこかに行こうとはするものの、また座って考え直し、また泣くというのを繰り返している。そんな少女の姿を一瞥したプレイヤーは……ガン無視して素通りだ。


 そんな状態を見て姉さんは、顔を引き攣らせながら苛立ち交じりにそう呟いた。やれやれ、姉さんはわかってないな。


「姉さん、こういうゲームは、爽やかな好青年がやるものではないんだよ」
「だから何よ」
「つまり、女の子に話しかける男は普通に事案じゃん。そのうち母親とかが誘拐だ、捕まえろ! とか言い出すに決まってるんだ」
「言い切るくらいの酷い何かがあったの?」
「つまり、話しかけようにも通報されちゃ敵わない。見て見ぬふりこそ、現代ならではのスキルなのさ」
「んなアホみたいな理屈良いから、さっさとその辺の素通りしてた連中の首でも刎ねてきなさい。引っ叩くわよ」
「ひぃ」


 すみませんでした。


 それはさておき、やがて、泣いている少女の元に、一人の少年がやってきた。年の頃合いは恐らく12歳前後といったところ。煤けた黒緑の髪を適当に切ったような髪形をしていて、服装は恐らく初期装備を失ったのだろう、半ズボンにシャツとなんとも締まりのない格好だ。


 しかし、それを見た少女は、思わず駆け出し、抱き着いた。涙をボロボロ流しながら、それでも離さないと言わんばかりに力強く。そして、それを受け止めた少年も、安心させるように彼女の頭を撫でた。


 やがて落ち着いた少年少女は、二言三言交わし合うと、最後に少女がポシェットを手渡し、別れた。終始笑顔であった二人は、最後少しだけ名残惜しそうに別々の道を歩んだ。


 それを見た僕は、小声で盤骸に指示を出した。
さて、出動だ盤骸。ほら行け。


「オウ兄ちゃん、てめぇさっきはようやってくれたやんけ! えぇ!?」
「……え?」
「え? ってなんだよ、まさか忘れたわけじゃねぇよなぁ? 何ならてめえのおつむの中に手ぇ突っ込んで引きずり出してやろうガハッ!!」
「えぇ……?」


 あ、ごめんなさい姉さん。僕が悪かった。悪かったからその今にも僕の頭をぶち抜きそうな拳銃を引っ込めて。せめて引き金から指を外してくださいお願いします。


 ガチでぶち抜かれた盤骸を待つ暇も与えず、姉さんがその場から歩き出した。悪ふざけが過ぎたせいで少し機嫌が悪いようだ。ごめんなさい。


 少年がこちらに気づいたらしく、引き攣った顔をして手を挙げ、怯えた表情でつぶやいた。


「な、何も持ってませんよ……?」
「…………」
「おうわっ!!」


 姉さん。僕が悪かったから、抜きざまに発砲するのは止めておくれ。ちょっと風評被害を食らっただけで八つ当たりしないで。原因僕だけど。


「こほん。ええと、君がサックさん?」
「………!」


 あらかじめ盤骸から聞いていた名前を出すと、少年は驚きを隠そうともしない顔でこちらを見た。


「じゃ、じゃあ、私を呼び出したのは……」
「ええ、私です。ヨミナと言います、初めまして」


 にこやかに手を差し出す姉さん。怯えた表情で、それをこわごわと見つめる少年――――サックは、次いで姉さんの顔を見た。


 そこには、まるで聖母のような笑みがあった。それを見て、思わず先程の出来事を忘れ、顔を真っ赤に染めるサック。あぁ、ニコポが実在したなんて……。


 一瞬で落ちてしまったであろうサックが、ぎくしゃくしながら差し出された手を握る。笑みを深めた姉さんの顔を見てさらにドギマギし出すサック。


 その手を握った姉さんは、さらに笑みを深めてにこやかに――――


「なんてもん置き土産にしてくれてんのよ―――ッッッ!!!」
「うぎゃぁぁぁあああああ!!??」


 ――――サック少年を投げつけた!



「SF」の人気作品

コメント

  • ショウ

    投げちゃったぁw

    0
コメントを書く