死神さんは隣にいる。

歯車

70.魔法の概念

 ――――全てを飲み込むような黒い炎が、触れる全てを焼き尽くし、その暴威を振るっている。


 その様を見て、僕は頬を引き攣らせた。


 ……僕は、このゲームの魔法というものについて、大分ひどい誤解をしていたらしい。


 多くの人が考える魔法というもの。それは恐らく、魔力をエネルギー源として何らかの現象を発生させる術のことを指す。そして、その見方は決して、このゲームも例外ではない。


 MPをエネルギー源として、何らかの現象を発生させる。これ自体になんの違和感も感じない。それは合っている。魔法という概念がそういう物である以上、なにも間違ってはいない。
勘違いしていたのは、そのMPが現象に変換される過程・・、いや、その過程について・・・・・・・・の見方・・・だ。そこを僕は勘違いしていたのだ。


 本来、ゲームのMP消費というのは、ただのデータの消費だ。自分の中に眠る力だとか、心を磨り減らしてとか、身を削ってとか、そういう風に使う物ではない。例え設定上そうだとしても、実際はただデータ上の数値が減って、そこにエフェクトの付いた現象という結果が起きる。そういう物だ。


 そして、さらに言うなら、ゲームの魔法というのはただただ理不尽に決められたシステムの一環で、所詮はそれ以上でもそれ以下でもない。例えば、どれだけ力を込めたところで、消費するMPの量は変わんないし、乱数の範囲で、ダメージ量も変化しない。つまるところ、応用性がなく、決められた数値以上の結果は出ない……否、決められた数値を変動できない・・・・・・


 故に、ゲームで言うところの魔法は、実際は魔法ではなく、結果を起こすための装置だ。言い過ぎかもしれないが、事実そうだ。キーボードを叩けば文字が打てるように、特殊コマンドを入力すれば相応の何かが得られるように。


 そして、どんなゲームも、その枠を超えられない。魔法に応用性を持たせられたとしても、限界が来る。カンストという言葉が存在するように、根本的な技の体系を弄ることはできない。技の限界は、即ち魔法の限界は、どう頑張っても存在する。そして、その限界は、今も尚世界の物理学者が物理法則を操れないのと同じように、人の一生に収まらないものではない。そんなゲームは、これまで作り出すことが出来ていなかった。


 そんなゲームは、当然作り出せるわけがなかった。当然だ。そんなものは、物理法則の全てを知って、世界を新しく作るようなものだからだ。未だに先の見えぬ物理研究やら生物研究やらの一つの到達点に、そんなゲームは存在する。


 だから、このゲームでも、僕は同じと考えていたんだ。


 そう、結局のところ、魔法というのは、決められた結果以上は出せない、数値の集合体であろう、考察だのなんだのとはいえ、所詮は設定を掘り下げたいだけなんじゃないかと。


 だから、僕はあのすり抜けバグも、運営の誤魔化しによる強引な解決策なんじゃないかと思っていたし、所詮アーツのような、使い手次第なものではないが故に脅威度は下だと思っていた。


 しかし、このゲームで言う、魔力、魔法という言葉の意味は、ただのデータ上のものではないのだと、はっきりと理解した。


 魔力は確かに僕らの身体の中に在るし、魔法は確かにほぼ万能なのだ。


 そして、僕は勘違いしていた。このゲームにおける魔法とは、即ち法則そのもの・・・・・・を指すのだと、僕はこの攻撃魔法を使って初めて、気が付いたのだった。


 奇妙な感覚だった。MP、つまり魔力が、身体から抜け落ちていく感覚を、僕ははっきりと感じ取った。


 さらに知った。僕は、魔法陣という物がどういう物なのか。言葉では説明し辛いが、確かに感覚的に理解・・・・・・し、今使っている魔法陣の意味すらも解読・・した。


 そして・・・、それを利用して・・・・MPを操って・・・・・・感覚で・・・火力を上げようとした・・・・・・・・・ら、ごっそりとMPが抜け・・・・・・・・・・、その急激な負担に目を瞑ってしまった。


「う、ぐ、おぉぉお?」


 そして、それを理解して、目を開いて前を見れば、焼け野原。


 どうしてこんなことに?


「……な、ななな、な……」


 後ろを見れば、姉さんが呆然と腰を抜かしている。当たり前だ。行き成り変身したと思ったら、次の瞬間手から放火魔も真っ青の火力で前方一帯を焼き尽くしたのだから。なにごと!? なんて笑って済ませられる範疇を悠に超えている。


「……………………」


 というよりも何よりも、僕の方が驚きである。初めて覚えた攻撃魔法、つまるところの初級魔法・・・・であるはずの、スキルレベルを加味してもせいぜい中級とか、その辺程度であるはずのこの魔法が、前見たPK魔法使いの炎魔法よりも上ってどういうことだ。おかしいだろ。


 割と森の奥まで燃やし尽くした黒い炎は、漸くその勢いを落とし、そこから冗談のようにあっさりと霧散した。焦土となった元森林は炭化した木々と、霧散した炎の残滓である焦げ臭い煙が残り、悲しくも周囲は荒れ地だ。


 そして、可哀想だが、巻き込まれて同じく炭になったモンスターの残骸が、ドロップアイテムとなって落ちている。哀れにも巻き添えを食らってしまった彼らに合掌……。


 そして、それらを呆然と見ながら、あっけにとられる僕たち。見る人がいれば、大層間抜けな様であっただろう。いたら巻き添え喰らって死んでるか、さっきの戦いで死んでるかだろうけど。


 でもちょっと、マジでこれは、流石にマジで……と、おろ?


 スタミナのゲージが、切れてる? さっき確かに悩んでいる間に全回復していたのに?


「姉さん、姉さん」
「……はっ、な、な何かしら?」
「落ち着いて。……そう、深呼吸、深呼吸。落ち着いた?」
「え、ええ。それで?」
「うん。それでね」


 よし。


「姉さんが、魔法を使うときって、どんな感じ?」
「というと?」
「なんか、こう、力が抜けたりする感覚とかは?」
「ああ、そういうこと。あるわ。でも、そんな感じたりしないわね。ああ、アーツと似たような感覚よ」
「アーツと?」
「MPを使うとなんか力抜ける感覚がするんだけど……って、気づいてなかったの?」
「え、むしろそんなのあったの?」


 は、初耳だ。アーツを使うときもちゃんと力が抜ける感覚がしていたのか……。アーツはβ時代使っていなかったし・・・・・・・・・、スタミナガン無視プレイに慣れきってしまうということはそこまで重かったというのか……。


 とまれ、これである程度、魔法という物についてはわかった。


 魔法という物は、いくつかの工程を経て、ようやく完成するものだ。


 まず初めに、自身の体内にあるMPを、現象を起こす場所へと向け、そのMPを使って、楔となる魔法陣を展開する。まあ、表現の方法はいろいろあるが、楔という表現が一番しっくりくる。要するに魔法陣は、現象を起こすための魔力、MPの通り道であり、そのMPに指向性を持たせる、要するに命令のための物でもある。


 そして、次にその魔法陣へ、魔力、MPを通らせる。すると、魔法陣の通りに動いた魔力が、全く別の代物へと変化する。ここら辺は、電気回路みたいな感じが例えとしてはあっているのかもしれない。電磁石の力で回るモーターみたいな? あれ、それはちょっと違う? ぼくぶんけいだからわかんなーい。


 まあ、ソレはさて置き。魔法陣を通った魔力が、魔法陣の命令に従い動いて、現象に変化した時。この瞬間魔法が発動・・・・・し、現象が顕現する。あの現象だけがすり抜けるバグのようなものは、この瞬間、魔法が発動する瞬間に、魔力が現象に変わるための別空間に・・・・移動している・・・・・・からに他ならない。その現象の通り道である楔、つまり魔法陣を砕いているため、顕現できないのだ。


 しかし、一応魔法陣を通ってはいるために、この世界ではMPではなく現象として存在している。だからこそ、すり抜けるのだ。レイヤーが違う、といえばわかりやすいかもしれない。現象に変化する層から、僕らが存在している層に顕現できなかったが故に、あんな物理演算だけが抜け落ちたエフェクトが発生する、ということらしい。


 ここまでは、僕が体感し、見て知った確かな出来事で、「三帝」の一人やシオンが言っていたことにも似た様な事柄があるので、確実と言えるだろう。魔素看破と『影覇』、思ったより優秀だ……。


 そして、これらのことを知ったうえで、さらに僕が驚愕した点は、要するに、どういうことかといえば……


「ねえ、姉さん」
「駄洒落?」
「うるさい」
「ごめん」


 わかればよろしい。


「姉さんは、MPって操れる?」
「え? 操る?」
「あの、力が抜ける感覚って話。抜けた力って操れる?」
「ああ、そういうこと。魔法について書かれたスレで見たの。なんか、MPを操ることで無駄なMPを散らさず魔法を撃てるって。それのこと?」
「そ、そんなのあるんだ。因みに、その時って、スタミナゲージって減ってる?」
「いや、減ってないけど」
「あ、やっぱりか」


 とすれば、それ・・するときだけ、というより、魔法陣に沿った魔法・・・・・・・・・を使わない場合は、スタミナも必要、と。まあ、システムの力を利用しないってことになるわけだし、このゲームの・・・・・・アバターの意味・・・・・・を考えれば、そうなるのは当然の帰結か。


 手に魔力を集中させたり、いろいろと操作してみたりしながら、ぐるぐると思考を加速させていると、ふと姉さんがこちらを見ていることに気が付いた。何?


「どういうこと?」
「え? ああ、うん、わからない?」
「わかるか!」


 ああ、やっぱりわからない? そうだよねぇ……。


 シオンも、「三帝」の一人で屈指の魔法マニアのあいつも、こんなことは言ってなかったしなぁ……。


 確かに、彼ら彼女らも、魔法陣を組み合わせ・・・・・・・・・て使ってたのは見たことあるけど、そこまで・・・・だったしなぁ。それとも、もう試して、失敗して、諦めたってことなのかなぁ……。


 まあ、いいか。僕はまだ失敗してないし、やってもいない。なら、できるかもしれないし。


「姉さん。魔法ってさ、魔改造できるっぽいよ」
「……え?」



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