死神さんは隣にいる。

歯車

69.魔法の世界

 さて、ヤヒメ大明神のありがたくも適当な言葉をいただいたところで、さっそくこれからどうするかを決めていこう。え? 結局どう育てるのかって? 魔法使うよチョロいだと文句あっか。


 ヤヒメ大明神の御言葉の通り、確かに僕は魔法という変化を恐れていた。しかし、どうせ偶然だろうが何だろうが、このタイミングでキレイにヤヒメは怖がるなといったのである。じゃあ怖がるなんてお兄らしくないよね?


 故に、僕は魔法を使っていくことを決意した。スキル進化もそれに合ったように進化させ、いまあるステータスポイントを全部INT値に振り分けた。これから少しずつMPにも振っていこうとは思っているが、とにもかくにも今は火力だ。影覇がある限り、MPは尽きない。なら、何とかなるだろう。


 したがって、今の僕のステータスはこんな感じになった。


――――――――――――――――――――――――――――――
シキメ
レベル 26
職業  豪鎌士
《ステータス》
HP   60
MP   120
SP   0
STR  1210(+200)
VIT  1
AGI  1
INT  163(+200)
MND  1
DEX  430
STM  50
LUK  10
――――――――――――――――――――――――――――――


 INT値は上がったが、やはりまだSTR値やDEX値と比べると微妙に見劣りしてしまう。その辺はこれからの努力次第なのだが、しかしこうしてみると、なんとも……。


 ま、まあ、これからだよ、これから。+分を含めれば360もあるんだ、このレベルからしてみれば上々だって。十分良い方だ。火力も十分だろう。最悪殴ればいいのさ。


 さて、このようなステータスで、まず自分が何を育てるべきなのかといえば、まあ考えるまでもなく魔法だろう。そして、どちらの魔法スキルを取るかというのも、悩みどころである。


 獄黒魔法。
 幻殺魔法。


 この二つの魔法は、どちらも特徴がはっきりしているものだ。


 すなわち、獄黒魔法は直接的な、肉体的ダメージを与えるもので、幻殺魔法は、間接的な、精神的ダメージを与えるものだ。


 アンデッドで考えるなら、前者がスケルトン、後者がレイスを相手にしやすい。しかし、前者は恐らくINT値重視、後者は恐らくDEX値重視の魔法なのだろう。両方とも絡んではいるみたいだが、若干の偏りがありそうだ。


 そう考えると、現状取るべきは幻殺魔法のように思えてくる。こちらはDEXを使うということもあるが、なにより状態異常系の魔法が多そうで、それはつまり、あまり今までと戦闘スタイルを変えずに戦えるということでもある。それは大きな利点だ。


 しかし、こうも考えられる。どうせこれからINT値を上げていくことになるのだろうから、あまりステータス面での差はない、という考えだ。確かに、幻殺魔法も、ダメージを与えるものである以上、INT値は必須。であれば、ステータス的に考えてあまり偏りはなくなるだろう。


 となれば、DEX値だけでは判断がしにくい。やはりこれは魔法の効果から判断すべきだ。とすると、まずこの二つの魔法の主な紹介を見てみるべきだろう。


 獄黒魔法は地獄の炎と分身で攻撃するものらしい。


 幻殺魔法は這いずるような恐怖と怨嗟で攻撃するらしい。


 ……どっちも碌な魔法じゃないな。特に下。


 それはさておき、まず、獄黒魔法。これのいう地獄の炎と分身という二つのワードは、かなり素晴らしいと思う。地獄の炎って格好よくない? ヤバくない? 超使ってみたくない?


 そして、分身。劣化コピー君である。すでに結構お世話になっているため、まずもっていいものだろう。分身を一体だけでなく、何体も増やせたとしたら、あのシステムをもっと滑らかなものにできる。そう考えただけで、十分とる価値があると思う。


 さらに言うなら、INT値に偏ってそうな魔法だけあって、ダメージ量的にはこちらの方が多いだろう。魔法を火力に回したいなら、何を考えるまでもなくこちらだ。近接主体でもその火力は発揮できるし、分身は補助にも回せる。使い勝手の良さは文句なしの合格だろう。


 そして、二つ目の幻殺魔法。こちらは、状態異常を主な魔法としているが、ポテンシャルなら獄黒魔法に負けていない。伊達に今までそっち系の魔法を使ってきたわけではない。使い勝手の良さは十分理解している。


 それらのバリエーションがさらに増え、選択肢が増えるのなら、こっちをとってもいい。なにより、幻殺、すなわち幻覚だ。PvPでは劣化コピーよりコストの軽いデコイとして使えるだろうし、モンスターなら一網打尽にする囮にも気軽にできる。


 さらに、これを極めれば、キャラの動きを操ることもできるかもしれない。このゲームには、洗脳系のスキルが存在する。R18に配慮した動きまでならどんな動きもさせることが出来る。何なら、仲間内に虚言を放つことも可能だ。そして、それはモンスター相手にも使える。


 それはつまり、モンスター自体が囮になるということ。下手すればテイム系、すなわちペット系スキルも手に入るかもしれない。しかし、そこまで行くと手が付けられなくなりそうだ。少し怖い魔法でもある。
さて、これらを踏まえて、僕が取るべき魔法はどちらなのだろうか。


 影覇や、魔闘術に豪鎌牙『魔撃』により、MPの総量や回復量については十分だ。それはつまり、魔法の威力によって大きくなるMPについてはあまり考えなくてもいいということだ。この利点から、獄黒魔法にプラス一。


 隠形系スキルが強化され、隠匿零行が追加されたことにより、サポート系、状態異常系は非常に使いやすくなったといえる。また、影覇の暗闇行動中の効果が非常に優秀なため、《フォールン・ブラックアウト》の進化がでそうな幻殺魔法にプラス一。


 しかし、影覇の暗闇行動中において、火力の強化も見込めるため、全体的なダメージ量を考えると、魔法ダメージもなかなかに捨てがたい。そう考えると、あまり二つに差異はないかもしれない。というわけで獄黒魔法にもプラス一。


 魔素看破というスキルが手に入ったことから、今まで感覚で把握していた敵の詳細な位置がつかめるようになったため、それに合わせて状態異常系魔法は使いやすくなるだろう。そう考えると、幻殺魔法にプラス一。


 ……どうしよう、これ決まる気しない。


 どっちも使えそうだが、しかしどちら共にもやはりというか、欠点があって、どちらかと言われると選びにくいものがある。獄黒魔法も幻殺魔法も、やはりというか、微妙な点が多々あるのだ。


 しかし、隠形系スキルが強化された今、状態異常系はやはりすこし不要な感じがしてしまう。この二つのどちらか、と言われると、やっぱり、いやでも、いきなり純魔なスキルは使いこなしにくそうかなぁ……。


 しかし、そこで僕はハッとした。そうだ、そういえば、ヤヒメはなんて言っていたか。そう、確か――――






――――変化を恐れてちゃ、何も解決できないんだよ!






 ……なら、今の僕は、この魔法スキルという、今まで使ったこともないスキルによる変化を、恐れているということになるのか?


 じゃあ、この場合、うじうじと悩んでいた僕は、大分格好悪く見える、ということ? え、マジ?


(……そ、そんなわけ、ないよね? まさか、そんな……あ)


そういえば、僕はこの二つの何で悩んでいた? それは簡単、ロマンか・・・・使いやすさか・・・・・・だ。それはとどのつまりは、楽しさを捨て、合理性を考えた。言い換えるなら、苦を恐れ・・・・楽を取った・・・・・と考えられるんじゃない……か?


 そして、そこでさらにヤヒメの言葉を思い出す。






 ――――お兄にはせっきょくてきなしせいが全然ないんだよ!






 ――――嗚呼。


 僕は、なんて愚かなことを考えていたのだろう。先程決めたばかりじゃないか。ヤヒメ大明神に従うと。なのに、僕は。


 僕は、変化を恐れていた、積極的な姿勢を見せず、保守に走った。消極的な心で、楽しく戦うかではなく、楽して戦うかを考え、ステータスを判断していた。現実なら、そういう姿勢を取ることも大事だ。しかし、ここはゲームなんだぞ。


 さっき考えたことを忘れて、何がお兄だ。


「……これじゃ、ヤヒメのことを馬鹿にはできないな」


 僕は、完全にロマンだけを考えてみた。


 獄黒魔法も幻殺魔法も。両方とも魔法だ。そして、両方とも面白い。だが、それだけでは、二つのどちらかを選択するのは少し、いやかなり無理がある。両方とも魅力的だが、それゆえに選べない。


 しかし、ヤヒメは変化を恐れるなといった。変化とはつまり、近距離戦ばかりだった今迄から、急に遠距離も中距離も入るということだ。これは、β時代からほとんど一貫して近接戦が得意だった僕にとって、凄まじい変化だ。


 なら、この二つにおいて、変化が劇的で、且つロマンに満ち溢れている方はどちらか。


 考えるまでもない。


 僕は、スキル進化のボタンをタップした。


 そして、その手を森の方、まだ木が生い茂っている方へと向ける。試し撃ちだ。どれほどのものなのか、少し楽しみだ。


「黒纏衣『影覇』」


 黒い何かが、僕に巻き付いた。そして、それらが僕のローブを飲み込んだかのように消し、黒い何かがドクンッと鼓動を鳴らす。その黒から溢れ出た手が、僕の体を覆っていく。心臓から始まり、肩、腕、腰、脚へ、ついには爪先までもを、その手が包み込んでいく。


 最後に、その黒は、黒い髑髏となり、残った二つの腕が僕の首へと手をかけた。黒い髑髏は口を開け、僕の首元に噛みついて――――


「お、おおお……」


 ――――気が付けば、それらすべてが弾け飛び、来ていたのは黒い、羽織袴。


 紋はなく、ただ黒い。服装の全てが黒。いつの間にか履いていた下駄も、羽織も、幾枚かの長着も袴も、それらを止める紐すらも、全てが黒。それはまるで、影が全てを支配しようとしているかのようだった。


 そして、それと同時に、自身の魔力の放出量みたいなものが上がったような気分になった。ああ、使えばわかるとはこういうことか。要するに、魔法陣の意味は……。
僕は初めて、魔法を理解し放つ・・・・・・・・


 ゆっくりと、しかし着実に魔法陣が組みあがっていく。初めての直接攻撃魔法であり、魔法陣の意義を確かめるための魔法だ。胸が高鳴る。一日千秋の思いとはまさにこのことだろう。一秒でさえ永遠に感じる。その発動の瞬間が、今にも待ち遠しかった。


 赤と黒の魔力が、少しずつ形を成していく。まるで黒い炎のようなエフェクトが格好いい。そして、その炎、つまり魔法陣を形成する魔力の炎を制御する。黒い炎がじりじりと広がり、それが魔法陣の形を成していく。やがて完成する幾何学模様。この瞬間を待ちわびていた。


 そして、発動の時は満ちた。


「《シュバルツ・フラム》!」


 ――――手の魔法陣から、黒で満ちた炎が、さながら堰を切った大河のように、森を焼き尽くした。



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